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記憶

丸山の手は震えていた。最初は僅かな震えだったが、その震えはしばらくすると靴を磨かせているソナにもはっきりと認知されるくらい大きなものとなった。

「ホラ、どうしたの? 手、震えてるじゃん」

ソナが『異変』に気付いて、最初は足許の初老の小男をからかうように、声を掛けた。

丸山はそのたびに、申し訳ございません、と短く答えて、靴磨きを続けようとするのだが、手の震えはどうしても止まらない。上から見下ろすソナの目にも明らかに、恐怖心が露わになっていた。


(お姉ちゃんの靴を磨いてるときは何とも無かったのに…)

不審に思ったソナは、右足を台の上から浮かせて丸山の両手を蹴って払い除け、上から彼の反応を観察してみた。小男は、ソナの急な動作に「ひぃっ!」と言って、まるで塩をかけられたナメクジのように地面に縮こまってしまった。これ以上無いくらいの平身低頭ぶりである。

ソナは、丸山の傍らに腰を折って屈み込むと、丸山の顔面を覗き込むように凝視した。


「・・・ん? お前、どこかで会ったことあるかしら」

ソナが目を細めて、小さくなって土下座している丸山の顔を間近から覗き込んだ。その顔面には汗が大量に噴き出し、顔全体から血の気が引いていて病人のように青ざめていた。


この初老の男は明らかに自分を知っている。そして心の底から恐怖している。


ソナのあどけない美顔に好奇の色が差した。ソナは小男の後頭部の髪を掴むと、ぐいっ、と力任せに引っ張って顔を上に向かせた。強い力だった。丸山は「うぐぅっ」と思わず声を漏らした。


「ねぇ、聞いてるんだけど? 前にどこかで私と会ったことあるか・し・ら? 教えて、チョッパリくん」

言って、急に上を向かされてまぶしさに目がくらんでいる小男の顔面を正面から見据えて、軽く微笑みかけてやった。

ソナに顔を近づけられ、男の恐怖は頂点に達したようだった。みすぼらしい目にいっぱいの涙を浮かべて、虫の鳴くような小声で言った。


「ソナ様…パク・ソナ様…私めは…イ…イルケです…丸山です…。戦時中の小松基地にいた…お靴を奇麗にさせて頂く事しか能の無い、クズで負け犬の奴隷でございます…」

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