表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
さゆる監禁生活  作者: またき
本編
2/16



「…勝手にしてもいいって…他人にそんな事言っていいのかなぁ…」



部屋の主が消えて、ぼうっとその意味を考え、数秒してようやく私の意識がハッキリした。


いくら私が三崎君を好きだと言ってもただの片思いだし。

まだ身内圏内には入っていないはずだ。


改めて静かになった部屋を見回した。

私が今いるベッドは羽毛布団で黒のシーツ、柵も黒く、そういえば鞄も黒だったし、どうやら好きな色だと把握。よっし!

左手側を見るとベッドの隣には大きな棚があって、本とか辞書とか所狭しと綺麗に並んでいた。

目の前にはテレビがあって、その下にも色々本が散らかっている。

テレビの右側には3段の銀のラックがあるけど、何も置いていない。不自然なくらい広々とした空間が取られている。匠の技なのだろうか。

その左側には2段の冷蔵庫があって、上にオーブンと炊飯器が乗っている。少し重みを感じさせる鎖を携えながら近くへ行って開けてみると、中身はかなり充実していた。


「ふむ…やっぱりしっかり自炊派らしい。三崎君器用だもんね」


腐っても恋する乙女か、こんな時でも好きな人の情報はしっかりチェックしてしまうのが悲しい。


冷蔵庫を閉め、玄関に繋がる扉を開ければ小さなキッチンがあった。

ここはやっぱり生活臭があり、年季が入ったまな板や包丁などが綺麗に整頓されていた。

キッチンの向かいを見ると扉がある。覗いてみるとユニットバスだった。

床が湿っているのと少し温かい空気が流れてきて、さっきまで三崎君がシャワーを浴びていた事を思い出し、顔が赤くなってしまった。

お風呂の向こう、キッチンの隣に洗濯機があって、前に立とうとすると足が、くん、と引かれた。


どうやらここまでが私の行動範囲らしい。

玄関まであとわずか。

試しに手を伸ばしてみるけど、空しくも空を切る。

ちゃんと計算つくされた鎖の長さだ。頭がいい! 流石三崎君!


私は部屋に戻り、小さなローテーブルの上に置かれていたロールパンの袋を開けて貪った。

テーブルの上には目ざまし時計が置いてあり、やけに時計の針が響く。

外からは誰かの立ち話の声がうっすらと聞こえてくる。


「…さて。どうしよう」


お腹が満たされてしっかりしてきた思考が。この状況をどう処理しようかようやく働き出す。


現実味を帯びてきたこの監禁。

私はどうすべきだろう。


叫んで助けを求める?

手錠を引きちぎる?

鎖を噛み切る?


色々な選択肢が出てきたけれど、とりあえず私が選んだのは。


「…眠い…頭痛い…二日酔いかなぁ…。そういえば昨日…皆に連れられて自棄酒させられたんだっけ…? うう…未成年は飲んじゃいけないっていうのが身に染みるよ…」


ベッドに戻り、惰眠を貪る事だった。




*




「この前はありがとうございました!」


がばっと頭を下げて、返品不可だとばかりに相手のお腹にお礼のお菓子を押し付けた。

『は?』と頭上で困惑した声が落ちてくる。

そして一瞬の後、そのお菓子の紙袋が相手の手に渡り、私が顔を上げると『ああ、』と言われた。どうやら私だと気づいてもらえてなかったみたいだ。


「わ、私、村崎小百合と言います。あの時助けて頂いて、本当にありがとうございました! 嬉しかったです! おかげで傷物にならなくて済みました!」

「……はぁ」


ボリボリと頭をかくその人。

今日やっと教室で偶然見つけたのだ。




この人を見つけるのはとても大変だった。

数少ない友人に“背がめちゃくちゃ高くて、前髪長くて、眼鏡をしていて、黒の服に黒の鞄を持っている王子様…もとい素敵な人”と知っている限りの情報をあげても、この広い大学内、すぐに見つける事が出来ずあれから1ヶ月が経っていた。


その間にお菓子は何回か種類を変え、私の気持ちも段々沈んでいった―――なんて事あるわけないじゃない!

むしろ燃え上ってしまったっつーの!!


