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1幕 聖霊の寵愛児

「お断りします」


 開口一番、少年は凛然たる口調で言い放った。

 その予想外の返答に、少年の目の前にいる男達は驚いている様だった。

 否、激昂していた。

 先程まで少年に見せていた高圧的な態度をさらに豹変させ、権力の後ろ盾を笠に着た醜い本性を露わにしている。


「ほう……俺達の言う事が聞けないと、そう言うのかね? ミスティ君」


 少年……ミスティを取り囲むかのように動きながら、男達の主格らしき者は尋ねる。

 その言葉の裏には「我々に逆らえばどうなるか理解しているんだろうな?」という恫喝のニュアンスがありありと感じられた。


「もちろん、分かってるつもりですよ」


 しかしこの状況下にありながらミスティは少しも臆した様子がない。

 むしろどこか楽しそうな感じですらある。

 このサーフォレム魔導学院『自治統制局』の尋問室に入室して、まともな姿で帰って来た者はいない、と学生達に恐れられている場所にもかかわらず。


「ほほう……虚勢とはいえ、大したものだ。

 だが、利口な対応じゃない」


 男は周りの者達にミスティを「素直に」させるよう促した。

 頷き、ミスティににじり寄る男達。

 いつもの事であった。

 最初は威勢のいい者達も、男達の責めの前にやがては泣いて慈悲を請う様になるのだ。

 おそらくこの生意気な小僧も、一日と持つまい。

 それに抵抗できない者を弄るのは、男達の嗜虐心を充分満足させた。

 無論男達に罪の意識はない。

 当然だ。自分達のやっていることは自治統制局の為、引いてはこの学院の為と、信じてやまない者達なのだから。

 一方、迫り来る男達を前にミスティはどうしたか?

 笑った。

 見る者を竦ませる、鬼気漂う魔笑を口元に浮かべて。


「それが貴方達のいう「学院の司法者」たる者の態度ですか……大したものですね」


 皮肉げに言って、どこか嘲る様な眼差しを向ける。


「だっ……黙れ! 減らず口を抜かすな!」


 己の激情に駆られるまま、男達はミスティ目掛けて拳を振りかざす。

 と、その拳がミスティに触れるまさに直前、男達の身体は突如として吹き飛ばされた。


「なっ何だ! い……いったい何が起きたんだ!?」


 男達は狼狽も露わに動揺し始める。


「ま、魔術を使えるというのか!? 

 この<沈黙の間>並みに呪力封じが施行されたこの部屋で!」


 それはとてもではないが信じられない事だった。

 尋問室はその用途故に、限界レベルの呪力封じが掛けられている。

 この室内に置いては強力な術者もただの人、威力を振るうのは己の拳のみだった筈だ。

 なのにこいつはこの室内にいながら自在に……詠唱も無しに魔術を扱うなど、はっきり言って人間技ではない。

 いや、一人だけ例外がいたが。


(おそらくレイン局長なら話は別だろうが……。

 するとなんだ、このガキは局長並みの『力』を持っているというのかよ?

 そんな馬鹿な! 

 こんなガキが、あの魔人と同じレベルの力を!?)


 男達はまじまじとミスティを見詰め直した。

 資料通りなら18の若造である。

 平均年齢が20半ばというこの学院においては、幼いくらいだ。

 髪の色は深淵を連想させる漆黒。

 瞳は紫水晶の様な煌めきを放つ薄い紫。

 そしてその容貌ときたら、一見すると美少女と見紛う程整っている。

 だが……その性格は学院に所属する生徒の中でも、上位を争う性悪で陰険である、と資料には記載されていた。


「先に手を出してきたのは貴方達です……」


 相も変らぬ笑みを浮かべたまま、ミスティはゆっくりと魔術詠唱をし始める。

 その瞬間男達は気付いた。

 全員、指先一つ動かせぬほどに束縛されているという事に。

 自分達に許されているのは息をする事と喋る事だけだという事に。


「口だけは動かせるでしょう?

 今から仕返しをさせて戴きますので、精々イイ声で悲鳴をあげて下さいね♪」


 ……どうやら、資料は正鵠を射てる様である。


「まっ、待ってく」

「数多の根源を司りし聖霊の力よ……」

「お、俺達は局長の命を受けただけで、その」

「焔輝きし無慈悲の波濤と為し……」

「って、聞いてんのかお前!?」


 多分聞いている。

 聞こえているのに、あえて喜んで無視している。


「……我が敵を塵と化せ。<爆炎魔塵流>!」

「うみょおおおっっっっ!!」


 ミスティから迸る無情の爆炎が男達を瞬時に包み込む。

 その火勢は男達の衣服を選別するかのように焼き、裸にして辱めるだけでなく髪の毛すらチリチリにし、尚且つ気絶するに値する打撃をも与えていた。

 ただ攻勢呪文を扱うのではなく、その本質を理解し、自分流にアレンジしたのである。

 故に対妖魔用焼却魔術を放ったにもかかわらず、このようなパーティグッズじみた結果ですんだのであろう。


「ま、手加減をしたので一週間もすれば動ける様になると思いますけどね」

「それは何よりだな」


 その声が自分の背後から聞こえた瞬間、ミスティは驚愕のあまり動けなくなった。

 その声の主が、一体何時の間に自分の背後を取ったのか感知出来なかったからである。


「何者……ですか?」


 ミスティは直観的に察していた。

 今、返答を誤れば、自分は死ぬ、と。


「自治統制局護法倫理課隊長、アリエル」


 声は肩書と名を名乗った。

 感情味のない、機械的な男の声色で。

 その名には聞き覚えがあった。

 この魔導学院でも五本の指に入る魔術の使い手にして、北方地域でも一、二を争う剣技の使い手。

 レムリソン大陸一の魔導剣士の名だ。


「そうか。貴方が先日自治統制局がスカウトしてきたという噂の人ですね?」

「答える義務はない」


 明るく尋ねるミスティにアリエルは素っ気なく答えた。

 軽口の応酬に持ち込み隙を突こうとしたミスティの思惑も、これでおじゃんとなってしまう。

 ただ重苦しい沈黙だけが舞い落ちた。


「参りました、降参です。僕をどうするつもりですか?」

「同行願おう。面会してもらいたい人物がいる」

「何処までです? それと、誰に?」


 相手の声に殺気がないのを改めて確認しながらミスティは振り返り誰何した。

 初めて見るアリエルの容貌は二十前後の落ち着いた青年だった。

 髪は目の覚めるような白銀色、瞳は深いノーブルグレイ。

 けして美形という訳ではないが、鍛え込まれた肉体から放たれる修行僧のようなストイックな雰囲気がその仮面のごとき無表情と合い回って見る者に畏怖を抱かせる。

 ミスティの問いに、しばしの間を置き、アリエルは口を開いた。


「……場所は自治統制局、局長室。

 面会を求めているのはその主、レイン局長だ」


 その言葉を聞き、ミスティは脳裏に奔った頭痛に額を抑えた。

 サーフォレム魔導学院史上、最高位の力を持つ「漆黒の魔人」が、いったい何故自分を呼び寄せるのか、と。



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