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4幕 襲来の虚幻魔

「本当にこれで良かったのですか? レインフィールド局長」


 ミスティが局長室を辞去してから幾分もしないうちに、ずっと無言で二人の会話を見守っていたリファメリアは、開口するなり険悪な声色でレインに尋ねた。


「君はどう思うのかね、リファメリヤ?」


 食って掛かる自分の秘書を、どこか愉しげに見つめながらレインは聞き返した。


「はっきり言って、失策だったと思われます。

 ……魔族侵攻の秘事はこの学院でさえ上位導師エルダークラスにのみ伝達される最重要機密。

 もしも彼の口からこの事が広まったらどうするおつもりですか? 

 すぐにでも厳戒令を発令することをお薦めいたします」

「やれやれ……随分と君に嫌われたものだな、彼も」

「当然です! 局長は感じなかったのですか? 彼は決して信頼の置ける人物じゃありません。それに局長に対してのあの口の利き方……局務侮辱罪にあたります!」

「おいおい……そんな規則はないぞ」

「無ければ、新しく作ればいいだけです!」


 猛然と反論をするリファメリア。

 無論、彼女がここまでミスティを敵視するのには理由がある。

 彼女は知ってしまったのだ。

 先ほどの会話の際、ミスティが揚々とレインの心の隙間に潜り込んだ事を。

 それは同じ事を望みつつも、決して叶わぬであろう彼女にとって、最も許す事のできぬ禁断の秘め事。


「……アリエル、お前はどうだ?」


 沈着冷静なレインにしては珍しく、どこか間を取り直すように尋ねた。


「あと一、二年もあれば十分使いものになろうが……今のままでは駄目だな。

 力はあるが技が伴わん。

 あれでは、中位指揮ビショップレベルの魔族と刺し違えるのがやっと、というところだろう」


 レムリソン大陸広しといえど、魔族と闘った事のある者は数えるほどしかいない。

 アリエルはその数少ない内の一人である。

 戦いにおいて、その差、相手を知っているかどうかという微妙な差は、勝敗をも分けかねない時がある。


「何も局長が本腰を入れてまでスカウトする人物ではないと思うが……理由を聞きたい」

「アリエル兄様、言葉遣いが……」

「構わん、リファメリア。君の兄上は厳密に言えば私の部下ではない。

 あくまで魔族撃退の為に手を結んでいる、いわば同志なのだ」

「その通りだ」

「しかし、レイン様……!」


 レインはリファメリヤを片手で制しながら続けた。


「私が何故、彼を必要とするのか?

 それは……」


 とその時、まるでレインの言葉を遮るかのように、局長室のドアがノックされる。


「失礼します。お茶をお持ちしました」


 扉を開き、年齢の頃十代前半といった感じの少年が、お茶の乗った盆を抱え入室する。


「誰が頼んだ?」

「あっ、わたしですが……」


 リファメリヤがおずおずと挙手する。


「そうか。では、せっかくのリファメリアの心遣いだ。

 小休憩にするとしよう」


 少年は顔を輝かせて湯気の立つティーカップを配り始めた。

 が、一分が経ち、二分が経ち、誰もカップに手を付けないのを見て、その顔が不安気に曇る。


「あの、何か不手際があったのでしょうか?」


 恐る恐るといった感じで少年は訊いた。

 それに対し、レインは冷たい刃を思わす声色で答える。


「上手く化けたな」

「えっ?」

「私達を殺すのに、一匙で五億セタルもする『魂魄消去剤ソウルイレイズ』を香茶に盛ってくれるとは、栄光の至り……。

 だが、ありがた迷惑な話だ」

「なっ、何をおっしゃるので……」

「まだシラをきるつもりか?」


 その瞬間、レインの双眸が薄い煌めきを放つ。

 すると、どうだろうか?

 輝きに照らされた少年の顔が、体が、どろどろに溶け崩れていくではないか。

 後には少年の面影など微塵も残さぬ、緑褐色の醜い人型生物が残された。


「イツ……イツ気ガツイタ?」


 それ……魔族の輩は、非人間的な声色で言った。


「最初っからだ」


 魔族の質問に対し、ぬけぬけと応えるレイン。


「何ダト!? イッタイドウヤッテ!?」

「我が双眸は神魔眼、全ての真偽を見抜くもの。

 貴様ごとき下級魔族の変わり身など、我が双眸の前には児戯に等しい」

「成程ナ……アノ方ガオ前ヲ恐レルノモ、無理ハナイ……」

「さて、茶番はここまでだ。

 魔族の企み、洗いざらい喋ってもらおうか」

「オ断ワリダ」


 そいつは言うなり突然身を踊らせ、レイン目掛けて襲いかかる!

 目の前に迫ったそいつの手が、レインの身体に突き刺さるまさに一瞬、横合いから裂帛の声を伴わせてアリエールが割って入った。その手に、紅く輝く長剣を携えて。


「魔顕刃《鳳凰》!」


 紅炎を纏った鋭い剣の斬撃が、魔族の身体をただの一太刀で両断する。


「バ、馬鹿ナ……」


 体を痙攣させて、それは床に倒れ伏した。


「さて……どうする? そのままだと貴様は確実に滅びる。

 もしも素直に我々に協力するのなら、命だけは助けてやる。

 返答は如何に?」


 レインは冷然と顔色一つ変えずに、それを見下ろしながら言い放った。


「アイニクト、生恥ヲ晒スツモリハ毛頭ナイ」


 どこか嘲笑う様に答えた魔族の体が、突如発光をし始める。


「自爆するつもり!?」


 悲鳴を上げるリファメリア。

 しかしレインは平然とした仕草で黒眼鏡を外し、左眼を伏せるや、ポツリと詩を吟ずるかのように呟く。そう、まるで死を吟ずるかのように……


「破壊の眼差し――死皇眼アヴェスタ


 刹那、魔族の体は僅かな抵抗すら赦さずに灰塵と化した。

 恐るべきはレインの固有能力『死魔眼』。

 彼の双眸が閃きし時、全ての存在は無へと還るのだ。


「しかしまさか、すでに魔族が学院内に入り込んでいたとは、な」

「レイン様……今のは?」


 震える自分の身体を、両手で抱き締めながら、リファメリアは問いた。


「おそらく虚ろなる幻魔ドッペルゲンガーというヤツだろう。

 精神生命体である魔族のうちでも、特に変わり身の術に長け、人間に憑依……同化し、まるで本人と同じような振る舞いをすると古文書には書かれていた」

「まったく……局長が咄嗟に合図を寄越してくれたからいいものの、下手をしたら、俺とリファメリアは魂すら消去されていたところだった」


 感情を顕わにしないアリエールでさえ、安堵したかのように呟く。


「これが奴等、魔族の力……」


 そう呟いたリファメリアは、ハッと何かに気付いたかの様に顔を上げる。


「いけません! 奴等の狙いはわたし達と……!!」

「ミスティか……」


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