会話
デスクのPCに向かってなにやら仕事をしていたソヨンは、ドアを開けて入ってきた妹の姿を認めて破顔一笑し、勢いよく椅子から立ち上がった。
「ソナ! よく来たわ!」
「お姉ちゃん! 久しぶり!」
姉妹は部屋の中央で抱き合った。お互いの肩を叩き合ってから体を離し、顔を見て、それからもう一度抱き合った。
「相変わらず大きい胸。お姉ちゃんには敵わないな」
「ソナもまだまだ大きくなるわよ」
「私もう18よ。とっくに成長止まってるわ」
姉の冗談、口ぶり、それからハグしたときの手触り、肉感…。そんな全てがソナには懐かしかった。ここが故郷から1千キロ以上も離れた場所であることを、一瞬忘れてしまうくらいだった。
休日だからか、ソヨンは軍の制服を着ていなかった。黒のタートルネックにエンジのフレアスカートというフェミニンな組み合わせだ。固く膨らんだ胸の上で、目の細かいネックレスが2本、さらさらと揺れていた。ソナは士官学校の制服―白を基調としたブレザータイプで、金ボタンと金のラインがアクセントになっている―だった。
一連の挨拶が終わってから、ソヨンがまず面会用ソファーセットの一端を占め、ソナに向かいのソファを勧めた。
局長室には、巨大なガラス張りの壁を背にして、まずソヨンの執務机があり、その前に応接用のセンターテーブル、左右にソファーセットが1セットずつ置かれていた。ソファーセットは豪勢な本革張りの見事な品である。
かつて学生だったときから、ソファなどの家具に人並みならぬこだわりを持っていた姉の嗜好を想起して、ソナは懐かしい気持ちになった。きっとこのソファもソヨンが選んだのに違いない。『ソファーセットの選択は生き様の縮図』って、お姉ちゃんよく言ってたっけ。そんな些細な思い出さえも、ソナの心を暖めてくれた。
◆◆◆
それぞれの近況―ソヨンは総督府での業務風景や植民地総督たる皇太嬢殿下の御様子、ソナは士官学校での日常や家族との遣り取り―と、直近の滞在スケジュールを報告しあってから、話は自然と植民地における被支配民―倭奴―たちに移っていった。
のどかな冬の昼下がり、22歳の姉と18歳の妹とが交わすその会話風景は、内容さえ聞かなければ、ウィッティーで他愛ない、ただの『ガールズトーク』なのだが、その中身は――
ソナ「ねぇ聞いてよお姉ちゃん、ここに来る前に私、乞食橋と貴族学校の工事現場に行ってみたんだけど、首輪を嵌めたゴミみたいな倭奴どもが、一匹残らず、私の姿を見るなり土下座するの。どいつもこいつも、超びびっちゃっててさ、頭を踏んであげたら喜ぶの。『占領して頂いてありがとうございます』『植民地にして頂いてありがとうございます』って、ホントにそう言うのよ。すごくない?」
ソヨン「ねー。すごいでしょー。だってまだ植民地化が始まって、一年足らずよ。まさかここまでとは、って私も思うわ。倭奴はみんな、従順でお利巧なのね。キャハッ。」
ソナ「キャハハッ。ホントすごい! 笑い事を通り越して、信じられないって感じよ。なんだか楽しくなっちゃうわ。私も戦時中は空軍のパイロットとして、それなりに頑張ったんだけど、ホント、頑張ってよかったなー、って思うもの」
ソヨン「ホントねー。まさかこんなに『敵』から感謝されることになるとはね」
ソナ「だよねー。それでね、私、考えたんだけど・・・」
頬を紅潮させたソナが前かがみになったとほぼ同時に、ドアにノックがあって会話は中断された。
「お茶をお持ちいたしました」先ほどの倭奴だった。
「入れ」ソヨンが言うと、恐縮で顔を塗りつぶしたかのような倭奴が二人、それぞれお盆にティーセットを捧げ持って入室してきた。
「失礼致します!!」言って、慇懃な態度を存分に漂わせながら、二人の『神様』の前にお茶を並べ始めた。
