デート編 1
1月の空は、曇る事なく澄み渡っている。
少し風が冷たいけれど、それが気持ちよく感じるくらい全身が熱い。
恐らく真っ赤になっているであろう顔を隠しながら、こっそり隣を覗いた。
黒のコートの上から深い緑のストライプのマフラーを顔半分くらいまでしっかり巻いて、少し不機嫌な顔だけど、真っ直ぐ前を向いて歩いている三崎君の姿に少しほっとした。
よかった、こんなだらしのない変な顔は見られていないよう。
そして気合を入れた。
浮かれ過ぎてはいけませんよ小百合!
多少強引なデートの誘いをしてしまったのだから、こういう時くらい淑女として、学校で習ったアレコレを発揮すべきです!
べ、別に最終的にはキ、キスまでいけたらいいなぁとか思ってないから! 安心してね三崎君!!
ガッツポーズを作っていると、何してるのとこちらに寄こされた目が語っている。
何でもないと拳を解くと、再び前を向いて歩き出す。
その歩幅はとてもゆっくりで、走らなくても隣にいられる。心なしか顔の距離も近い気がする。
人の目があってドキドキして、自分の顔を隠すのに精一杯でまだ手は繋げられない。
だけど時間はまだまだ沢山あるから大丈夫。
今日は、待ちに待った三崎君との初デート(in駅前)です!!
*
“ポストに鍵入ってるぞ(さゆさゆの絵文字)”
結局早々に寝てしまった三崎君をたっぷり眺めて堪能し、朝目が覚めると何故か三崎君は玄関で倒れており、その手にある携帯メールにはそう書かれていたのだ。
そして“さゆさゆにも一応昨日言っておいたけど”と書かれているのを見て、凄くビックリした。記憶にないのと、三崎君が凄い形相でこっちを見てくるのとで。
「……どういう、事…?」
手錠足枷を外し、ゆらりと近寄ってくる三崎君の迫力に、一番距離が取れるベッドの上に避難し、必死に昨日の記憶を手繰り寄せた。
確か、皆で居酒屋に行って、お通夜みたいな雰囲気から宴は始まったんだよね。うん、確か。
何故あんな事になったのか分からないけど、前にあの子達が『羨ましい』と言っていたから、そういうのに興味を持って行動に出たのかもしれない。
あの子達が積極的に行動出来るなんて、三崎君の友人達は凄いかも…!
しかしうんともすんともない対面座席で、三崎君はというと項垂れてるしで凄く困った。
だけど元はといえば私のせいでこんな事になったのだと、思い切って仕切り、お酒を注文した。(未成年は本当は駄目です)
少し酔えば、口も気分も軽くなると思った作戦は見事に成功した。
楽しそうな皆を尻目に私は遠慮して空気になっていたけれど、周りは段々と調子が上がっていき、元凶の私にも絡んできた。
『リア充爆発しろ』と何度も言われたけど、全然青春を謳歌していない!と反論すれば、何故だと問い詰められた。
監禁された件は省いて、12月半ばに付き合う事になったけど、学校で一緒に授業に出るくらいで恋人らしく一度もデートをした事がないと胸を張った。
誘われないし、誘っても何度も断られたとピースもつけた。
クリスマスなんて、自分から誘うのも寂しかったからと大人しく待ってみるも、やっぱり普通に忘れ去られていて、次の日慰めてくれたよねと隣の子と肩を組んだ。元旦も左に同じく。
飲まされたお酒に後押しされてポロリと口から零してしまえば、男女の友人達はそれはそれは憐れんでくれた。
そして憐れんでくれた結果、一致団結して『協力してやる!』と肩を組み、“三崎君監禁作戦”を強行したのだ。
“避けるなら退路を断て、逃げるなら自由を奪え”という狩人めいた言葉を掲げ、拳を突き上げた。
1週間でも1ヶ月でも頑張って口説けばオタレ(オタクとへたれの合わせ技らしい)も獣になると、その言葉を鵜呑みにしてお願いしてしまった。
ミッキーさんが三崎君を酔い潰し、へろへろの三崎君をなんとか皆で私の部屋まで運び、鎖で繋いでハイタッチをした所までは覚えている。
「…もしかしてあの後に…言ったの…かな?」
宴は思い出せても、ミッキーさんとの件は全然思い出せない。
でもポストの中にあったという事は、言っていたのは事実なのだろう。鳥頭再び…か。
「………かな? …じゃないよ……っ!」
「ひぃっ! よ、酔っ払ってて全然覚えてないんですよぅ…っ!」
ジャラ、と三崎君の手の中で鎖が唸る。
で、ですよね!
