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「さて。私は月曜日まで何をしていよう」
部屋の中を見回すも、特に何か遊ぶものを置いていってくれているわけでもないし。
とりあえず掃除と洗濯をやりつつ、何かいい案はないものかと思考を巡らせた。
「あ、そういえばDVDとか沢山あったんじゃなかったっけ」
押入れだ、と冷たい鎖を引きずって押入れを開けると、雪崩は起きなかったものの目当ての物が見当らない。最初来た時にはあったCDとDVDの山が消えていた。
それどころか可愛い人形達も跡形もなくスッキリ消えている。制服はあるけど。何故?ダンボールに入れてあるから?
ていうか私が知らない間に押入れの掃除でもしたのだろうか。いつの間に。
「それか人からの借り物だったのかなぁ」
それだったら勝手に見なくてよかった、なんてホッとしたけど、暇つぶしの案が消えて再び何かないかと部屋を見渡す。
かなりの堂々巡りである。
しばしの熟考の後、再びテレビを見る事に専念した。
―――なんて、月曜日まで見続けるなんて出来ないっての!
遅いお昼ご飯をのんびり食べていても、午後2時過ぎくらいにはとうとう根をあげた。
明日既に丸1日予定の無い時間が待っているのだ。迫る翌日に、飽きも繰り上げでやってきてしまった。
「よし、お菓子作ろう」
私の手にかかれば1時間で作れるものは優に3時間はかかる為、時間を有効に使えるいい手段だ。
幸いにも材料もオーブンも条件は揃っているから問題はない。三崎君も好き勝手やればいいって言ってたし! 大分前の話だけど。
立入禁止って言われたのはキッチンだ。材料を量ったり混ぜたりするのも全部、部屋の中でやれば問題はない…筈! 汚さないよう焦らずゆっくりやれば大丈夫な筈!
帰ってきた三崎君への言い訳を用意して腰を上げる。
それに、私のお菓子で、三崎君が笑っていたのを思い出したのだ。
どういう理由であれ、私に笑いかけてくれるのであれば、これを使わない手はない。
トゲトゲした雰囲気が、少しでも和らいでくれる事を願って。
まだ見ぬ三崎君の笑顔に想いを馳せ、机の足に小指をぶつけながら作業を開始した。
「おかしい」
何とかマドレーヌの型に注ぎ終え、珍しく余熱を完璧にやり終えていたオーブンの中に入れて一息ついたと同時に、疑問も一緒について出た。
私は今日、いつも以上に丁寧に作る事を心がけていた。
部屋を汚さないよう、レシピ通り材料を間違えないよう、細心の注意を払ってやっていた筈。
なのに。
どうして私は掃除機を持っているの。
ゴオオとけたたましい音を立てる掃除機が白い粉を吸っていく。目の前に粉塵が舞った時は、三崎君の雷が脳裏に過ぎって身が竦んだ。
証拠隠滅とばかりに綺麗に磨き上げ、ついでに部屋の中を満遍なく掃除機をかけ(本日2回目)、それに加え焼き上がるまでに紅茶でも淹れようとまで思い至った。
「うん、いい感じにアフタヌーンティが出来るじゃん」
時計の針が午後5時をとっくに過ぎていたのは気にしない。
もう少しで焼き上がるマドレーヌを心待ちに、ケトルに水を入れて電源を入れた。
オーブンの中を覗くと、珍しく一発で上手く膨らんでいるようで思わず頬が上がる。あと数分で完成だ。
三崎君に焼き立てを食べて貰えないのは残念だけど、月曜に帰ってくるまでに時間はある。
夜の空いた時間と明日1日を使って、種類を増やしておこうと計画を立ててみる。材料の面では無駄に減ってしまう以外特に問題はなさそうだし、物がある中で出来るものを探していこう。
色んなものを沢山作り置いていたら、もっともっと笑ってくれるかもしれない。
そして段々上手くなって、美味しくなっていく筈。
そんな不純な計画を立て、次は何を作ろうかなーウフフと悦に浸っていると、いきなり目の前が真っ暗になった。
ショッキングな事が起きたとかそういうのではなく、文字通りの真っ暗闇。
「え! 何これ!」
慌てて窓に駆け寄り周りを見回すも、外の街灯は煌々と光っているし、家の明かりも眩しい。
この部屋だけがどうも停電したようだった。
「何!? なんで電気止められたの!? どうしたの!?」
全ての電源の光が消え、いきなりの暗闇に、心の準備をしていなかった私はパニックに陥った。
テレビもエアコンもオーブンもケトルも全て沈黙して、怖いくらいの静寂が部屋を支配する。
パソコンの光だけがついていて、私はそれにかじり付いた。バッテリー様様!
「そうだ…! 検索…!」
レシピのページからホームへ行こうとするも、オフライン作業を強要された。何故!?
