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さゆる監禁生活  作者: またき
本編
9/16

三崎君が戻ってくると、その両腕の中には思っていたよりも大きな荷物があった。

それを開けるとお土産の他に地方限定のお菓子やレトルト商品、果ては色々な種類のカップラーメンまで入っていた。ありがとう雪奈! これで当分は生きていける!


「わぁ美味しそう…! 食べたい!」


広げられたお菓子をベッドの上で寝ながら眺めていると、三崎君がその1つを手に取って『欲しいか?』と目の前にぶらさげた。

勿論!と頷くと、お菓子は空を描き、段ボールの中に放り投げられた。ザラザラと中身が片寄る音に冷や汗が垂れる。なんて事するのと三崎君を見やれば、


「……うん、それだけ食い意地がはってれば大丈夫…だな……」


ニヤリと笑った。そしてようやく最初からくれる気じゃなかった事に気づいた。

な、何これ! 遊ばれてるよ私…っ!!

よもやそんなフランクに接して頂けるとは思わず、変な満足感が身体を硬直させた。

しかしお預けをくらってしまった身として、不満を顔に表していると、ずれたタオルが直される。


「……お土産は風邪治した後。先にちゃんと飯食って…薬飲んで」


…どうしよう。

三崎君が優しいの。

口元に笑みも浮かべている。

相変わらず口調はぶっきらぼうだけど。



でもどうして?

昨日まではあんなだったのに。




三崎君の手に乗った茶碗の中には、お粥が湯気を漂わせていていい匂いがする。誘われるように口を開けると、『やらない』とピシャリと言われた。

うむむ…難しい…。1歩近づいたかと思うと3歩程下がっていく。

仕方なく布団の中から少し身体を起こそうとすると、くん、と布団の中で何かにひかれた。

なんだろうと手足を動かすと、袖を通してない事を思い出し、毛布の下にある存在を感じ、鎖にごわごわ固まる服に気付いた。


やばい。

こんな状態見せられたもんじゃない。


ぶわっと変な汗が出て動くのをやめて枕に頭を戻すと、『そんなに辛いのか?』と心配してくれる三崎君。うう…嬉しいけど申し訳ない気持ちでいっぱいです。

はいもいいえも答えられずにいると、ふぅと1つため息をつき、スプーンでお粥を掬ったかと思うと私の口元に持ってきた。


「……ほら…食べて。食べないと薬飲めない、から……」


う、うひゃー…!!

何これ『はいあーん』ですか!? 言葉は違うけどそういうものですよね!?


これが怪我の功名というものですか…!? これは体験してオッケーです!


ちょっと悪い気もするけど、この機を逃す程馬鹿じゃないのでね、し、しっかり口を開けますとも! 余計な言葉は出さないように!

流れてくる少し冷まされたお粥に、これが三崎家の味なのかと嬉しくてしっかりと噛みしめた。とても美味しい。

すると『ぶふっ』と息が弾ける音がしたからそっちの方を見ると、三崎君が肩を震わせていた。

口の中にお粥が残ったままあんぐり口を開けると、更に笑い声が上がる。益々意味が分からなくなり、混乱するしかなかった。


「な…なんれ笑っれるお…?」


昔母に口に物を入れたまま喋るなと言われたが、今はそれどころではない。

いつ三崎君を笑わせる所があったのか分からない。三崎君が分からない。

だから聞いたのに、そんな私の物言いもツボに入ったのか、顔を上げ私の方を見ながら手の平を向けられ、気にせず食べるよう急かされた。


腑に落ちないながら、口に押し付けられるスプーンに抗えず食事を再開するも、その間三崎君の視線は私から逸らされる事はなかった。




かなり手に汗握る食事タイムが終ると、起きろと言われた。

私のおでこに流れる汗が気になったのか、湯気が出ているタオルを持って私の前で仁王立ちをしている。かなりの迫力だ。


「な…何するの三崎君…!?」


私は思わず身を固くした。

ま、まさか私の身体を拭いてくれるつもり…!? あーんとセットなの!?

