7幕 終末の序奏曲
「見たかね、彼の力を?
あれこそ、私が彼を必要とする理由だ」
煌めく水晶球に冷徹な眼差しを注ぎながら、レインは呟いた。
「なっ……何ですか、レイン様!
彼の……彼のあの力は!?」
驚愕のあまり、リファメリアの声は震えていた。
優秀な秘書であると同時に、優れた巫女としての資質を兼ね備え持つ彼女には、痛い程感じられたのだ。
あの紋章が輝きを上げた瞬間、ミスティから放たれた波動は、もはや人に非ず。
定められし事象すら書き換える。
あれはもはや……古き「神々」の御力。
「精霊を統べる聖霊の王、聖霊皇へ通ずる回廊を構築し、召喚。
意志あるカタチとして具現化、その聖霊力を行使する、か……。
確かに人間業じゃない」
どこか納得がいったように頷くアリエル。
「今なら局長が彼を求めたことが理解できる。
……あいつ、あれでやっと本来の力の三割程度だろ?
暴走しそうになるのを、必死に抑えていたがな」
「そんな! 今でさえレイン様に匹敵しかねないのに!」
リファメリアはハッと口元を押さえた。
「構わんよ。本当のことだからな」
「レイン様、そのような事を仰らないで下さい!
全て……全て、わたしの失言です……」
「だが、残念ながら事実だ。
もし私が全力を出した彼と闘えば上手くいって相討ち……いや、惜敗するのがオチか」
透明感のある微笑を浮かべ応じるレイン。
「それに彼の力の神髄は聖霊力にあらず。
物事の本質を把握し、再構築する『事象の改変』にある。
この戦いでは見せはしなかったが、おそらく彼ならば魔族と同化した者すら救う事ができる筈だ」
「そんなことまで……。
それでは、最早ヒトではありません……」
「だろうな。あいつは人と聖霊の間に生を受けた者の末裔……その中でも特に愛された、寵愛児なのだから」
「!」
「その通りだ、アリエル。
彼は隔世遺伝で目覚めた聖霊の封嶺者……
伝承に謳う聖霊騎士だ」
レインの私室と半ば化している局長室に、重い沈黙が降りた。
「リファメリア、学院内に潜伏していると思われる魔族のピックアップは済んだか?」
「はっ、はい。怪しい動向のある者を、上は導師から下は見習いまで、計五人程ですが」
「そうか……」
席を立ち窓辺に寄る。
眼下には、この大陸最高の魔術師養成機関の光景が広がっていた。
いや、それだけではない。
サーフォレム魔導学院を相手にしている街の人達。
何処にでもいる、普通の人々の営み。
……この者達の暮らしを、絶やしてはならない。絶対に。
「魔族め……我々は決して敗けん」
その為にも、盤石の布陣を敷かなくてはならない。
「聖霊騎士ミスティ・ノルン……。
お前を、必ず我らの同志にしてみせる」
レインの呟きが、夕闇に弾けて消えた。
かくして、人と魔の戦いは、ついにその幕を開けるのだった。