インターネットも繋がらなくなってしまったみたいだ。
部屋を暖めていたエアコンがきれたせいで、段々と冷気が部屋を覆い私を包んでいく。
ぶるりと1つ震え、暗闇の中を立ちつくす。
どうしよう。
1つ告白していいかな。
こういう時の対処法…知らないんだけど。
ぽつりと呟いても、誰かが来てくれるなんて事はなかったです。分かっていたけれど。
ていうかこんな状況になった事なんてなかった。実家にいた時も自分のアパートにいた時も電気はずっと通っていたし。
訳もなく辺りを見回しても部屋の主もいないし、携帯もない。誰かに聞く事なんて出来ないじゃないか。
外に助けを求めても、この部屋には入れられない。仕方がない、しばらく経ったら点く事を願おう。
「うう…それにしても寒いよう…。…あ! お風呂は入れるのかな…?」
ナイスアイディアとばかりに、急激に冷えた身体を摩りながら風呂場に入り蛇口を捻った。しばらく流していると、暖かいものが流れてきた時には思わずガッツポーズが出てしまった。
「やったぁーー! お風呂入って暖まろうーー!!」
これ程までにお湯が出てきた事に喜びを感じた事はない。
いそいそと熱目にお湯を調節して縁にしゃがみこみ、溜まるのを今か今かと待った。
しかし私はその時気づいていなかった。
その後に起こる湯冷めの威力とそれが引き起こす後遺症を。
「…さ…寒い……っ」
何故かお風呂に入る前よりも身体が震えている。
気持ちばかり残っていた体温も、この紫色になった足の爪を見れば残っていない事に気づかされる。
私の馬鹿!
三崎君がいないとまともに入れないの忘れて入るってどういう事!
初日の失敗と同じ事をしてしまった。
寒い早く入ろうと服を脱いだ後に鎖に絡まる服を見て、自分の鳥頭に泣きそうだった。
だけど再びそれを着るという選択肢は、湯気立ち上る温かい湯船の誘惑に完膚なきまでに叩き潰された。鎖に絡まる服をバスタブの外に出して入るも、張り付くカーテンと格闘している内に濡れそぼっていった。
どなたか、手錠足枷したままユニットバスに上手く入れる方法があったら、私のフリーメールまでお願いします。お待ちしております。
身体を洗う事は当然出来る気配もなく、つかるだけの入浴を済ませた。出てきた私を待っていたのは、濡れて冷たくなった今まで着ていたスウェットだ。
「…」
これ…着るの…?
試しに羽織ってみるも、所々乾いている場所はあるけど基本しっとりしていた。
肌に触れる冷たさに、直ぐに断念した。
そうこうしているうちに、みるみる体温が奪われ鳥肌が目立ってくる。
とりあえず、昨日洗濯して部屋の隅に積んであった三崎君のスウェットを拝借する事に…した。
わ、悪いとは思ってる! だけど今は背に腹は変えられないのよ! 仕方ないのっ!!!
いそいそとスウェットに手を伸ばし、とりあえず腕は通せないものの、羽織れば幾分冷気を凌げた。
ズボンは仕方がないからタオルだけ巻いておく事に妥協する。かなり変な格好だけども。誰もいないからいいの…! あっ、言ってて涙が出そうになった…!
そしてもっと暖を取ろうと色々模索した。
すると、ケトルは使えないけどガスの方は使える事に気づいて、ヤカンに水を入れてお湯を沸かした。
優雅なアフタヌーンティのつもりだったものが、暖をとる為のものになるとは。
人生何があるか分からないです。まさしく一寸先は闇。もう体験させてくれなくていいっていうのに!
三崎君のまるでフィット感がない大きなトレーナーだけじゃ、素肌が空気に触れて更に体温を奪われる。
布団にくるまっていても足りない。部屋に2枚だけあるバスタオルも全て巻き付け済み。
他に着れるものを探して押し入れを開けると、飛び込んできたのは制服達が入った段ボール。その下に収納ボックスがあって、恐らく三崎君の身を包んでいる洋服達がたくさん所狭しとあるのだろう。
真っ先に取っ手に手が伸びてしまい、慌てて左手で叩き落とす。
何て事! 恥じらいというものを知りなさい小百合! パンツでも入っていたらどうするの!