そう焦る私の思考を読み取ったのか、ため息を吐いて頭を振った。


「……とりあえず起きて。汗が酷い。身体も拭いて。なんかもう大分よさそうだし。自分で。これは絶対しないから」


そう言われたけど、分かったといって起きられるわけがない。

汗が酷いのも分かる。

だけど布団の中はもっと酷いのだ。


「……何してる。早くどいて」

「な、なんでどくんですか…!?」

「……なんでって…君が拭いてる間にベッドのシーツ…替えるだけだから。ちょっと寒いかもしれないけど…我慢して……」


と言い終わらないうちに布団と毛布が取り払われた。なんて早技。なんて強引さ。

感心しているうちに布団の下から現れたのは、目にも眩しいピンク色のブレザー(※スカートつき)だった。


「…」

「…」


それはもう、たっぷり時間が止まりました。

きっと長い前髪の奥で目を見開いているのでしょう。口がピクリとも動かず真一文字ですもの。

私もどう誤解のないよう上手くあの経緯を話そうか頭の中で会話文を生成しておりましたわ。

動揺と焦りで心情の口調が変わるくらいですので上手くいく見込みが見当りませぬがウフフ。


たっぷり要された沈黙に耐えきれず、雷覚悟で顔を上げると、三崎君がびくりと肩を揺らして後ずさった。

ひ、引かれた…!!

やっぱり私に着せる為のものじゃなかった…! 預ってただけじゃない自分の馬鹿! 自意識過剰!

羞恥で顔に熱が上がるのが分かる。ついでに熱もぶりかえしてきたかもしれない。

くらくらする頭と顔を手で覆って悶えていると、うめき声が聞こえてきた。三崎君の方から。

手をずらして覗き見ると、同じように顔を手で覆っている。そして口をパクパク開閉していた。


「…な…っ、え…、ちょマジか…っ。……ぅっわ、ヤバ…っ」


ヤバイと言われました! ひぃん!

そりゃ目にも鮮やかなピンク色の制服なんて普通似合わないでしょうよ! ちゃんと分かっていたんだから!


「ご、ごめんなさい…! 暖をとる為に被っていただけでまだ封は開けていませんので!」


布団の中から制服を出そうと手をかけると、『別にいい』とそれを制された。何故。

それどころかちゃんと身体全体にかけるよう肩口まであげられた。そしてうん、と1つ頷く。あれ、やっぱりそういう目的のものだったの? やだ変なほてりが出てきた…!

どうしてと問いかけるも返ってくるものは無言のみで、一旦手錠を外されて服を着替えさせられていつもの状態になると、シーツの替えられた綺麗な布団の中に押し込まれた。

スッキリ清潔な服を着れたのはいいんだけれど、頭の中は相変わらず混乱中のモヤモヤだ。窓のサッシに吊るされたブレザーが、どことなく怖い。

三崎君が一度口を噤むと開く事はないと知っているので、結局私は大人しく従うしかなかった。




カチカチカチ。

いつの間にか寝ていたのか、響く時計の音に目を開ければ辺りは暗かった。小玉ひとつが完全な暗闇にはしていない。

お陰で異常事態をすぐさま感知出来た。


ベッド脇に三崎君の頭がある。


私の顔の傍に顔があるのだ。ふわりと漂うシャンプーの香り。

ありえない距離と状態に思わず固まった。そして生唾を飲んだ。

ひと通り騒ぎ出した心臓を鎮め身を起こすと、額からタオルが落ちた。ここにいるって事は、ずっと私の看病をしてくれていたのかな。やっぱり優しいよう三崎君。

腕を枕に寝ている三崎君の頭上からそっと覗きこむと、レンズ越しではない閉じられた瞳が見えた。

無防備に曝された初めて見る素顔に、ドキリと胸が跳ねる。


さらさらと流れる前髪の奥にある凛々しい眉毛に、思ったよりびっしりある睫毛。男の人のくせにズルい…!

ニキビ1つ見当らない綺麗な鼻筋が影を落とす。

首筋から垂れる少し長めの襟足が最高にセクシー。

時々眉を寄せ声を漏らす様子は非常に妖しい雰囲気で、鎮まった心臓が再び煩く騒ぎ出す。


―――ゴクリ。


…駄目、駄目よ小百合!

