血統
美しいものにひれ伏したくなるのは人間の本能なのかも知れませんね
倭奴には連綿として続く個人崇拝の歴史があった。
十六世紀末に小倭列島を統一して初代大公[タイコウ―元は太閤と書いた] となった豊臣秀佶[ヒデキチ]は、晩年の朝鮮出兵―壬辰倭乱―により今なお韓国民から見れば蛇蝎の如く嫌われる大罪人であるが、倭奴にとっては大公国の祖であり、史上比肩無き希代の英傑である。
第二代大公豊臣秀寄[ヒデヨリ]が、父の死後台頭してきた各勢力を小倭中央部の要衝・関ヶ原において撃破したのち、公都を大坂から江戸―後の東京に遷都し、大公国の礎を築いた。
その後胤が19代400年の長きにわたりこの国の元首として君臨するにつけ、初代秀佶は『神君』となり、歴代の大公たちも各々神格化されて彼らの統治権は絶対的に正当化された。19世紀末に制定された日本大公国憲法には『日本大公国は百世一系の大公これを統治す』と明記されている。
時は進み、女権帝国との先の戦争においても、大公を神聖視する向きは廃れることはなく、むしろますます強化された。大公の権威が戦争の旗印として―ある意味で安易なイコンとして―国家によって利用されたのである。
例えば、戦時中、小倭の国民学校では毎朝大公の『御真影』を拝礼していたし、他にも、大公宮殿の近くを都バスが通る際に、乗客は起立して宮殿に向かって遥拝していた、という例もある。
倭奴が大公国の歴史上、初めて他民族との戦争に敗れ、父祖伝来の土地が蹂躙され、国を失って女権帝国の完全なる植民地となった今、彼らを束ねていた民族意識と、その核であった大公一族への自然な敬愛の念は、深刻なカタストロフィに直面していた。というより殆ど消滅しかかっていた。
◆◆◆
ここに一枚の写真がある。
腰に手を当て、ゆったりと構えて立つ長身の若い女性―カメラに向けて軽く微笑みかけているようにも見える―と、直立不動・緊張した面持ちのモーニング姿の初老の男性とが、二人、並んで立っている。
左側に立つ女性はスタイル抜群で、まるでショー・モデルのようだ。一方、右側の男は背が低く、やや猫背で、広い額とこけた頬が、まるで猿のような印象を与えている。
男がかっちりした正装なのに対して、女性は軍服ながらかなりラフな格好だった。ノーネクタイで襟元のボタンは外され、タイトスカートは膝上までの丈しかない。両耳にピアスがついている。『気をつけ』の姿勢の男性に対し、女性は左足を心持ち前に出し、少し脚を崩し気味にして立っているが、それでも背丈と体格の差が異様なほどに際立って見えた。
これは当時、占領軍総司令―現・小倭植民地総督―の皇太嬢殿下が、終戦後まもない時期に韓国大使館において大公豊臣秀成の会見を受けた後、その記念に撮影された写真である。
皇太嬢殿下は御年22歳―ソヨンと同い年―、大公は52歳だった。
この写真は、占領軍が日本―まだこの時点では形式上、『日本』という国名は存続していた―の政府に命じて、翌日の全ての新聞に大判で掲載させた一枚で、その目的は、大公の権威を失墜させ、広く日本国民に敗戦の事実を呑み込ませること、そして女権帝国および占領軍に、大公をも自由に従属させうる力があることを、たっぷりと思い知らせることであった。
翌日、この写真を目にした日本国民の衝撃は空前絶後のものであった。
戦前は『直視すると罰が当たって目が潰れる』とまで神聖視されていた大公殿下の御姿を、このようなかたちで目にするとは…。
◆◆◆
自邸に到着したソヨンとソナは―丸山ら家の倭奴が勢ぞろいで土下座して二人をお出迎えした―、軽くシャワーを浴び、部屋着に着替えた後、夕食まで時間を潰すためにソヨンの案内で屋敷を見学して回った。
倭奴を使用人として30人も働かせているほど広大な敷地を有するソヨンの屋敷は、ラウンジ・ライブラリやダンスフロアや室内プールや大浴場など、無数の豪華な施設がある。
さらに屋外設備も充実していて、四季折々の風景が楽しめる庭園、植物園、農園や、テニスコートや本格的なゴルフ練習場、さらには乗馬好きなソヨンのために、馬小屋と馬場さえあった。
そして敷地の至る所に倭奴が傅いている。清掃等のハウスキープは万全だった。あらゆる窓はピカピカで、床にはホコリ一つ、塵一つ落ちていなかった。
つい先ほどまで目にしていた、バロック小屋が立ち並ぶ、戦争の残滓に満ちた薄汚れた『下界』が嘘のようである。
「すごいお家ね…」ソナは感心しきりだった。
「こっちは土地と倭奴だけはいくらでもあるからね。ソウルだと、なかなかこうはいかないわ。素敵でしょ?」
ソヨンは自慢げな表情だった。
(土地は仕方ないけど、倭奴はどんどん本国にも輸出すべきね・・・倭奴は人口が多くて数には困らないけど、重要なのは労働の質ね・・・そのためには徹底的で、全国的規模で、逃げ場のない奴隷教育が必要・・・けど普通の教育となると時間がかかるし不徹底だし、士気もなかなか上がらない・・・と、なるとやっぱり宗教みたく個人崇拝させるのが一番だわ・・・すると・・・だから・・・つまり・・・・)
何かを深く考え始めると没頭してしまう性質のソナである。
まだ高校生の年齢でありながら、姉が総督府の高官としてこの地で絶大な力を持っているという事実を再認識して、ソナはこんなスケールの大きな想像をかき立てていた。
そしてその想像は、『大勢の倭奴に自分を拝ませたい』・『奴らの上に君臨したい』という、ある意味で若い女性―容姿に自信があり、向上心と好奇心が過剰気味の若い女性―特有の、向こう見ずな上昇欲と裏腹だったかもしれない。
「ソナ、ぼぉーっとしてないで。ご飯にしましょう」
ソヨンに促されてソナは我に返った。姉妹は並び立ってダイニングルームへと向かった。




