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さゆる監禁生活  作者: またき
本編
5/16



「………しょっぱい…」



生まれて初めて作った肉じゃがの感想をいただきました。

どうやら何か間違っていたようです。


「……どうしてこうなる…」


付けっぱなしのパソコンを見て、状況を把握した三崎君が呆れながら私を見た。

その視線に耐えられず私は笑って誤魔化した。


「お菓子作りは得意になったんですけどね」


もともと才能がない私は、三崎君へのお礼のお菓子も勿論大苦戦していた。

何度も何度も作り直し、燃えた濡れた破れたレシピを何度も買って、『やめろ、もうやめてくれ』という隣人の制止を振り切りながらも、三崎君にあげる為に菓子作りを諦めなかった。

沢山の試練を乗り越えた私に、ようやく1つの得意料理が出来たのだ。


「…………」


黙る三崎君。私のお菓子を思い出してくれたのだろうか。

そして口元を手で覆い、肩を震わせた。

この癖は知っている。笑う時の三崎君の癖だ。何で笑っているのだろうか。お菓子を思い出していたのじゃなかったっけ。

ひとしきり震えたのが終わったかと思うと、顔を上げて相変わらずツンとした口調で言った。


「……次から…台所は立入禁止だ」

「何故!?」


私がショックを受けていると、当たり前だと怒られた。


「……俺の飯を食え…」


ゴリ、と凄い剣幕で咀嚼しながら言われれば、私はうんうんと頷くしか出来なかった。

私の反応を見て1つ頷き、再び咀嚼に集中した。

なんか納得いかない…。


…しかし…。


“俺の飯を食え”とか…! なんて事を言うの三崎君ってば…!!

そんな殺し文句を言った事に気付いていない三崎君が憎らしい…!! 天然さんめ!!




「お風呂…お先です」

「……ん」


今日は昨日の失敗を教訓に、お風呂の時だけ手錠を外して貰えた。

そしてちゃんと忘れずにタオルを持って入ったお陰で、悲しくなるだけのハプニングは起こらなかった。

ていうか、私が後に入ればいつ何時どんなハプニングがあるかとか気を揉む必要はない上、部屋の主より先に入るのは気がひけると言ったのに、三崎君は頑として譲らなかったのだ。どうして。


