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6幕 降臨の封嶺者

「動かないでいいって……どういうことなのですか、レイン様!?」

「今言った通りだ。ミスティ君を支援する戦力は、例え一兵たりとて出さんつもりだ」


 所変わってここは魔導学院自治統制局、局長室。

 ミスティに護衛を差し向けるべきだと訴えるリファメリアにレインはさらりと答えた。


「何故ですか!?」

「決まっている。あの程度の魔族すら斃せないのでは、これから起こる魔族との戦いにはとてもではないが生き抜いてはいけまい」


 彼の前にある水晶球には、ファルの姿をした魔族と対峙しているミスティの姿が映し出されていた。


「あの魔族の力量レベル……どう見立てる、アリエル?」

「おそらく中の上、上位ナイトクラスか下位ビショップクラスといったところか。

 俺や局長ならいざ知らず、彼にとっては荷が重い相手だろう。

 さらに人質を取られ不意打ちの一撃……勝率は多く見積もって九対一だな」

「だろうな」


 レインはいともあっさり認めた。


「そこまで分かっていながら、何故動かないのです!?

 このままじゃ彼は……!?」


 激昂するリファメリアを片手で制しながらレインは言った。


「二人とも、何か思い違いをしてないか?」

「?」

「私は、彼に支援の必要がないからこう言ってるまでだ。

 護衛の兵など、却って彼の足手纏いになりかねんよ」

「それはどういう意味ですか?」

「気が付かなかったのかね? 彼の内に秘めたる強大な力への呼び水を。

 アレは下手をしたらこの私の力すら凌駕しかねん程の力だ」

「しかし先程の限りでは、そんな感じなどは見受けられなかったが?」

「まあ仕方あるまい。

 それだけ彼自身が自らへ幾重にも掛けた封印が強固な証なのだろう」

「封印?」

「そう、私のこれと一緒だよ」


 言って、レインは黒眼鏡を付け直した。

 森妖精の手によるその作品の縁には、魔力封じの魔術文字ルーンが隙間なくびっしりと施されていた。


「彼は私と同じ、普段からその暴走しかねない力を封じているのさ」






「へえっきしゅ!」

「あら……風邪?」


 盛大なくしゃみをしたミスティに、ファルに憑依している魔族……ノーヴィスは、心配そうに訊いた。


「何でもありませんよ。

 きっと誰かが、僕のことを噂でもしているのでしょうね」


 ミスティの脳裏を、黒眼鏡を掛けた美麗な男の顔がよぎる。


「それは結構。それよりもう一度考え直してみてくれないかな? 

 私達に協力してくれるのなら、この地方を貴方に上げてもいいわ」

「先程も言ったはずですよ。お断りします」

「どうしても?」

「どうしてもです」

「何で断るの? もし協力してくれるのなら、この娘の身体だって自由にできるのよ?」


 ミスティは深々とため息を漏らした。


「結局、貴女達魔族も人間と変わりありませんね。

 利用できるものは、何でも利用する」

「あら? それが生物学上当然の行為ではなくって?」

「その傲慢な思いがあるかぎり、人間と魔族の間に争いの無くなる事はないでしょう」

「まっ、いいわ。協力してくれないのなら貴方を殺すだけだから。

 元々それが本来の私の任務だしね。

 ……ほんっとに残念。

 私、貴方の事は人間にしては気に入っていたのよ」


 肩を竦めて差し伸ばした掌の先に、白い魔力光が灯る。


「せめて、苦しまないよう、一撃で殺してあげる」

「僕を殺す、ですって?」


 ミスティは脇腹から手を離した。

 血は、もう流れていない。


「貴女……何か勘違いをしていませんか?」

「えっ?」

「僕が、貴女を斃すんですよ」


 惚けたかのような表情をするノーヴィスへ向け、ミスティ裂帛の声と共に叫んだ。


「聖霊降臨!」


 その言葉に、いったいどれほどの意味が込められていたのか?

 自分の内を縛るものが次々と解き放たれ、自由になる。


(愛しき幼子よ……)


 脳裏に囁く圧倒的な存在感。

 だがそれと共に大いなる力の奔流に流されそうになる畏れ。

 今、自分の身体を通して世界を支える法則が改変されようとしている。


(力が欲しいか?)

(力は欲しい。

 でもそれは周りの人々を守れるだけでいい!)

(ならば願え。

 汝が描く最高のカタチを。

 最強たる証を)

(ならば伝承に謳う……騎士の鎧を)

(それが願いならば叶えよう。

 だがユメユメ忘れるな。力を振るう度に汝は……)

(ええ、理解してます。

 偉大なる……皇よ)


 時間にすれば刹那、だが突如ミスティの身体から七色の煌めきが迸るや、薄暗くなりかけている周辺を真昼さながらに照らし上げる。

 そしてその輝きが失せたとき、そこには神秘的な鎧を纏った、超然としたミスティの姿があった。

 その額には不可思議な紋章が輝いている。


「そっ……その輝く紋章はもしや、AZRAEL!

 伝説の聖霊騎士の証!」


 驚愕に立ち竦む魔族に、ゆっくりと……緩慢ともいえる速さで、ミスティは歩み寄る。


「またこの鎧を纏ってしまった。

 もう、二度と纏うまいと思っていたのに……。

 その報い、身を以て償ってもらおうか」

「お……お願い……赦して……」

「駄目だ。お前は、私の大切なものを傷つけた」

「この娘も……共に死ぬわよ……」

「安心しろ」


 ファルの頭に手を置きながら、ミスティは歌うように囁く。


「この娘の精神から、貴様の存在だけを消し去る」

「いっ……いや…………」

「死ね」

「いやあああああああああぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!」

「……なぁ~んってね」


 突如口調を変えて、ミスティはおどけてみせた。

 茫然とミスティを見やるノーヴィス。


「幸い、まだ同化はしていない様ですし……ファルさんの身体から出ていくのなら、僕は別に危害を加えたりしませんよ」

「助けて……くれるの?」

「おとなしく出ていくのなら、ね」

「何で? 魔族なのよ、私? 

 貴方を傷つけ、知り合いを人質に取るような奴なのよ!」

「だからといって、無差別に斃してもいいというわけじゃないでしょう?」


 二の句が告げられないノーヴィス。

 ただ、何かふっきるかの様に溜息を一つ吐く。


「変わっているわね、貴方……」

「ええ、よく言われるんです。

 変人とか、性悪とか、陰険とかね。

 それに、幼少の頃から正義の味方は嫌いでして」


 その言葉に微笑むかのような仕草をするファルの身体。

 と、突然その繊細な身体から、赤い人型の光が飛び出す。

 精神生命体であるノーヴィスの、本当の姿である。


「それじゃ、お言葉に甘えて……。

 もう、逢わないことを祈っているけど」

「そうだ。伝言を一つ、お願いできますか?」

「……なに?」

「この学院に手を出すのは貴女達の勝手です。

 が、もしも僕の身近な人を巻き込む時は、僕は容赦なく貴女達の敵に回ります……と、魔族の皆さんにお伝えください」

「了解したわ。優しき、聖霊騎士……。

 いえ、聖霊の寵愛児にして封嶺者たる少年よ」

 

 輝き飛び去るノーヴィス。

 その顔には、紛れもない畏怖の念があった。



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