三崎君からしたら不本意な出来事ですよね! お酒って恐ろしい! やはり未成年は真似しては駄目ですよ!!
ごめんなさいとひたすら謝っていると、『どうせ全部あいつの仕業だろそういう事にしておこう』とため息を吐いて、タオルと服を持って風呂場に向かった。
「……タオル…使っていい…?」
「え? あ、はい! パンツはズボンに挟んであります!」
眼鏡を外し、分かったと言って勢いよく扉を開けた。
漢らしい…! もしやその気になってくれたのか…!
「……入ったら直ぐ行くよ…。用意しといて」
そして勢いよく扉を閉めた。
1人残された私はというと、その場で動けなくなり歓喜に打ち震えた。
素顔の三崎君の流し目…!!!
何あれ素敵と、悶えながら映る筈もない曇りガラスの扉を見続けた結果。
思ったより早く出てきた三崎君に、雷を落とされながらの出発になったのである。
*
「三崎君、どこ行きますか?」
気付かれない程度に少し近寄って声をかければ、少し考えた風に目を逸らして、
「……どこでも。…好きな所…どうぞ…」
と、もう1度こちらを見て返してくれた。
“どこでも”と言われるのは友人達とのシミュレーション通り。流石三崎君!
言われて焦るなんて事などないように、事前に友人達とプランを組み立てておいてよかった。
初心者だらけの知恵を寄せ合った結果はこうだ。
①メンズショップでお買物(彼の好みを見つけ後の各イベントの為)
②ファーストフード店でお昼ご飯(女の子してるお店は入り辛いのではと)
③映画(次へ繋げる為にしっとりいい雰囲気に)
④ペットショップ(猫にマタタビ三崎君に猫で更にいい雰囲気に)
⑤そしてA(こういうのはちゃんと段階を踏んで)
かなりいい感じに出来たと思う。皆もそう頷いていた。
よし、と気合を入れ、早速第1ミッションのメンズショップがひしめく場所へ舵をとる。
…しかし三崎君てば、さっきまでよくなかった機嫌は治ったのだろうか。というか機嫌がいいのだろうか。
“どこでも”というのは予想していたけど、“好きな所どうぞ”と付けたされるのは予想していなかったかも。
どういう風の吹きまわしだろう。
頭上にある三崎君を仰げば、目を逸らされる。
何! やっぱりツンデレは健在なの!?
それでも前よりは断然距離が縮まったようで、嬉しくなって足取りも軽くなり急いてしまう。
目当てのショップ街を発見して誘導しようとすると、浮かれた分だけ注意散漫になり、人にぶつかってしまった。
加えて気張って履いた高いヒールにバランスを崩すと、目の前に黒い腕が伸びて来てそのまま体重を預ける事になる。
「……大丈夫…?」
低い声が私の耳元で響き、肩が身体に触れている。
少し屈んでいるのだろう、影が覆い白い息が見えた。
コート越しに伝わる存在が、私を包んでいる。
見上げれば心配する顔ではなく、呆れて笑っている顔。
…目を逸らしていたくせに。
こうなる事が分かっていたかのような三崎君に、舞い上がっていた自分が見透かされていたようで、凄く恥ずかしい。
まだ1つもミッション成功していないのに、早くもドキドキしてキュンキュンしまくっていて困る。私がしているとか駄目じゃない。させるつもりなのに。
心なしか周りにいる人達も、こちらを見て笑っている気がするんだけど!
そう思うと顔が上げられなくて、顔を埋めて腕を掴んだまま引っ張った。
上で焦る声が聞こえるけど無理…!
お店に入るまでに顔が赤いのがひいていますように!!