私だったら、タンスの中から色気のないパンツとブラ見られたら死にたくなる。
だからこれ以上は遠慮しなさい、2着目とか荷が重いぞと誰かが囁くので、一歩下がって深呼吸をし、もう一度押し入れに視線を戻す。
「…新品で使ってなさそうだし…着れそうだし……。不可抗力で見てしまったから許してください。…でも妹さんの(かもしれないものを)着るのも…ねぇ。…っていうか…ふふっ」
手足を拘束され、肩から布団をかけながら押し入れに飾られた色とりどりの制服達向かって1人で喋っているというなんとも滑稽な構図に、自分で少し可笑しくなった。
可笑しいついでに、一番生地が厚くて温かそうな制服を手に取った。
「ちょっと上にかけるだけだから。綺麗にして返すから。何かあったら買い換えるから貸してください」
袋から出さないから、バレませんように。
真っ暗闇に浮かぶ街灯の微かな光。
ワンルームに響く静寂の音。
そして。
私の歯が鳴る音が、部屋を支配する。
「し…死ぬぅ…っ」
頭まで布団を被り、悪いとは思ったけど三崎君が使用していたグレーの毛布を拝借し、中に制服をかけても尚寒い。
足の指も冷たくて、鎖は更に熱を奪っていき、冷気から逃げるように子供の様に丸まるも大して意味はなかった。ごわごわと絡まった服はとても邪魔だった。
時計を見るもまだ日付は超えておらず、この状態がまだあと1日以上続くのかと思うと眩暈がしてくる。というかした。現在進行形でしている。
カチカチと時計の針がやけに大きく聞こえ、頭に響いてきて痛い。
ガンガンと痛む頭に、ふと放置されたマドレーヌの存在が浮かんだ。
「で…出来てないにしろ…ラップしとかないとパサパサになっちゃう…っ」
乙女心が活力を与え、死力を振り絞り布の山から這いずり出てオーブンに向かう。
途中鎖に絡まり、机に躓き倒れておでこを床に強打したのは内緒だ。
冷蔵庫の上に綺麗に整頓されて並べられていたラップを手に取り、オーブンを開けると目も疑う事が起きていた。
マドレーヌがふっくらしている!
いつもだったらこれでもか!ってくらい陥没していたのに! 全ての創作菓子において必須条件だったのに…!
頭痛と寒さが吹き飛ぶくらいの衝撃を受けた。
嬉しさのあまりウヒヒとか変な笑いが漏れてしまったけど、幸いにも家主はいなく、監禁されて初めて1人の夜に喜んだ。
何故か分からない完成されたマドレーヌをいそいそとラップに包み、お皿を出して並べた。
机に置くときゅるると情けなくお腹が鳴る。
「…」
そう言えば菓子作りの前にご飯を食べたっきりだった。
ちょっとくらい味見していいよね、といそいそ包んだ物をいそいそと開け震える口腔に押し込むと、冷たい空気と共に甘いマドレーヌが舌の上で転がった。
味も特に問題はなく、ちょっと冷たくなったけどふんわりとしていて美味しい。
「ど、どうしよう大成功…っ!? なのにどうしてこういう時に限って三崎君てばいな―――ガホッ!」
食べながら今はいない三崎君に想いを馳せていたら喉に詰まった!
堪らず胸を叩き飲み物を求めて冷蔵庫を開けると真っ暗だった。
「あれ…? 冷蔵庫って暗かったっけ―――っていうかまさか電気がないせい!?」
ゲボゲボと詰まる胸を押さえ、とりあえず目当ての飲み物を手探りで探すと牛乳が目に入った。暗いけどきっとそう。
こ、これは…! いつかの日に三崎君がラッパ飲みしていたブツだったりとか…!?
滾る胸を押え、彼の雄姿を思い出し、真似をして牛乳を仰ぐ。女の子がはしたないとは思うけど今は一刻も争うから仕方ないのだ。
すると、傾いたパックから私の顔に勢いよく牛乳がぶちまけられた。
牛乳の冷たさと、後から来るであろう今はいない三崎君の雷に悲鳴を上げ(本日2回目)、タオルを探してキッチンへと向かう。
大分夜目がきいてきたのか暗闇に薄らと白いタオルが浮かんで見え、それで顔を拭いて床も拭いた。
べちゃべちゃで気持ち悪い。
だけど夕方の大失敗を思い出した。入浴だけは避けねば。せめてタオルを水で洗って拭こうとのろのろと立ち上がれば、脳みそが揺れ机と冷蔵庫の間に倒れた。
「うぇ…?」
頬に当たる床が冷たくて気持ちがいい。
重たい手で顔を触ればかなりの熱を持っていた。風邪をひいたのだろうか。
再び寒気が襲ってくれば、追って咳が出始める。
せめてベッドに戻ろうと這えば、いろんな所にぶつかって痛い。
間違って鎖の上に膝が乗ってしまい、声にならない声を上げた。
息も絶え絶えにベッドの中に入り込み、布をかき集めた。
そして丸くなって自分を抱きしめる。
荒くなる息がうるさい。
ていうか牛乳くさい。
涙が出ているなんて気のせいだ。
きっとおでこから流れてくる汗なんだ。
ぼんやり霞む思考の中で、冷蔵機能のない冷蔵庫の末路について考えていた。
そして出てきた答えに、マドレーヌが上手く出来た喜びがあっと言う間に払拭される。
「…ああ…どうしよう…アイスとか入ってたら三崎君に怒られちゃう…」
色々証拠隠滅を図ったけれど、どうあっても私は怒られる運命なのかもしれない。
だけど、
今はそれが欲しい。