序章
「遂に動き出したか……奴等が」
広大な敷地を誇るサーフォレム魔導学院。
琺輪世界<リャルレシス>の法と秩序を担う魔術に長けた者達が集う、レサンドラ大陸最高の魔術師養成機関である。
その数多いる導師や生徒の中でも、ごくごく限られた者しか入室を許可されてない一室で、青年はまるで吐き捨てるかのように呟いた。
年齢の頃は二十前半といったところだろう。
深い英知を讃えた蒼と翠の特徴的な双眸を持つその青年の容貌は、美形といっても差し支えあるまい。
無粋ともいえる黒い眼鏡も、むしろその美貌に拍車を掛けている。
しかし青年の眉間は今、まるで苦悩する聖者のごとく顰められていた。
「如何致しましょうか、レインフィールド局長」
青年の傍らにいた、鮮やかに煌めく長い銀髪を持つ繊細そうな少女は、小鳥がさえずるかの様に青年へ尋ねた。
レインフィールド。
それが青年の「名前」らしい。
「動く……という訳にはいかないだろうな。
奴等の動向、目標、そして最終目的はまだ不明瞭だ。
それに現在の時点で諸国の王達に誤解を招き、余計な干渉をされたくはない」
「では、レインフィールド局長……」
「私的な場では、レインで構わん」
レインは少女の言葉を遮り、苦笑まじりに言った。
少女は気恥ずかしげに顔を赤らめながらも、それでいて強い口調で、
「レイン様……ではどうなさいますか?」
とレインを見据えながら尋ねた。
レインは双眸を伏せ、瞑想するかのように今後の対応を思考し始める。
そして3秒と掛からず結論を叩き出した。
「今は戦力を整えるのが先だな。
それと信頼できそうな王達や機関、有力で口の堅いギルドへ通達の<記し>を送る」
「承知しました。兄のアリエル共々、急ぎ手配致します」
「結構。それから……「彼」に話を持ち掛けてみてくれ」
「彼……ですか?」
「そうだ」
「お言葉ですが、私個人の見解を言わせて戴けるなら彼は……」
「リファメリア」
レインは子供を窘める父親の様な声色で少女、リファメリアへ言った。
その言葉にリファメリアは身を竦ませ、片膝をつき畏まる。
「越権行為でした。どうかお許し下さい」
「構わん。お前の言う事もよく判っているつもりだ。
だが……我々(人族)には時間がない」
「ええ、局長の仰る通り……ですわ」
どこか物憂げに話す二人の視線は、床に魔方陣が幾重にも描かれたこの狭い部屋の中で唯一ともいえるインテリアである、輝きを放つ水晶球へと向けられていた。
「今はそこで蠢くがいい、闇の輩共よ。
だがすぐにでも分からせてやろう。
この世界が、貴様等のものでは無いという事を」
レインは水晶球を冷たい眼差しで見やりながら、誓う様に呟く。
サーフォレム魔導学院<物見の間>。
その間に有りし万物千里を見通す遠見の水晶球が映し描くは遥かなる北方の地。
古の神々よって封印された筈である、黄昏の地に群れを為すは解き放たれし異形の存在。
生きるモノの精神を苗床にして現界するが故に生きるモノの天敵である精神生命体。
即ち、
「魔族め」