部屋に入って、ベッドに寄りかかっている三崎君の前に両手と左足を差し出す。

少し身を起こし、慣れた手つきで手錠をはめ、左足にある足枷を外す。足枷が右足に戻り、ようやくパンツとズボンを穿く事が出来てほっとした。


そしてちゃんと手錠も拭いているよとアピールをして、ベッドの縁に座る。

まだ寝るつもりはない。

だけどテーブルでパソコン作業をしている三崎君の隣座るのは、流石にまだ恥ずかしくて出来ない。教室と密室とじゃ全然比じゃない。

現に今超ドキドキいってる心臓を押えるのに必死だ。押入れの事件もあるし、私の心臓はかなり負荷がかけられている。


1人こっそり深呼吸をしていると、視線を感じた。


その視線の主はやはり三崎君しかいないわけで。

久しぶりの視線に、再び騒ぎ出した心臓がうるさい。

手錠を拭いていると見せかけて、全神経が三崎君に向かう。

こちらから見えなくても、見られているのが分かる。


どうして見るのだろう。

私に手を出す勇気がついたのか。

それとも制服達の出番なのだろうか。


その視線の意味は分らないけど、私は知っている。




興味がないと態度で示しておきながら、こうやって時々、三崎君が私を見ていた事を。




*




「あ、三崎君発見」


三崎君へアタックを始めたとある日、学食で三崎君達のグループが目に入った。


私は既に友人らと席に座っていて、Aランチ(ハンバーグ定食)を貪っていた。

券売機に並んだ三崎君は、頭1つ抜けて大きく、私が見上げる券売機を軽く見降ろしている。

少し背を屈め、一番左上のボタンを押す。あの位置はAランチの場所。同じメニューに小さな喜びを感じた。


「小百合ちゃん?」


私がガッツポーズをしているのを不審に思ったのか、隣にいた友人が首を傾げている。

なんでもない、と首を振って再び視線を戻すと、人ごみの中を無駄のない動きで縫うように除けておばちゃんの所へ行った。

その間も揺れる黒髪が滑らかで、時折開く唇が凄く艶めかしい。

私がいる場所は、学食の角の壁際の為カウンターから随分離れている。今この時ばかりは席の選択ミスに悔んだ。よりによって一番遠い席。

申し訳程度に置いてある観葉植物に視界を阻まれながら定食を手に持った彼の行方を探ると、カウンターのすぐ傍の席に着いた所だった。

座ってしまえば人の壁で全然見えなく、観葉植物もわさわさと育ったかのように大きく見え、非常に邪魔だ。

食べる時の箸使いとかも惚れ惚れするのに。大きな口の中に沢山吸い込まれていくのが凄く気持ちいいのに。見えない。

ちぇっ、と自分の定食に意識を戻して食事を開始すると、何やら落ち着かない感じになった。


会話をしている時やハンバーグを割っている時、

咀嚼している時、お茶を飲んでいる時。


それは常に私につきまとい、不思議に思って友人の方を伺うも、いつも通りお喋りをしている。

なんだろう、と前髪を整えるふりをして右手の隙間から周りを見ると、黒縁眼鏡がこちらを見ているのに気づいた。

口にはお茶の入ったコップをくっつけて、肘をついて私を見ていた。


自意識過剰ではなく、確実に、彼が私を見ていた。


視力の悪い私はここからじゃ目は見えないし、時々人が壁になるけど。

それでもバッチリ視線が合ったと思ったのは、多分、気のせいじゃない。

その事実に慌てて後ろ髪も直し、不自然にならないよう食事を再開した。

心臓がバクバクして、ハンバーグの味どころじゃなかった。


どうして、という疑問と、嬉しい、という気持ちがない交ぜになって、いつも以上にお茶や箸を落とした。

友人達にいつも以上に落ち着きがないね、と笑われたけど、それも仕方がないじゃないの。



だって、

ご飯の最中、ずっと視線を感じたんだから。




その日から少しずつ何かが変わっていった。

私がアタックしている最中は、我関せずとばかりに私の行動を放っておくけれど、私が帰ろうと背を向けると視線をくれているのが分かった。

気づいてしまうとだらしなく顔がにやけていく。

背中に刺さる視線が甘い痺れをもたらし、足がもつれて何度こけそうになったか。躓くだけに留まってよかった。

もしかすると、私が気づいていなかっただけで、前からそうだったのかもしれない。ただの自惚れかもしれないけど。確かめる術はない。

だけど気づいた今は、自惚れではない事を教えてくれる。


見上げるような高い所から、長い前髪の間から、私を見ている。


それは廊下ですれ違ってもそうだった。

遠くに離れている場所でもそうだった。


何を思って見ているのかは分からない。

私が見ていると、私を見ない。

私が見ていないと、私を見る。

これが噂に聞く“ツンデレ”というヤツなのだろうか。

三崎君の事だから、理由を聞いたらきっとやめてしまうだろう。ツンデレなのだから。


だから私は、知らないフリをして視線を享受した。


少しでも私に意識を割いてくれた事が嬉しくて。

私の事を見ている事が嬉しくて。



合わない視線が、合っているかのような気がしたから。




*




意図の読めない視線が絡み、手錠を拭く手に汗が滲む。

ああ、折角お風呂に入ってきたのに。

ジャラジャラという甲高い音が響く密室に、三崎君の低い声が混じった。


「……好きな…食べ物は?」


頬杖をついて、言い終えた口が真一文字を結んでいる。

私は何が起きたか分からずに声の主を見て口を開けているというのに。

今、もしかして、三崎君に、声かけられたの? 質問とかされた感じなの? ていうか私を見ているとか夢なの?

ぐるぐると思考が答えを探しているさ中、ため息が聞こえた。


「……まぁ…喋りたくないか……」

「いえいえいえいえいえ…! そんな訳じゃないですただ一生懸命考えていたんです答えは白飯です!!」

「……」


言って乙女らしからぬ回答に泣きたくなった。

正直に答えたのはいいけど、もうちょっと可愛らしさアピールくらい出来なかったの私…! せめてリゾット的な事を言えばよかったのに…!

鎖をジャラジャラ鳴らしていると、ふぅん、と言って再び質問は続けられた。


「…色は?」

「オレンジ!」

「…音楽は?」

「クラシック!」

「……趣味は?」

「ピアノ!」

「………あとなんだっけ……美容室は?」

「行かない!」

「なんで」

「え? め、面倒だもの」


ていうか無駄だ、そう言うと『嘘だっ』と何故か驚いて言われたので、サラサラヘアーの三崎君には必要ないのであろう、櫛がここにない事を言って梳いてない超自然体だとうねうね髪を披露すると、納得してくれた。

しかしどうして。そんな所に食いつくのだろう。


「……ズボラ…とか。…しかもそれ天然か…」


再びふぅん、と言う三崎君の声色は先程よりも高く、距離が狭まった気がした。

ズボラという結論は乙女にとっては大打撃だけれど、結果オーライ!

