会見
その後も、皇太嬢は大使館の各所に置かれていた『朝鮮総督府で使われていた絨毯』、『3・1運動の独立宣言書の写し』、『日本要人を暗殺した植民地時代の朝鮮人義士の血判状』といったモノを、丁寧に一つずつ大公に披露していった。その一つ一つに、漏れなく長広舌な演説がトッピングされていた。日本の過去を非難し、攻撃する演説である。
さらにその間、まるで大公の精神を休ませないように鞭打つかのごとく、カメラマンが無数のフラッシュを大公に浴びせ続けた。
◆◆◆
会見は二人だけで行なわれた。小さなテーブルを挟んで、両者が椅子に座って対面した。
ようやく会見が始まったとき、大公はすでに抜け殻のようになっていた。
遥か以前から―日本の敗戦が不可避になった時点から―大公はこの日=『占領軍の前に出頭する日』のことを何度も頭に描き、心の準備をしてきたにも関わらず、彼はどうしてこれほどまでの仕打ちを受けることになったのか、分からなくなっていた。
彼は混乱し、疲れていた。
皇太嬢は最後の仕上げに入った。
彼女の目的は、大公に敗者としての自覚を植え付け、二度と自分たちに逆らえない、逆らおうとしないよう、恐怖感を身をもって覚えさせてやることだった。
そして彼の『君主』としての意識を、木っ端微塵に打ち砕いてやることだった。
皇太嬢は、大公に、執拗に『日本国民を代表しての心からの謝罪と恭順の意の表明』を求めた。
日本が開戦直前・および戦時中に行なった幾つかの行為を、一方的に『戦争犯罪』とか『人道に対する罪』と認定し、その全てを大公に認めさせようとしていたのだ。
その中には、『宣戦布告通知前の奇襲攻撃』から、例えば、『開戦直後に日本政府が在日韓国人を強制的に逮捕・連行し、慰安婦として従軍させた』等、証拠が無く、真偽の怪しいモノも含まれていた。一方、韓国が行なったとされる『戦争犯罪』は、もちろん全く触れられていない。これは勝者による一方的な裁きだった。
彼女は会見が後半に差し掛かるにつれて、語気を荒げ、手のひらで机の天板を叩き、得意の弁舌で相手を激しく非難した。
まるで説教の途中で、泣きそうになっている子供を『このまま泣かせてしまおう』と決意して、ギアをあげるサディスティックな小学校教師のようだった。
極めつけは『公開処刑』だった。
皇太嬢は、大公の心が折れかけている絶妙のタイミングで、彼を窓際に呼び寄せた。
そして、あらかじめ用意させておいた『強制慰安婦を徴用した責任者』という日本人の射殺を、会見部屋の正面の庭で行なわせ、それを二階の窓から大公に『見物』させたのだった。
◆◆◆
「…分かりました。謝らせて下さい。殿下がお気の済むように、謝らせてください」会見がとうとう2時間30分を超えようとするころ、大公はついにべそを掻いて、蚊の鳴くようにそう言った。
(いよいよ来たか…)
ちょっと大人げなくやりすぎたかな?と思いながらも、皇太嬢は内心舌なめずりした。(けど、もう少し追い詰めたほうが良さそうね…)
皇太嬢は冷静に考えて、努めて仏頂面で、腕組みしたまま、正面に座る大公を見据え、声を発さずにいた。
彼女の沈黙は、効果的に、大公をじりじりと追い詰めた。大公は顔中に汗を掻いて、うつむいていた。
声を発さない皇太嬢に対して、大公は「どうか…どうか…」と嘆願の言葉を絞り出した。
さらにそれを無視する皇太嬢。
彼女には、トン・トン・トン・トン…と、あたかも苛立たしげに指先で机を衝く、という芝居さえする余裕があった。
ついに堰が切れたように、大公は勢いよく椅子を蹴って机の側に立ったと思うと、次の瞬間、その場に崩れ落ちるように土下座した。
「許してくださいっ。殿下・・・。殿下ぁ・・・。許してくださぁーーい」彼は彼女の足許で、すでに半狂乱だった。プレッシャーが、音を立てて彼を押しつぶした瞬間だった。
そしてそれは、大公国のプライドの象徴が、地に失墜した瞬間でもあった。
◆◆◆
「それから、皇太嬢殿下は、急に慈母のような優しいそぶりで、彼を抱かかえて立ち上がらせようとするの。なおも地面にしがみついて立ち上がろうとしない大公に、ポケットからハンカチを取り出して、大公に差し出し、優しく『涙を拭いてください』って仰ると、大公はもう完全に殿下の意のままよ。『本当は、こんな土下座なんて、させたくなかったの。ごめんなさい』とかね。そうやってどんどん大公の警戒心をふやけさせて、最後は『あなたが素直になってくれて、うれしいわ。真心は伝わりました』って四つん這いの大公に言って、優しく肩を叩いてあげて、会見を打ち切ったの。会見は殿下の完全な勝利だったわ」
ソヨンはそこまで話して、ワイングラスを口に運んだ。ワインを一口、口に含むと、ゆっくりと飲み下してから話を続けた。ソナは話を聞きながら、ズッキーニのチヂミを美味しそうに頬張った。
「大公は、終いには幼児退行しちゃってたみたい。きっとそういうリアルな『尋問』には免疫がなかったんでしょうね。殿下が爽やかに、『さぁ、最後に記念写真を撮りましょう』って促しても、ふぇんふぇん言って、四つん這いのまま、まだ立ち上がろうとしないの。そのときには、すでに会見部屋にはカメラマンとか他の人たちも入ってきていて、このときの大公の異常な様子には多くの目撃証言があるわ。」
「まじでー? ぜんぜん知らなかった」
ソヨンは長い話にやや疲れたように、椅子の上で短くストレッチした。
「で、殿下がおふざけで乗馬鞭を持ってこさせて、それで四つん這いの大公のお尻や背中を軽く叩いてなおも促すんだけど、とうとう大公は自力では立ち上がれなくて、ついにあきれた殿下が、その背中に座って、写真を撮らせたの。もう涙は不思議と止まってて、緊張した顔に戻ってたんだって。それから高官たちに肩を貸させて立ち上がらせて、上手くあやしながら、新聞掲載用の例の写真を撮ったのよ」