婦女子として寝ている殿方に無断でおさわりなんてハシタナイ事…!

覗き込んでいる私の髪の毛が顔にかかってこそばゆいのか、『ん』と声を漏らして腕に数回顔を擦り付けた。


「~~~~~~~っっっ……!!!」


叫び出そうとする口を押さえ、必死に堪える。だけどどれだけ震えてたのか、ベッドが軋んだ。


もう駄目! 我慢できない!


口元から手を放し、そのまま直行で頭の中に手を突っ込んだ。突っ込んでしまった…!

そのまま何度か往復してさらさらの髪を堪能した。私のウネウネくせっ毛とは違い、指の間を滑り落ちていくのがとても気持ちイイ!

それでも起きる気配はないので更に大胆になった。今まで我慢していたのだから少しくらいいいよね。


そのままほっぺたをツンツン、形のイイ薄い耳をツンツン。

布団から這い出て、堪能できるイイ位置を探した。スウェットだけの身体に暖かい風があたり、部屋を暖かくしてくれている事に気付いた。

そんな些細な気配りが、より一層私を虜にさせる。


寝ている三崎君の隣に肘をついて暫く眺めてみた。

私の影が顔にかかり、なんとなく優越感が沸き起こる。

いつもは見上げてばかりの三崎君を覆う、そのイレギュラー。


まるで、私に飲みこまれたかのよう。


「……なんて、ね。へへ。調子に乗るなって怒られるね、きっと」


目が覚めてこの状況を見られれば避けられるのは必至なので、早く離れなければ。

最後にひと触り―――とばかりに髪の毛に触れると、ゆったりとした動きで手を掴まれた。

ビックリして身を引こうとすれば、グッと力を込められ動く事は敵わない。

三崎君の大きな手にすっぽりと収められ、親指で手のひらの窪みをなぞられる。


声が出そうになるのを必死で堪えていると、まだ目が虚ろな三崎君の瞳とぶつかった。

数回しか見た事がない切れ長の瞳が真っ直ぐ向けられ、私の身体はあっという間に熱を持つ。


「み…三崎く……」


堪らなくなって名前を呼ぶと、一拍の後、ふ、と笑みを浮かべた。

バカにするような、友達とふざけているような、そんな笑いではなく、慈しむかのような優しい笑顔。


「……ゆ…」


何か呟いたけど聴き取れず、顔を近づけると三崎君はくすくす笑う。


「……ゅさゆ………うも、………かったよ……」

「え…?」


そう言って再び目を閉じ、コトンと頭を垂れた。手も私から離れていく。

寝息が聞こえる部屋に、私は1人取り残された。


“さゆさゆ せんしゅうのいしょうも すごくかわいかったよ”


さゆさゆって聞こえたけど、私、先週三崎君と会っていない。ていうかここ2ヶ月程接触していない筈だ。

それに可愛いって言って貰えるわけもないし、三崎君は私の事をさゆさゆって呼んだ事なんてない。


じゃあどういう事?


友人さん達が私の事をさゆさゆって呼んでいたのと一緒で、他にも似た名前の子がいて、その子の事もそう呼んでいるのだろうか。


もし、そうだったら。

私以外の誰かを、想って、夢見ているのか。

そしてあんな顔をさせているのか。


ああ、もしかして前に言っていたアイドルの子だろうか?

それかまさか現実にいる他の女の子だったりするのだろうか?


…どちらにしろ、あの笑顔の対象は私じゃないんだ。


悔しい。

悔しい。

悔しい。


とても惨めだ。


1週間もこの部屋にいて、触れられるどころか親しくもなれず、挙句置いてゆかれて違う女の夢を見られて。



…私は一体なんなの?



浮かれていた私が馬鹿みたいじゃないか。

少し優しくされては喜んで、冷たくされてもずっと想っていたのに。


頬に流れる涙が冷たい。

いくら部屋を暖めてもらっても、距離が埋まらないこの隙間は冷たすぎる。

拭っても拭っても流れる涙は止まらない。

時間が経つ程嗚咽が大きくなっていく。乱暴に目を擦っていると、三崎君が起きる気配がした。


「……村崎…さん…? どうして泣いて―――」


眼下で私を見上げ、リモコンで電気を点けて様子を伺っている三崎君に無性に腹が立った。


誰のせいで―――…!


