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2幕 魔人の微苦笑


 コンコンと、アリエルが扉をノックする乾いた音が静謐に満ちた廊下に響いた。

 まるで自分の心が代返したみたいだ、とミスティは思う。

 外見はともかく中身(人間性)がない。

 その浅はかさは彼自身がよく理解していた。


(それにしても……本当になんでしょうかね、自治統制局長からの招集とは……)


 心当たりがないといえば嘘になる。

 むしろ多過ぎてミスティは困惑していた。


(この前のゴーレム暴走事件は完全に証拠を抹消した筈だし……

 もしや、半年前の実験棟連鎖爆破の事が露見したのかも……)


 考えれば考えるほど疑惑の坩堝に陥るミスティを尻目に、アリエルはマイペースで話を進めている。


「自治統制局護法倫理課隊長アリエル・レカキス及び封操精霊科ミスティ・ノルン、入室を求む」

「どうぞ。鍵は掛けられてはいません」


 室内から澄んだ鈴の音の様な声色が応じた。


「……レインフィールド局長って、女の方でしたっけ?」

「馬鹿な事を。今のはレイン局長の私的秘書、リファメリア女史の声だ」

「へえ……随分とお詳しいんですね」


 先程の意趣返しにからかう様に尋ねてみる。


「当然だ。リファメリアは俺の妹だからな」

「へ? 今、なんて?」

「妹だ、と言った」

「えええっっっ~~~!?」

「失礼する」


 思わず驚くミスティを完全に無視して、アリエルは重々しい局長室の扉を開いた。


「局長、御指示通り、ミスティ殿をお連れした」

「御苦労。あとは君本来の任務に戻ってくれ」


 開いた扉の内にあった風景は、ミスティの予想していたものとはかなり違っていた。

 どことなく豪奢な感じの部屋を連想していたが、あるのは観賞用の植物と年代物の樫材の大机のみ。

 そしてその机の上にポツリと置かれた、異彩を放つ水晶球。

 人は……いた。

 トレードマークの黒眼鏡を掛け、軍服にも似たローブを纏った美しき魔人が。

 さらに魔人の傍らに寄り添うかのごとく立つ、可憐なる天使が。


「初めてお目に掛かる。

 私がこの自治統制局の局長を務める、レインフィールドだ」


 大机の上に両肘を立て、繊細な指の上に流麗な顎先を乗せながらレインは言った。


「いったい僕に何の用ですか?

 予め言っておきますが、この前の図書館炎上事件や食料庫夜間襲撃の犯人は僕ではありませんよ。いや本当に」


 両手をわななかせミスティは抗議した。

 レインとリファは呆気に取られたかのように沈黙した。

 報告書に書かれてあったミスティの印象と、現実のミスティから受ける印象の落差に少し当惑したのである。

 しばしの静寂の後、どこか白けた空気は、レインの微笑とも苦笑ともつかない笑みによって破られた。


「何なんですか、人を笑い者にして」


 ミスティはレインを軽く睨み付け、不快の意を顕著にする。


「いや、失礼。

 部下の報告書に書かれてあった君のイメージとは大分様子が違っていたのでな……。

 聖霊の寵愛児の異名を持つ、君のイメージとは、な」

「どうせ噂されるほど、僕はできた人間じゃありませんよ。

 それより僕の問いに答えてもらっていません。

 漆黒の魔人、レインフィールド統制局長」


 向こうの喋り方を模倣しながら応じるミスティ。

 無論、局長相手にこんな口の利き方をして無事にここを出られるとは思っていない。

 相手は学院史上最高位の天才。

 単純な「力」だけなら負けない自信があるも、それを支える「技術」が隔絶に違う。

 自分では「   」しない限り勝負にすらならない。

 だが、だからといって何もせず恐縮するのはミスティの信条に反した。

 やれることを為し最善を尽くす。

 決して悔いのないように。

 それこそミスティが恩人から受けた言葉であり訓戒であり、彼を支える真実。


(ふっ……まさか私にここまで物を言える奴がこの学院にいたとはな……)


 口元の微苦笑をより深いモノにしながらレインは好意的に思った。

 それは目の前の少年に対する賛辞だったのかもしれない。

 アルティマ・レインフィールド。

 確かに彼は少々の頃から類を見ない強大な魔力と、群を抜く魔術技能の持ち主だった。

 しかしそれが故に彼は普通の者達からは浮いた存在だったのだ。

 ここ、大陸最高の魔術師育成機関ですら。

 初めてだったのだ。

 自分に向かい「対等」な意見を言ってくれた者は。


「私は面倒くさい、持って回った従来の招集方法が嫌いでね。

 それでどうやら君に迷惑を掛けたらしいが……すまんな」


 目を伏せ軽く頭を下げるレイン。

 そんな素直に謝られては、ミスティとて溜飲を下げるだけでなく困ってしまう。


「……別に構いません……僕だって抵抗したわけですし。

 それで、僕を呼び寄せた用件とは?」

「分かった。本題に入ろう。

 ミスティ君、唐突だが君は魔族というものをどの程度知っているかね?」

「遥か北、氷に閉ざされし神々の黄昏のラグナロードに封じられている異形の精神生命体。

 彼のモノ達を縛る神々の呪縛が解けし時、世界は終末を迎える……

 といった程度ですけど?」

「結構。我が学院の者ならその程度は知り得ているだろう」

「でもこんな伝説の御伽話、本当にあるわけが」

「伝説は本当にあったとしたら?」

「!!」

「魔族の存在が御伽話でもなんでもなく、そしてすでにその封印が解かれていたら?」

「なっ……そんなって……冗談、ですよね?」


 他の者が言ったなら一笑に付す内容だが、レインの眼差しは真剣そのものだった。


「生憎と私は冗談が嫌いでな……。

 まあ論より証拠、百聞は一見に如かず。これを見てほしい」


 レインは机上の水晶球に手をかざした。

 その途端、虹色の輝きを上げる水晶球。


「こっ、これは……」


 そこに映し出されてた光景を見て絶句するミスティ。

 水晶球に照らし出された氷の大地には、形状し難きモノ達が群れを為し進軍していた。


「これが奴等、魔族だ」


 驚愕のあまり黙して水晶球を見詰め続けるミスティに、レインは淡々と言った。


「僕に……僕にいったいどうしろ、と……」

「我々に協力してほしい。君のその「力」を以って。

 今は力ある者の助力が、何より必要だ」

「少し……考えさせてもらえませんか……?」

「構わんよ。こんな話、即答せよというのは理不尽だからな。

 ただ、なるべくなら早めに頼む。

 我々に残された時間は……あと僅かしかない」

「……はい。では失礼します」


 どこか虚ろげに一礼するやミスティは踵を返し、ドアのノブへ手を掛けた。


「ミスティ君」


 その背へ声を掛けるレイン。

 無表情に振り返るミスティ。


「何でしょうか?」

「ここであった事は他言無用で頼む。

 今この事が知れ渡るとパニックになりかねん」

「……承知しました」

「結構。それと」

「?」

「良い返事を、期待している」


 ミスティは答えず、ただ首を頷かせ受諾の意を示した。

 そしてドアノブを旋回させ力一杯、重々しい扉を手前に引き寄せる。

 かくして扉は開かれ、ミスティの姿は見送る三人の前より消え去った。


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