同じ敷地内にいて全然逢えない、想いは日増しに募るばかりで、早く会って声を聞きたい、お顔を見たいと、どこかでばったり会えたりしちゃうんじゃないかと毎日がドキドキで。楽しくもあり、苦しくもあったけど。

そんな浮かれた私の様子を見てか、人付き合いの苦手な友人達だったが、同じ授業の人達にそれとなく聞いてくれたらしく(←凄い!)候補がいくつか上がっていった。

その候補をしらみ潰しに、単位を落とさない程度に他の授業に潜入して彼を探していた。


すると、自分の情報の授業を受けている時に、アーチ状の机が並んだ最後尾の一番端の窓際に、彼がいるのを発見してしまう。


なんて事。

灯台下暗しとはこの事を言う。また体験してしまった。

机の下に入らんばかりに大きな背を丸め、何かをしていた。

携帯でもいじっているんだろうか。意外とヤンキーな人じゃないの。

うん、あんなに顔を伏せ小さくなっていたら“大きい人”という定義から外されてしまうのも無理はないかもしれない。


私は机の下に忍ばせていた紙袋の紐をギュッと握り、授業終了の鐘が鳴るのを今か今かと胸を逸らせていた。



そして授業が終わって彼が出てきた所を待ち伏せして、腹にお菓子を叩き込んだ訳です。




「……別に…君の為じゃ…」


ちらちらと周りを見ている。

廊下を過ぎる人達が気になるのだろうか。

私も周りを見回すと、時々視線が合う。

確かに、こんな所で私なんかがお菓子でもあげようものならば、告白シーンみたいで居心地悪いよね。


「じゃ、じゃあちょっと人気のない所へ…!」

「…」

「…って、そ! そういう意味じゃなくてですね…!」


話やすい所で、とシドロモドロに言うと、踵を返し私の反対方向に歩いて行ってしまう。


「あ…待って…!」

「……こっちに用事はない…」


長い足でスタスタと行ってしまうものだから、距離はみるみる広がっていく。これはコンパスの差というものだ。

今日ほど自分の足の短さを悔やんだ事はない。

しかしようやく訪れたこの機会をみすみす逃す気はない。

逃してなるものかと、私は高校の体育以来の短距離ダッシュで大きな背中に飛びついた。


「…っ!?」

「ま、待ってください!」

「……離せ…っ」

「名前…! 名前だけでも教えてくださいぃー…!」


私が必死にしがみついている間にも彼はズンズンと前へ進み、私のミュールはトゥシューズのようにつま先だけ地面と接触していた。

私の拘束も体重も意に介さないその力強さにキュンときたのは言うまでもない。

キュンとしている間にも人だかりが増え、進んでいた足がいきなり止まる。するっと滑った腕が支えを無くし、べちゃっと私は顔から突っ伏し地面にキスをした。

いたたと鼻を押さえていると、彼の靴が私の方に向いたのが見え、顔を上げると遥か高くにある眼が眼鏡の下から見えた。


「……三崎謙哉…」


これでいいだろ、と口を尖らせて再び進行方向を歩いていった。

取り残された私はというと、しばらく床に座ったまま三崎君が消えた方を眺めていた。


黒の、切れ長の目が、私を見据えた瞬間。

私の背筋に痺れが走った。




たまらなく、ドキドキした。




それからというもの、彼を見つける度に傍に駆け寄り、少しでも彼の事を知ろうと頑張った。


「三崎君の事、何でもいいから分かったら教えてね!」


友人達にも協力を求め、私も少しでも情報を得る為に他の学科の人へ積極的に交流を図ったりした。


震える膝を叱咤し、勇気を振り絞って学食に誘う事に成功すれば、好きなおかずは何かなと盗み見したり。

服のブランドとか、好きな音楽とか何かと探りいれたり。

友人らしき人達に三崎君がいない間に内緒で歩み寄り、女子の好みを聞いてみたり。私みたいな人って言ってきたけど、これは流石に私でも嘘だと分かった。友人達が追い払う程そんなに鬱陶しく見えるのかとめげたり。