悔しくて、顔を覆っていた腕を、さっきは楽しく梳いていた頭に振り落とした。

手を握ってそのまま何度もぶつければ、鎖もジャラジャラと彼にぶつかり、慌てた三崎君が自分の頭を庇う。


「な…!? 何…! 村崎さ…! 痛いって……!」

「っ知らない! 痛くしてるんだもん!!」


暴れる私のいるベッドに乗り上げ、両の鎖の根元を1つに纏め上げられる。

いきなりの至近距離に離れようと足をばたつかせるも、片方は鎖に繋がれているせいで満足に動けない。

初めて自由に動く事が出来ない現実をつきつけられ、今更ながら恐怖を感じた。

両手が手錠ごと持ち上げられ、見下ろしている三崎君と視線を合わせられた。


どうして。

こんな時だけ私を見るの。


溢れる涙は止まらず、しゃくりあげるぐちゃぐちゃな顔の自分を見られたくなくて首を振る。


「見な…で!! …っも、い…や…っ! ここ…いたくな…っ! かっ、帰りたいぃー…っ!」

「いきなりどうしたの…!? 何で泣いてるの!?」


覗きこんでくる三崎君の顔には意味が分からないとばかりに眉が寄せられている。

女の夢見てぬけぬけと!

ここから追い出されるのは嫌だから聞かなかったけど、もういい。全部ハッキリさせる。帰る。三崎君は私とどうこうなる気はなかったんだから。

今までずるずると初恋を引きずってきたけど、もう潮時だ。

失恋した暁には友達に沢山慰めてもらおう。


「何で私がここに…っ、い、いなきゃいけないの…っ? 好きなおんながいるくせに…! みさきく…の…ふたまたやろー!! おもわせぶりー!!」

「…はぁ…? 俺が二股……?」

「してるじゃない! 私がここにいる意味がわかんない! 夢の中のさゆさゆと存分にイチャイチャすればいいじゃない!! ご、ごしんぱいなくぅー! せーふくのこととか、私がここにいたこととかだれにもいいませんからぁ…!! だからもう―――」


これ以上惨めな思いをさせないで。

涙で滲む視界で三崎君に訴えると、ふ、と息が漏れた音が聞こえた後、手で口元を覆い肩を震わせた。


どうして、という疑問が頭をぐるぐると巡り呆けていると、枕元にあったタオルが顔に押し付けられた。


「むぐっ!?」


ぐりぐりと乱暴に拭かれ、再び視界が戻ると三崎君のドアップがあった。

その顔には笑みが携えられ、目元が少し赤く困ったように眉が寄せられていた。


そう、さっき見た慈しむかのような優しい笑顔が。


「……ちょ、本当、やばい何この生き物。あーもう駄目可愛すぎで困る…。マジで萌え禿げる」

「…へ?」


…え、ちょ、ちょっと待って…、

な、何……!?

今可愛いって…聞こえたんだけど、き、き、気のせい、だよ、ね…!? まだ寝ぼけているのね!?

そしていつも私から目を逸らす三崎君が、今や目を逸らされるどころか穴が開くほど見られているんだけど…!

よく分からない展開に私の目が回り、身体から力が抜けてへたり込んだ。


「…あー…じゃなくて。…えと、ごめん村崎さん……。とりあえず手錠…外す……」


そう言ってポケットから出した鍵で私の手錠と足枷をあっさり解除した。

久しぶりの身軽さに、反対に心が重くなった。

心許なくなった手首を擦っていると、三崎君がおずおずと手を伸ばしてきた。そして優しく触れる。


「……本当は…さ、ここまでするつもりもなかったし…、こんなに長引く…はずじゃなかった。君が…目を覚まして、怒って、暴れて、くれればいいと思っていた……なのに……」