とりあえず一番手前にあったお店にそそくさと入ると、辺りを見回した三崎君が呟いた。
「……村崎さん…こういうのが好き…なの……?」
店内の壁にはサーフボード、鮮やかな色とりどりの花や木の柄の服に、冬なのにアロハシャツが陳列するという光景が目の前に広がっていた。
慌てて首を振った。
そんな誤解を与えては、硬派な三崎くんがアロ派になってしまうかもしれない。ああ、自惚れてごめんなさい!
でも、ならない可能性はゼロじゃない。それは駄目だ…見てみたい気もするけど…でも駄目! 私がチャラチャラしている人が無理!!
ていうか三崎君はそのままが十分素敵です!!
しかしそうやって聞いてくるという事は、三崎君は好きではないという事だ。
早速失敗した…っ!
失礼にならない程度に店内を見周り、やっとの思いで外に出ると、いきなり『ぶはっ』と吹き出す三崎君。
こっちは早々に計画が破綻して凹んでいるのに。何が面白いのだ。
「……いくら俺がダサくても…アロハは……っ。それはないわー」
よかったーと肩を上下させている。白い息が沢山出ているのを見て、楽しそうなのが分かる。
どこがダサいの! アロハの方がダサいと思います!!(全国のアロ派の皆様スミマセン)
そう抗議しても笑いは収まらず、ひとしきり笑い終えたかと思うと、道路の奥の方にあるピンク色のお店を指差し、
「…買い物なら…俺はいい…。……こういう時…の、男の役割は…荷物持ち、だろ。…確か」
ほら、と背を押された。
でも、と振り返ると、『転ぶから前を見て歩いて』と窘められた。むぅ。
仕方がなく前を向いて歩き出すと、少し遅れて隣に大きな靴が並ぶ。人にぶつからないように手を招いてやんわり誘導される。
…なんか、子供扱いされている気がする。それじゃデートとは言わないじゃないか。
ゆらゆら揺れる大きな手は、マフラーと同じ色の手袋をしていて隠れている。残念だけど、外は寒いから仕方がない。私の手は凄く冷たくなっている。
「…」
少しコートで拭いた自分の手を絡ませてみた。
するとビクッと身体が揺れて、指が強張るのを感じて嬉しくなった。へへっ。意識はして貰えてる。
寄こす瞳に『人前で何してるの』と書いてあるから、
「デートの時のお荷物、ですよ」
と茶化して言ってみれば、ぐっと唇を尖らせてそっぽを向いた。
そしてつんのめったのを見て声を上げて笑うと、マフラーから半分出ている顔は真っ赤になった。
もう! 三崎君可愛すぎる…っ!!!
そして、手は離されていない事に、更に嬉しくなった。
それからしばらく何軒かお店を回ったけど、私の方も“カップルでお買物”という構図に照れと緊張が入って、気もそぞろなウィンドウショッピングになっていた。
ただただ服と服の間をすり抜けていくという、迷惑な客だった。
そして第一に三崎君が目立つのだ。
淡い色の服に埋め尽くされた店内に、可愛らしい女の子達、綺麗な店員さんやたまにいる彼氏さんなどより頭1つも2つも付き抜けていて、しかも黒い配色で締めている三崎君に視線が沢山集まった。
皆が見つめるだけでも嫌なのに、見あげて三崎君を見つめているかと思えば、すすっと首を降ろして私を見る。
そして首を傾げるのだ。
…駄目ですか。こんな私じゃ隣にいるのは駄目ですか。
ええ、ええ、すいませんね…。分かっていますとも。
でも私だって三崎君をゲットするのにかなり頑張ったんだからね! 少しばかり胸が大きいからって…!!
い、いいじゃない三崎君がよしとしてくれたんだから。
貧乳はすてーたすだって教えてくれた、し…!