その一部始終を、姉妹はニヤニヤしながら監視していた。
お茶を給仕する倭奴の手がカタカタと震える。
ようやくお茶の『献上』が終わり、この場を辞そうと二人並んでお盆を抱えて最敬礼する倭奴に向かって、ソヨンが言った。
「タロ! ケン! ちょっと!!」
まるで犬を呼ぶような声だが、もちろん二人の倭奴に対して発せられた言葉である。
「ハッ!!!」
ほぼ同時に大きく肩をビクつかせた二人を見て、ソヨンとソナは思わず笑みを溢した。
「キャハハッ、子犬みたいねー、お姉ちゃん」
「キャハハハッ、子犬みたく可愛くはないけどね。ビビりっぷりだけはホント犬だわ」
無力に立ち尽くす二人の憐れな倭奴を肴に、二人の会話が再開された。
「そうだ、ソナ、こいつら倭奴の総督府職員にとって、一番大事な仕事って何か知ってる?」紅茶をすすりながらソヨンが言った。
「うーーん、そうだな。。お茶汲み?」
「ブーッ、不正解」
「コピー取り?」
「ブブッー。もっと『倭奴的な』仕事よ」
「うふふ…床磨きでしょ? トイレの?」
「それも確かに『倭奴らしい』けど…。トイレ掃除よりもお靴磨きよりも、もっと大事な仕事よ?」
「分かんない。教えて」甘えた声でソナが言った。
ソヨンは今度は目を細めて笑った。笑ったときに口元に優美な笑窪ができた。それから浅く座り直して身体の向きを僅かにずらした。
「それはね…」途中まで言って、ソヨンは急に倭奴に向かって『ヒュッ』と口笛を吹いた。
すると右側―ソファのソヨンに近い側―の倭奴が弾かれたように四つん這いになり、ソヨンの足許に這い進んだ。
「…こうする事よ」言ってソヨンは、視線を下に落とすことなく、膝を伸ばしたまま両足を少し浮かした。倭奴がその足の下に潜り込むと、ソヨンは遠慮なく、どすん、と両足をその背中の上に落とした。重みで倭奴の体躯が少し揺れた。
「わぁ、足置きね」ソナは目を輝かせていた。
韓国本国にも、すでに少なからざる倭奴が『輸入』されてはいるが、普通のオフィスや学校といった公共の場で、倭奴をこのように使う光景は見たことがなかった。
「そうよ…」ソヨンは倭奴の背中の上で、ゆっくりと足を組み換えた。
「…こうやって倭奴を踏んでおいたり、その上に足を載せておいたりしていると、頭の回転が良くなって仕事が捗るのよ。脳科学的にも証明されてるわ。きっと優越感や征服感が脳に心地好い刺激を与えてくれるんでしょうね。こっち[日本]では、総督府だけじゃなくて普通の企業や役場でも、会議やデスクワークの時は、だいたいこうやって倭奴を足置きに使うのよ」
ソナの瞳は先ほどよりもさらに澄んで輝いていた。
「私も試してみたいな、それ」
「もちろん」
ソヨンはサッと顎を振ってもう一人の倭奴に指図し、ソナの足許へ潜り込ませた。ソナも顔を綻ばせながら、姉と同じように倭奴の背中に足を掛けた。
「ねぇ、ソナ、知ってる? 人の価値って、どんなソファに座って、どんなクッションに身を預けるかによって決まるの。だからソファーセット選びだけは絶対に妥協しちゃダメなのよ」
「知ってるよ、もう何度も聞いたよー」ソナが冗談めかしてぷくっと頬を膨らませると、ソヨンはちょっと舌を出して笑った。うつむいて汗を滴らせる、自分たちよりずっと年上の男を足置きクッションとして使いながら、二人の親密な会話はなおも続いた。「お姉ちゃんの『哲学』だよねー、それ」
「哲学、ってほどじゃないけど…」ソヨンは少し照れながら、倭奴の足置きクッションの上で足を組み換えた。
「ソファーセットは、ある意味で、それまでの人生の帰結なの」
背中に足を置く人間と、背中に足を置かれる人間とが、そこにいる。自らも倭奴の背中の上で両脚を休ませながら、ソナは妙に姉の話に納得していた。




