奴隷
戦争末期・女権帝国占領下の小松基地―
(どうかソナ様ではありませんように…)
ひんやりとしたコンクリートの床に力いっぱい額を押し付けながら、丸山は切実な祈りを捧げていた。
(どなたか温和な矯正官様、、、いや、、、ソナ様以外の矯正官様なら、どなたでもいい。五寸釘が大好きなギュリ矯正官様でも、鞭マニアのスンヨン矯正官様でもいい。しかしソナ様だけは、、、)
体中に残る鈍痛と継続的な眩暈が、過酷な捕虜虐待によって苛まれ続ける心身の疲弊を雄弁に物語っていた。
同じように土下座して矯正官様のご来臨を待つ捕虜たち―今日は全部で6人―も、おそらく同じ心持ちであった。隣の捕虜に至っては、恐怖のあまりカタカタと体を震わせていた。
扉が開いた。
「待たせたわね。顔を上げなさい」軍人らしく手短に言った声の主は歩を止めることなく颯爽と、段の上にある矯正官席に歩いていき、椅子を引いて腰掛けた。
丸山たち全員の祈りはむなしく潰えた。矯正官はソナ【当時17歳】だった。
◆◆◆
ここ小松の韓国空軍基地では、この時期、丸山のような捕虜が約50人強制労働させられていた。いずれも投降や捕縛された日本大公国軍の元軍人で、すでに尋問によって女権帝国軍にとって有用な軍事機密を残らず吐かされてしまった後、『使い捨ての労働力』として各地の女権帝国軍基地に連行されてきた捕囚たちであった。
矯正官の仕事は、その『労働力』たちが、『役に立つ労働力』として機能するよう、彼らを徹底的に『矯正』あるいは『教育』することである。矯正官の殆どは若い女性将校で、例えば『軍医』に似た専門的な知識―犯罪心理学や教育学など―を持っている者はごく僅かだった。だいたいはソナのような最前線の将兵が、軍務の合間に、パートタイム的に矯正官の仕事を掛け持ちしていた。
そして、毎週金曜日の晩が、『奴隷教育』の時間と定められていた。この基地で強制労働に従事させられている旧日本軍の捕虜たちは、月~金まで奴隷労働力として基地の後方支援活動に従事し、金曜日の晩、『奴隷教育』を受ける。教育の最終目標は、『捕虜たちの完全なる奴隷化』である。捕虜たちの心理状態は矯正官たちによってスコア化される。それは『(女権帝国に対する)漠然とした劣等感』から始まり、『敗北感』→『(戦争を始めてしまったことに対する)後悔』→『罪の認知』→『心からの謝罪』→『懺悔』→『服従』→『崇拝』→『(女権帝国に対する)滅私奉公の願望』と進み、最終的に『帰依』に到る。―なお、殆どの捕虜は、すでに『心からの謝罪』はクリアしている。矯正官の仕事は、彼らの背中を一押しして、それを『服従』に到らせることだった。そこまできたら仕上げは簡単であった。
また、『奴隷教育』には『奴隷審判』も兼ねている。奴隷教育の後に、矯正官は奴隷たちを『審判』して、彼らの服従心や熱意、労働の質や態度を総合的に勘案して彼ら一人一人をランク付けする。基本的には昇進試験としての性格が強いが、懲罰+降格を受ける場合もある。ランク付けされた奴隷たちは、次の一週間、そのランクに従った待遇を受けられ、ランクによって労働の内容も大きく変わる。
5つのランクは、下から順に『豚』→『犬』→『猿』→『一般奴隷』→『完全奴隷』と呼ばれている。
このランクは、戦後、総督府の施政として小倭植民地全体に広まった。この小文でもたびたび登場するワードであるため、ここでまとめて解説する。
【倭奴の5つのランク】
①豚…常時四つん這いの姿勢が強制され、二本足で歩くことは、いかなる時であっても、絶対に許されない。頭を韓国人の膝の高さより上にすることや、韓国人のヒップのラインより上部を仰ぎ見ることも禁止されている。不浄の存在であり、かつての『不可触民』のごとく、韓国人は彼らの身体に触れることさえ忌み嫌う。(辛うじて靴を履いた足の裏でなら触れてもよいとされている。)主に、這い蹲っての便所掃除や下水道のドブさらい等、他の奴隷でさえ嫌がるような最底辺の業務を行なう。
②犬…最底辺の『豚』は懲罰的なランク付けなので、通常はこの『犬』からランクが始まる。奴隷たちは功徳―韓国人に対する奉公―を積んでランクを上げていくのだが、そのスタートがこの『犬』ランクだった。この段階でも、奴隷は特に許しが無い限り二足歩行は出来ないし、ふんどしと首輪以外のモノを身にすることも許されていない。韓国人の軍服や調度品(机等の家具)に触れることも出来ないので、屋内では床磨き、屋外ではゴミ拾いや地面の清掃が基本業務となる。唯一、靴は触れることを許されていて、『犬』ランクの中で靴磨きは最上級の奉仕活動に位置付けられている。
③猿…必要最低限度の忠誠心と奉公の実績が認められると、奴隷はこのランクに上がることが出来る。一方で、『一般奴隷』から降格されてこのランクになる者もいる。依然として四つん這いが基本姿勢だが、韓国人が普段入らない倭奴専用スペースでは、二本足で歩くことも許される。『犬』が認められていない軍服の洗濯や調度品の清掃がメインの業務である。このランクでも貴族女性と直接口を利くことは、ご下問に対する奉答以外は許されておらず、通常の業務時間中、貴族女性の目に付くことは殆ど無い。
④一般奴隷…通常の奴隷であり、全ての倭奴のうち7~8割がこのランクに属する。ようやく2本足で立つことが出来るが、その際も背中を丸め、前かがみでいることが義務付けられている。韓国人の前では、決して胸を張ったり、背筋を伸ばしたり、上方を見上げたりすることは出来ず、常に平身低頭・媚びへつらうような態度でいなければならない。韓国人に対する挨拶はもちろん土下座叩頭である。奴隷である以上、人権はなく、家畜と同じ扱いである。韓国人が一般奴隷を殺傷したとしても、当の韓国人は殺人罪に問われることはない(その奴隷に所有者がある場合は、その所有者に対して損害賠償を求められることはあるが)。
⑤完全奴隷…『一般奴隷』が『悟りの境地』に至ったと判断されると、『完全奴隷』の称号を得ることが出来る。高性能の嘘発見器を用いた上で、特定の韓国人女性を『神』として『崇拝』している、と認められる必要があり、生半可な精神ではなることは出来ない。しかし、もし倭奴が『完全奴隷』に昇格すると、彼は死ぬまで全身全霊を込めて主人―神―に対して滅私奉公するので、それを所有する韓国人女性にとっては、極めて便利な道具となる。通常は、貴族女性しか所有することが出来ない。『完全奴隷を何匹所有しているか』は、貴族女性にとって、自らのステータスの高さを測るバロメーターになる。
なお、『完全奴隷』は、戦後になってから新設されたランクであり、戦中は、豚・犬・猿・奴隷の4ランクしか存在しなかった。戦前・戦中にも、倭奴の中には、韓国貴族女性を神聖視し、彼女らを崇拝してその権威に額づく者は多数いたが、それらを指す語がなかった―『完全奴隷』とは戦後に発明された新語であった。