そう自分で慰めてみても折れる心は簡単には戻らず、女子の目から奪うように三崎君の腕を引っ張ってお店の外に出る、というのがお決まりのルートになった。
…釣り合うように、大人びたワンピースとか着てみたのに。
胸はパット入れて盛り上げたのに。…まぁ…コートを着たら分からなくなるけど。
結局努力は全然実らなかったという事だ。
自分の不甲斐無さにガックリ項垂れていると、三崎君が覗きこんできた。
「……どうしたの…? …疲れた…のか?」
…ああ、もう。駄目じゃないか私。
折角の初デートなのに、いきなり暗い顔してちゃ三崎君も嫌な気分になるじゃないか。
空いてる手で顔を叩き、よしと気合を入れて顔を上げれば、赤い看板のファーストフード店が目に入った。
「いえ、少しお腹空いちゃったみたいです。あそこ入りましょう!」
引っ張って店内に入ると、凄くいい匂いが漂ってくる。
沢山人が並んでいて、その列の最後尾に並んで立つと、三崎君が小さく問いかけてきた。
「……どうしてここ……? もっといい場所が…あるじゃないか…」
「美味しかったので!」
ちゃんと事前に友人を連れてリサーチしましたとも。そして思いの他美味しかったのだ。
記念すべき1度目は友人とだったけど、2度目となる今回は三崎君に捧げるつもりでした。返品不可です。
初めて同士が来た時とは違い、随分とスムーズな注文に、あっという間に2人がけの席に着く事が出来た。私達だけだと店員さんにかなり迷惑をかけたのに。
三崎君の慣れた様子に、このプランは間違ってなかったと嬉しくなった。
だけど。
「…」
「…」
2人で来ているから2人がけの席に座るのは当たり前。それに今は昼時で混んでいるから更に。
いざ座ってみると、何か異様に距離が近いと思うのは気のせいだろうか。
両隣に同じ席があって、勿論人が埋まっている。そして私はというと、壁側のソファの席にお邪魔した。
机に2人前+αのご飯が乗ったトレイを置けば、空いているスペースが全然ないくらい小さい。
だからなのか、向かい側にいる三崎君の膝が、私の膝あたりに伸びてきている。
そして食べる為に前かがみになっているだけなのだろうけど、迫られているような錯覚に陥って心臓が騒ぎ出す。
友人3人と来た時とは違う状況に、雰囲気に、とても緊張した。
三崎君家や私の家でもご飯を食べたけれど、こんな膝がつく程密着して食べるなんて事はなかった。
そして人目がある相乗効果で更にガチガチになった。身体が動かない。
“交換しない?”とか“はい、あーん”なんてもっての他だ! 論外! 折角シミュレーションしたのに!! 出来ないよ皆助けて!
ま、まさかこれがチキンというもの!?
具もいい具合にチキンを選んだし! イェイ!
…どうしよう思った以上に混乱している!
手に取ったものを食べようにも、三崎君の超目の前で大口をあけるのもはばかられる!
せめて淑女アピールをしてしなやかに食べようものなら、味がしない。具がお尻の方から落ちているじゃないか…!
完全に戦意を喪失し、再びトレイに置いて顔を覆えば、とても熱くて真っ赤になっているのが分かる。
三崎君の方も特に手はつけていないようで、周りを見回している。
そして。
「……これ…持って……公園で食べない……?」
人が多くて落ち着かない、そう言ってくれた。
私が焦っているのを分かって提案してくれたのだろうか?
その気遣いに、違う意味で再び胸が早鐘を打つ。
私が頷くと店員さんに袋を貰い、全部包んで店を後にした。
公園までいつもの最短ルートで行こうとしたら、交番辺りに差し掛かると何故か迂回して裏道を入っていった。
人気のない道は初めてで、もしかして表にいては出来ないような事をされるのかとドキドキしていたけれど、特に私に触ってくるような事もなく、あっさり明るい場所に出たと思えば目的の公園だった。このルートは初めてだった。次の為にも覚えておこう。
ショッピング街から少し中に入った所にある公園は、昼時だからかそこまで人はいなかった。
公園の脇にある整備されたベンチに並んで座ると、袋から取り出したものを間に並べてくれた。
ジュースの容器は少し汗をかき、水滴が手を濡らす。
喉に流し込むと、その冷たさが身に染みる。
風も少し冷たいけれど、風上にいる三崎君で少し遮られているのと、火照った身体に丁度いいのとで気にならない。
凪いだ心臓が規則正しく音を立てる。その心地良さにぼんやりと空を眺めていると、隣から小さく息が吐かれる音が、この空間に響く。
「……落ち着く……」
ぼそっと隣から聞こえてくる。
…あ、私も。
三崎君と同じ気持ちを共有してるとか嬉しい。
袋から取り出して、目の前にある遊具を見つめながらかぶりつく。
ちゃんと知っている味がした。
貧乳はステータス=貧乳は正g…個性であるの意。