土
まだ少し時間があったので、続いてソナは『貴族学習院東京校舎』の建設予定地に行ってみた。
それは小倭列島にいる貴族の子女たちのための高等教育機関で、開校後は小学生から高校生までの年齢の女子学生が通う。ソウルにある本校―ソヨンやソナの母校である―の分校としての位置付けになる。
戦前、この土地は大公の祖先を祀る巨大な社[やしろ]であったが、総督府に接収された後は、その豊かな自然と広大な敷地を利用して、小倭列島で最も価値のある学び舎として生まれ変わることとなった。
ソナは人力車を降りて、近くにいた韓国人の工事関係者に案内させて建築現場を見学した。
敷地内では、無数の倭奴が重機無しで、文字通り手作業での労働に従事していた。数名の若い韓国人が、倭奴どもを監督している。話を聞いてみると、韓国人監督者一人が、およそ40人の倭奴を監督し、倭奴たちはその監督者が受け取る時給のたった500分の1の給料で働いているそうだ。
「どう? 倭奴どもはちゃんと働く?」
ソナが案内の韓国人に尋ねた。大学を出たばかりの、平民出身の韓国人女性だった。
「はい、嫌がるどころか、皆喜んで働いています。まさに寝る間も惜しんで、って感じです。完成したらたくさんの貴族の方々がおいでになるのですから、彼らにとってもこの工事に携われることは、きっと名誉なことなんだと思いますわ」
「アハハッ。ピラミッドを建てた奴隷の心境に近いのかもね。逃亡とかサボタージュとかもないんだ?」
「はい。逆に張り切りすぎて過労で死んじゃうのが結構いるくらいです。けど、代わりはいくらでもいますから、どんどん働いてどんどん死んじゃって下さい、って感じですね。そうだ、私たちの仮設トイレの近くに彼らの墓があるんですけど、ごらんになりますか? もしお手洗いがご必要でしたらそのついでにでも…」
ソナは顔色一つ変えず、むしろ笑いながら返事する。
「遠慮しておくわ。それより『まだ生きてる』倭奴どもが働いてるのを近くで見たいわね。案内してくれる?」
ソナと平民女性は、少し離れた場所に移動した。そこは体育館の建設予定地とのことで、コンクリートに舗装される前の剥き出しの地面に、数名の倭奴たちがツルハシやショベルを手に働いていた。
ソナが近づいていくと、人影に反応した倭奴どもが、駆け寄るように近付いてきて、土の中に勢いよく頭を突っ込むように土下座した。
ソナは戯れに、土下座する倭奴どもに立ったまま話しかけてやった。
「お前たち、ここに何が出来るか知ってる?」
「はっ! 韓国貴族の子女のお方々がお学びになられる学校でございます!」
数人、並んで土下座している倭奴の中で、一番体格のいい、リーダー格と思われる男が、顔を下に向けたまま、腹から声を出すように返事した。
「ピンポーン。貴族子女の『お方々』ね。ところでお前たちにとって、韓国の貴族の方々って、どんな存在なのかしら? ていうか、今まで会った事ある? あるひと手を挙げて」
誰からも手は挙がらなかった。この中に貴族に会った事のある倭奴はいないらしい。
「ふーーん。で、貴族ってどんな存在? お前、言ってごらん」
「はっ、、、そ、それは、、、恐れ多くも、、、私めたち日本人、いやっ、失礼しました、、倭奴たちを憐れみ、守護し給う、、、神国大韓女権帝国の宗主権の体現者であらせられます!!」
リーダー格の男が、恐縮の極限にあるように慌て、慄きながら叫んだ。
「アハハッ、小難しい御託はいいからさ。もっと簡単に、自分の言葉で言ってごらん」
「はっっ、、畏れながら、、、カンタンなワタクシメのコトバで、、、」
「ホラ、早く!」ソナは苛立たしげにその男の後頭部を爪先でキックした。
「ハッッ!! カミサマ・・・神様・でございますっ!! 神様ですぅぅっっ!!」
足許で錯乱気味の倭奴を見下ろし、ソナは愉快な心持ちでいっぱいだった。
「ふふっ・・・。模範解答だけど、本当にそう思ってるのかしら? だってつい1年ほど前は、キミ達の敵国だったのよ? 降伏して、支配されたとたんに、そんな簡単に人の気持ちって変わるものなの?」
「ちなみに、私も一応、貴族の一人よ。パク・ソナっていうの。名前くらいは聞いたことある奴もいるんじゃない?」
『パク・ソナ』の名前が出た瞬間、足許の倭奴たち全員に、雷に打たれたような衝撃が走った。全ての倭奴が地面を押す自らの額にこれまで以上に力を込めた。戦時中、韓国空軍のエースとして母国民からは英雄として喧伝された一方、日本においても、その悪魔的な空戦技術は鬼神の如く恐れられていた。そして今では総督府民政局長となった空軍少将パク・ソヨンの実の妹でもある。戦中を生き抜いた倭奴の中にその名を知らぬ者はいないはずだ。
「あら、私の名前を聞いただけで、顔が地面にのめり込んじゃった(笑)」
ソナは軽くはにかみながら隣に立つ平民女性に話しかけた。
「…やっぱりこいつらにとったら、韓国貴族様は神様なんですね。きっとここにいる倭奴全員にとって、今日はソナ様にお目にかかれた日ってことで、忘れられない日になりますわ」
「ふーん。私はすぐ忘れちゃうけど。こいつらのことなんか…。誰?って感じ」
「あははっ。分かります。私でさえ、沢山いすぎてどれがどれだか分からなくなりますもの」
二人はしばらく冗談を言い合っていた。その間、倭奴たちは二人の足許で、力いっぱい顔面を地面に押し当て続けていた。力を込めた首筋が赤くなってきていた。
「…そろそろ、帰ろうかしら。このままだと倭奴どもが…」といってソナは軽く目線を落として足許の男たちを一瞥した。
「窒息死しちゃうといけないし」ソナのジョークに平民女性も釣られて微笑んだ。
「そうだ、最後にこいつらの頭を踏んであげていただけませんか。倭奴は韓国人・特に韓国の貴族女性に頭を踏まれることを『名誉なこと』として喜ぶんです」
ソナは苦笑しながら、足許に土下座して整列している倭奴どもの後頭部を、一人一人軽く踏み下してやった。最後にリーダー格の倭奴には、顔を上げさせた後、爪先で顎をしゃくりあげて上を向かせて、その泥だらけの顔に唾を吐きかけてやった。「私たちのために引き続き、死ぬ気で働きなさい」そして手をヒラヒラ振って「じゃぁね、バイバイ」と、踵を返して倭奴どもに背を向けた。
ソナに頭を踏んで頂いた倭奴たちにとって、この日が忘れえぬ記憶として永く胸に刻まれたことは言うまでも無い。
しばらく歩くと、背後から「韓国万歳」「パク・ソナ様万歳」の大合唱が聞こえてきた。