眼鏡をかけていない三崎君は、少し眉を寄せ鋭い目つきで私の手首を見ている。


「…なのに逆に俺がフラグ回収するとは思わなかった……。リア充とオタクじゃ住む世界が違うんだよ……こっちは全然免疫ないんだよ全く…」

「ふらぐ?りあじゅう?おたく?」

「……」


そう言えば何度かその単語を聞いた事があるなぁと私が聞き返すと、三崎君は黙りこくってしまった。さっきまで沢山喋っていたのに。

それどころか目を逸らされた。何故。


「……まさか…とは思うけど……君は…俺がオタクなのを知っている…よな?」

「お宅?」

「…………」


これ見よがしにため息を吐かれた。

何か間違っていたの? 三崎君の事くらいスリーサイズからお宅まで何でも知っているけど。


「……なに、それ…。あれだけ調べてて理解してなかったのか…」


思いっきり肩を落とし、ふるふると頭を振っている。

私はそれを眺めている。

変な構図が出来上がってしまった。


「……もういい…。君に何を言っても…どうせ理解しないんだろうから…」

「う、が、頑張りますから! 私! 言ってください!!」


自由になった手で拳を作って叫ぶと、片方の唇だけ上げて笑った。

あ、その顔好きかも。


「……じゃあ聞いてくれる? 君が言ってるさゆさゆっていうのはね、『マジカルソルジャー★さゆみ』っていうアニメの主人公で、本名は五條サユミであだ名がさゆさゆ。年は12歳でツンデレようj…少女で、栗色のふわふわの癖っ毛がチャームポイントにしてウィークポイント、毎朝悪戦苦闘していて学校は遅刻気味。悩みも無い元気なドジっ子属性で甘えた末っ子ポジなんだ。頭もよくなくて大食らい、生活能力が崩壊してて料理もてんで駄目だし掃除も碌に出来ない。まぁそこは子供だから仕方ないからいいんだけどね。守ってやらなきゃって気持ちがうずくと思わないか? 変身後(たたかうとき)は敵の情報を見られる眼鏡を装着するんだがそれがまたいい。眼鏡属性も追加される。衣装も戦う相手の能力によって毎回違うんだ。力の入れ具合がハンパないよ。お陰で悪の組織と戦う姿は可愛い中に凛々しさもあって迫力も出ていてカコイイ。監督も作画もイイ仕事をするから文句のつけ所がない神アニメなんだ。と、まぁ映像は蛇足か。とにかく、俺はそのさゆさゆが好きなんだ。DVDもグッズもフィギュアも持ってる、土日にはイベントも行く。オタクっていうのはこういうヤツの事だ。逆に君みたいなオタクじゃない青春を謳歌している人の事をリア充って言う。フラグは別に覚える必要はないよ。どう? オケ? 君の目の前にいるヤツは、本当はこんななんだよ」


いつの間にか私の前に出した携帯の待ち受けは、ピンク色のブレザーを着た“さゆさゆ”らしき子が腕をクロスしてポーズを取っているものだった。

あ、この女の子押入れに入っていた人形に似てる、かも。あの親近感を持った胸の子。

気が動転しててあんまり見てなかったけど、CDとDVDにもこんな感じの女の子がジャケットだった気もしてくる…?

三崎君の流暢な会話を聞いた驚きと、昔の記憶を思い出してポカンとしていると、パチンと携帯を閉じる。そして私の目を見て再び喋り出す。


「……さゆさゆに、君はそっくりなんだ。ほんとに。見た目は元より、授業中だけ眼鏡かけだすしご飯は美味しそうに食べるし…。料理は出来ない、変な所子供みたいに世間知らずで……。…最初こそ…君を見た時ビックリしてガン見しちゃったし…思わず修羅場に割り込んでしまったけどさ…」

「“さゆさゆ”の、為だったんだ……?」


三崎君が私を見る。

申し訳なさそうに顔を逸らし、眉間に中指をつけたけど眼鏡がないので空をきる。


「……この世はYESロリータNOタッチ精神が物を言うんだ。だから…俺は君を崇めこそすれ触るわけにはいかない。遠くからhshs出来るだけでも有難いのに……君は俺に構うし…こんなオタクに触るとか有り得ない…。これだから無知のリア充は嫌いなんだよ…。…なんで俺みたいなの相手にするんだ…」