終わったと思っていた質問タイムはしばらく続いた。


やれどこ学校だったのだの、行きつけはどこだの、休みは何してるだの。

それこそ身体洗う時はどこから洗うだのどうでもいい事まで聞かれたけど、それに対して個人情報は惜しみなく披露した。


そしてようやく気がついた。

三崎君は前にした私の質問の返しをしているという事に。


嫌がらせのつもりなのだろうけど、それでも私を知ってもらえる場に変わりはない。

“なんでそんな事まで聞くの!”とか、私が言うとでも思っているのだろうか。

甘いよ三崎君、私はそんなに可愛くはないからね!


初めて沢山会話が続いた事に喜んでいると、疲れたように肩を落とす三崎君。


「……お嬢っていうのは…そんなに馬鹿なのか…? そんなにホイホイと答えて……」


流石にブラのサイズはまずかったのだろうか。聞かれてないけど。身長体重を答えたらポロッと出てしまった。もう見られたからいいと思って。トリプルAとか思われていたら悲しいし…!

それにしても三崎君、私の学校に夢でも見ていたのだろうか。それはとても申し訳ない事をした。


「あ、安心してください! 他の子は本当に頭がよくて綺麗でスタイルがいい人達でしたよ!? 私とは雲泥の差ですので、私を基準にしては駄目です!!」


それはそれは憧れるくらい眩しい人達だった。本当に花が咲いているかのような凛とした艶やかさ、純粋さに可憐さが惜しみなく溢れ出ていた。

完璧に名前負けの私の名前をあげたいくらい。


「……まぁ…君みたいな子は…そうそういないだろうな…」


そうであって欲しい、と呟いた。

なんて失敬な!

そこはちょっとくらい私の為にフォローくらいしてくれたっていいじゃない…!

でもそんなクールな所も三崎君らしくていいけど!もうっ!


「……で?」

「え?」


なにが『で?』なのだろう。首を傾げていると、顎を突き出した。


「……聞きたい事…あるだろ…?」


恐らく、彼が言っているのはこの監禁の事なんだろう。


いつ出れるのか。

どうして監禁したのか。

私の身体には興味ないのか。っと、これは違った。


つまりそういう事を聞いて欲しいのだろう。



この、変な状況を終わりにする為に。



理由を聞かれて、答えて、問題を解決して、平常に戻る。

それはつまり、また前のように遠い存在になる訳で。

下手したらもっと離れてしまうかもしれない。


そんな事が頭の中を過り、素早く計算をする。



せめて、少しでも傍にいられる方法はないのか、と。



そうして考えて出てきた答えは勿論いつも通り、


「明日は何時に帰ってきますか?」


知らないフリをするのだ。

私から何も言わなければ、しなければ、時が進む事はない。何も変わる事はないのだ。

ちょっと悲しいけどそれはよく知ってる。

だから。


核心なんて気づいていない、そんな私を演じる私はとてもあざとい。


分かっているけどこの状況を逃すのも惜しいのだ。

好きな人と1つ屋根の下(※オプション付)と、大学内で眺めるだけとどちらに天秤が傾くかは一目瞭然。

ていうかまだ2日しか経ってないのにもうギブなんて早すぎるよ!

どれだけ“つい”でやってしまったんだろうか。

そんな無計画な所もあるのかと可愛く思ってしまったじゃないですか。


少し張り詰めた空間で、空気を読まず心の中で悶えていると、頭をぼりぼりとかいた三崎君は『…さぁ』と言って出ていってしまった。

すぐそこで扉が開く音がして、お風呂に入った事が分かる。


…とりあえず、この生活は続投なの、かな…?


ほっと一息してふかふかのベッドに突っ伏すと、陽の匂いとほのかな三崎君の匂いがした。

ロックされたパソコンの光がゆらゆらと視界に入り、微かに聞こえるシャワーの音が眠気を誘う。

相変わらず閉められた押入れの中身は気になるけど、触らぬ神に祟りなし、っていうしね。三崎君にも事情があるかもしれないんだし。


霞んでいく視界の中、時計を見るとまだ10時だった。

なのにこの眠さはなんだろう。


「…あ、そっか。朝早く起きたからだ……」


かなり規則正しい生活に治った。

たまにはこういうのも悪くないかも。

落ちる瞼に抗う事なく力を抜けば、すぐに夢の中へ入っていけた。



そして落ちる間際、掃除した事に気づいて貰えなかった事に気づいた。



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