来光
矯正官としてのソナは、空軍のエースパイロットとしてのソナよりも、あるいは優秀であったかもしれない。彼女の過酷で容赦ない捕虜教育は、多大な成果を上げていた。
なお、ソナを筆頭に、韓国軍占領地の捕虜矯正官は、空軍士官学校高等科の学生が多かった。彼女らはこの時期、貴族子女・軍学校の学生・最前線に立つ軍人[パイロット]・捕虜の矯正官という4足のワラジでやっていたが、日本の航空戦力が壊滅状態になっていたこの時期は、一部の戦略爆撃部隊を除いて、パイロットたちは開店休業の状態だったため、彼女らの業務は矯正官のそれに集中していた。
韓国軍は、早くも日本降伏後を見据えて、『敵を効率的に殺傷できる』純粋な軍人よりも、『被占領民を効率的に飼い馴らせる』タイプの軍人を欲し、育成していた。日本人の自尊心を削り、反省と贖罪・そして敗北感で彼らの心を染め上げていく。それが女権帝国軍が立つ新たな戦線となった。そしてソナはその『新しい戦線』の最前線にあった。
◆◆◆
この日も、まず、丸山たち捕虜―倭奴ども―6人を部屋に集め、土下座させて自らの『御来臨』を長時間待たせることで、精神的に虐めるところから始めた。―丸山ら捕虜たちは、ソナの思惑通りに、矯正官の登場を半時間以上待たされながら恐怖感を募らせ、あるものはパニック寸前まで追い込まれたほどだった。
頃合を見計らってから、勢いよく扉を開け、間髪入れず「待たせたわね。顔を上げなさい」号令した。
小部屋の上座、大きな窓を背に据え付けられた一人掛けのソファに腰掛けたソナは、6人の捕虜の顔を物色した。
今日教育を施す捕虜6人は、全員『犬』ランク―下から2番目―の倭奴だった。年齢は幅広く20代から50代、捕虜になる前の階級も将校から一般兵までさまざまだったが、年齢・元階級いずれも丸山が一番上だった。
中にはここ小松基地に送られてきて数日の新米倭奴もいた。丸山は勤続約半年だった。一度③の『猿』ランクに『昇進』したのだが、些細なミスで若い韓国人女性兵員―おそらく10代の平民出身の新兵だった―に因縁をつけられ、懲罰を賜ったうえ②『犬』ランクに降格させられたのが1週間前である。
倭奴たちは全員『犬』ランクを示す白色の首輪をし、臀部が露出したふんどし以外は何も身にまとっていない。韓国人将兵にいつでも鞭を賜れるように、また自らの自尊心を溶解させ、捕囚・奴隷としての自覚を育むための工夫だった。
胸と背中に奴隷番号が大きく印字されていて、韓国人将兵はこの番号で倭奴を識別し、呼称した。丸山の倭奴番号は44番だった。
神妙な面持ちで自分を見上げる倭奴どもを、ソナは口に手をやって、苦笑しながら見下ろした。
眼下の倭奴たちの表情がよく見えるように、ソナの座る壇上の椅子の後方には、部屋の下手に向けて強烈な光を投げかけるライトが4つ据え付けられている。
逆に壇下から見上げる倭奴たちには、壇上のソナに後光が挿したように眩しかった。実際、何人かは辛そうに目をしばつかせて足許からソナを見上げていた。
「眩しそうね、目のほうは大丈夫? つぶれちゃってないかしら?」
ソナは戯れに一番前列・中央の倭奴―番号69番―に話し掛けてやった。倭奴は恐縮して「へっ」と言って首を振り、畏まってしまった。
(あはっ・・・暗闇の中でしか生きられないウジ虫どもが…いいザマだわ。せいぜい眩しさに耐えながら、必死になって私のことを見上げてなさい…)
ソナが心の中で微笑しながら改めて足許を見渡すと、倭奴の中には自分を仰ぎ見ながら、その眩しさと恐怖の余り目から涙を流している者までいる。
ソナはまず倭奴たちに『倭奴三誓』を唱えさせた。これは倭奴どもが絶対に忘れてはならない心構えを三項目に集約したもので、倭奴はいつでもそらんじることが出来るように訓練されていた。
一.吾等倭奴は、大韓女権帝国に無条件かつ完全に服属し、絶対的な忠誠を貫く奴隷として、持てる全てを犠牲にして御奉公に精励します。
一.吾等倭奴は、大韓女権帝国皇帝ならびにその代行者を、神聖なる宗主権を体現する至高の存在として崇拝し、全身全霊をかけて拝跪します。
一.吾等倭奴は、偉大なる大韓女権帝国の永久の繁栄のための踏み台となり、隷属し追従できることを唯一の喜びとして、その広大無辺の慈悲に報いるべく生涯を捧げます。
ランダムに一人ずつ指名し、2人に唱えさせた―ソナはいつも笑いを堪えるのに必死だった―その後で、6人全員で合唱させた。倭奴は喉が潰れんばかりの大声を張り上げて倭奴三誓を唱えなければならなかった。ソナは満足がいかなければ何度でもやり直しさせた。