あと時々庭園の隅の木下で昼寝をしているのを発見したりもした。

ラッキーとばかりにじっと眺めていたら、起きた三崎君に長々と説教されたり。見るなと言われた。しゅん。

写メを撮ると真っ赤になって凄く慌てて消しに来たり。

背の低い私に合わせてその背を丸めてくれる優しさを知ったりもした。



けれど。

私が傍に行く度に、抱きつく度に。

また更に長くなった前髪と黒縁の眼鏡の奥から見える瞳が、怪訝に細められているのを知ってしまった。



それは、私が三崎君を見つけてから3ヶ月程してからだった。


私は後悔した。

私のしている事は、彼にとって好ましい事じゃないとどうして気付けなかったのかと。




私があの先輩達にされていた事と、同じ事をしているだけだと。




それに気付いてからは、彼の元に行く勇気が起こらず、遠くから眺めるだけになった。

…それくらいなら許されるかなぁと思って。

まだ面と向かって振られる勇気はないし、この膨れ上がった好意を昇華するには時間が必要だと思ったから。


日に日に落ち込んでいく私を見て、友人達も何度か励ましてくれた。

次へいけばいいじゃない。

そう言われる度に、彼がいいという気持ちがまた強くなっていって手に負えなかった。

『どうしてあの人なの?』と聞かれるけど、私だって分からない。


知らなかった事を知る度に“好き”ってなるし、

少し反応が返ってくる度に“好き”ってなる。


他の人にはない、他人を寄せ付けない空気とか、

手の指は太くて大きい癖に、パソコンを触らせたら右に出るものはいない凄さとか。

前髪と眼鏡の奥に隠れた顔も、厚い唇から落ちる低い声も、全てが私を痺れさせる。

たまに自分の名前が呼ばれると、胸がドキドキしすぎて痛い。



“三崎謙哉君、身長185,4センチ、体重69,2キロ、1人暮らし、視力とても悪い、両利き?唐揚げ大好き。特技パソコン趣味パソコン?、DVD観賞、たまに何かのゲーム。休日はどこかお出かけしてる?授業中は携帯?で一息、窓際が好き”


「何故ならば。新情報追加、“構内に入り込む子猫(茶トラ)が見えるから”。成る程…それであんなに一生懸命あの席を取るのね…」

「…なんか結構アバウトなのね? 彼情報…」


接触するのは諦めたけど、新情報は別腹だ。こ、これくらい許して欲しい!

情報を持って来た友人が呆れたように私のメモを覗きこむ。

確かにハテナマークの欄が殆どだけど。


「い、いいの! とにかく知らないと始まらないじゃない…! 情報は広く浅くでも十分じゃない! 何かあったら私の代わりにまたよろしくね!」

「うん分かったよ。でも…本当、恋は盲目ね。なんかちょっと羨ましいなぁ」


確かに盲目。

周りの人は目に入らない。

だけど真実。


私が出会った人の中で、一番素敵な人。




私はあの日先輩から救って貰った時に、恋心も一緒に掬ってもらったのだ。




そして三崎君と出会ってから半年後、私が距離をとって2ヶ月後の12月、彼の部屋で手錠・足枷をされて目覚める訳です。




*




だから。

今の状況は、逆に言えば喜ぶ所でいいのだと思いますよ。


「…いい匂い…」


目が開いても、私と違う匂いについつい出る事を躊躇ってしまう。

だ、だって夢にまで見た三崎君の家で…! ベッドで…! 初☆彼ベッド!

うひょうと悶えていると、時計の表示が目に入る。どうやらお昼を過ぎた頃のようだった。


「お腹は空いていないし、三崎君帰って来るまでどうしよう」


ベッドの脇にあった自分の鞄を開けると、携帯以外は全部手つかずで入っていた。

手帳を開いて自分の授業数を確認する。

今まで真面目に出ていた分、しばらくここにいても別段問題はなさそうで安心した。

とりあえず特別やる事は見当たらないので、テレビをつけてお昼のバラエティを流す。めっきり見なくなっていたから、全然変わっていてビックリした。

昼ドラのドロドロな愛憎劇を見て背筋を凍らせ、ニュース番組を見て新しい事件を知った。


ふと気になって窓の下を覗くと、下に同じ窓が3つあったから、ここは4階なのだと把握できた。

うん、飛び降りたら逆さ吊りになって死にそうだ。


“死”―――、か。


三崎君は、私を殺すつもりで監禁したのだろうか。

最後は泣く泣く我慢して見るだけにしていたのに…! それさえも駄目だというなら私は何を楽しみに学校へ行けばよかったの!

でも、人を助ける事が出来る強くて優しい彼に、人を殺す事が出来るのか。…うーん…。出来ないと思うんだけどなぁ。


じゃあ他の案でお金目的の誘拐からの監禁?

でも私の実家は普通の自営業だからお金を期待できるのか分からない。


残るは監禁のセオリーの凌じょ…もにょもにょな事じゃないかな。

痛くないのならば調教だろうがなんだろうがドンと来い状態なんだけれど、…果たして私の身体に食指が動くものかと疑問が浮かぶ。

どこもかしこも真っ平らで、お風呂屋さんに行くのが辛いくらいなんだけどね。ふふ。


…とまぁ、私なりに色々推理してみたけど、こればっかりは本人に聞かないと分からない。

私的には死ぬ以外だったら何でもいい。


そうこうしている内に時計の針は5時を指し、流石にお腹が鳴った。

もう1つロールパンを食べ、ベッドの脇にもたれながら鞄に入っていた参考書を捲った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