三崎君が自嘲気に笑う。言っている意味が半分も分からない。

だけど分かるのは、三崎君が自分を卑下している事。

とんでもない。そんな必要がどこにもないじゃないか。


「み、三崎君はっ―――」

「俺の…! …俺の苦しみがどれだけだったと…っ! どれだけ頭がおかしくなるかと思ったか!! っ、…だ、だから…その……」


だから君をこの部屋に閉じ込めたんだ、と彼が呟く。

伏せた顔から表情を読み取る事は出来ないけど、真っ赤になった耳が全てを物語っている。

でもよく分からない。

嫌なのに監禁するとか。矛盾してる気がする。


「……ここにいて貰えば…今まで通りの学校生活に戻れると思っていた…。なのに君は大人しくしてるし、調子狂いまくりだった…。…それに…自分でもどうかしてると思ったけど…君がいない学校は…なんか静かで……、さゆさゆのイベントにも身が入らないとかもう最悪最低死ねばいいよもう……」


ああ、だから家に帰って来なくなったのか。

私と距離をつめる為じゃなく、距離をあける為に。

それでも帰ってきていたのは、三崎君の優しさからだったんだろう。あ、自分の家だからか。


ふと三崎君が顔を上げた。

思わず目で追うと高い所で視線が合った。同じ位置に座っている筈なのに、見あげる事になる。

明るい部屋の中、三崎君の影が私に被さり濃い影を作る。


「……村崎さん、君のせいで色々変なんだよ……。今や二次元より三次元に萌えられるとか……君だけとか……ありえない。…どうしてくれるんだ………」


見えないのか、脅しているのか、頭上から段々と距離がつめられていく。

どうしてくれるのと言われても。


それならば、私の応えは1つしかない。


「…じゃ、じゃあ、あの…、私と付き合ってくれませんか?」


長い前髪が微かに触れ合う距離で、ピタリと三崎君が止まった。


「……は? 何を…まだ馬鹿な事を―――」

「は、初めて会った時から好きでした…っ! おたくでもさゆさゆの為でも、あの時私を助けてくれたのは三崎君だけでした。だからどんな三崎君でも好きです。ていうかそれくらいじゃ揺らぎませんよ! 本当に大好きなんです!! さゆさゆみたいに戦ったり出来ないし、若くないけど、三崎君がよければ何でもします!!」


初めての告白に緊張して思ったよりも大きな声が出てしまい、そしていらない事まで言ってしまった。

な、なんて初告白にふさわしくない色気のない台詞…! どこの量販店だ! 安っぽくなった…!!

そんな告白を受けてしまった当人を見ると、三崎君は目を丸くしてこちらを凝視していた。

見られていると思うと更に痛い程心臓が活動し、口からポロッと出てしまうのじゃないかというくらいドクドクいっている。少し手が震えてる。

勢い余って身を乗り出して返事を待っている私とは反対に、後ろ手をついて身を引き出した三崎君。


もうここまできて逃げられるとか有り得ない。


彼を追って肩口の服を掴み、逃亡を阻止する。

もっと近づかなければと正座している三崎君の足を跨ぐと、視線の高さが入れ換わった。キョトンと見上げてくる三崎君が可愛い。


「…私、何も出来なくて、自分の容姿にも中身にも自信がなかったんですけど…」

「……は…?」


薄っすら口を開けている三崎君と目が合い、黒い瞳の中に私が映っているのかと思うと、どうしようもなく嬉しくなる。



「三崎君は、もえてくれるんですよね?」



もうそれだけで十分です。

つべこべ言わず手を取ってください。



私はもうずっと待っていたんだから。



白馬には乗ってないけれど、

黒い服を好んでいるけれど、

おたくという人だけれど。




最初から私の王子様はこの人だけなんだから。





逃げ出さないよう、三崎君の大きな2つの手を、両手でしっかりと握った。





萌え禿げる=萌えの最上級?毛根死なす程萌えあがる事の意

YESロリータNOタッチ=とても大事な事

 幼女は見て愛でる為のもので触るなんて以ての外

hshs=ハスハス。非常に興奮している呼吸音

二次元=行けない平面の世界

三次元=現実の世界

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