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さゆる監禁生活  作者: またき
その後
11/16

再び編 1



目が覚めたら、そこは知らない部屋でした。



知らない布団に、知らない天井。

だけど布団から漂う微かな甘い香りは知っている匂い。

視線を落とすと服はちゃんと着ていた。よし。

寝たままの体勢でキョロキョロと辺りを見回すも、全然記憶にない部屋だった。

随分と広く10畳は軽くありそうな部屋で、左側には窓があり、その反対側には台所と冷蔵庫、目の前には普通の扉と曇りガラスの扉があるのを見て、ワンルームだと分かる。

おそらく玄関はその扉の向こうにあるのだろう。


完全に知らない部屋だと認識し、身体を起こすと違和感を感じた。

右手と、左手と、左足。


俺が動く度にジャラ、という音を立てる。

その音の正体を見るまでもなく分かったが、取りあえず確認しようと両手を出すと、手錠だった。やっぱり。

鎖の長さが自分の身の幅くらいなのを見て、俺の私物じゃないと分かった。大分短い。もこもこはついているがピンクだ。

布団を捲って足先を見てみると、やはり同じものが生えていた。

その先は言わずもがな、ベッドの柵だ。


自分の置かれた状況を把握して、頭を抱えた。


「……デジャヴ?」


ぼそっと呟くと、『あ、起きた』という声が聞こえ、閉まっていた曇りガラスの扉が開いた。

タオルで顔を拭きながら、白のワンピースという超可愛い格好で出てきた彼女に問いかけた。


「……ここ…村崎さん家…?」

「そうだよ、三崎君」


汚い部屋でごめんね、えへへと笑って俺の質問に答えてくれた。くそう可愛い。

ふわふわの髪が、顔周りだけ水気を吸ってぺっとり張り付いている。

気持ち真っ直ぐになった髪が、いつもと違うエロさが混じって最高とか思ってじっと見ていると、コトンと首を傾げた。


「どうしたの?」


タオルを顎に当て、俺の行動に疑問を漏らした。

朝っぱらから速攻で萌え立つ煩悩を追い払い、なるべく直視しないようこの状況の答えを求めた。


「……どうして…俺はここにいる…? まさか…村崎さん…が……?」

「…だって…三崎君が悪いんだよ…」


唇をつんと突き出しながら、ベッド脇に来て腰かける。

彼女の匂いが漂ってきて、そろそろ逃げ出さなければヤバイと頭の中で警鐘が鳴る。

小さな白い手が俺の手に触れ、軽く包まれた。


はい無理! 俺の手、完全に沈黙! この包囲網突破出来ません!


「…デートしてくれるって言うまで、ここにいて貰うんだから!」


キッと俺を睨みつけてくる村崎さん。

上目使いを無駄撃ちしては後で効果が無くなるぞと声を大にして言いたいが実際そんな事はないのが悔しい。


しかし教えてくれ。



どうしてこうなった!




*




「三崎君! あ、あの…明後日の日曜日、空いてないですか!?」



友人と共に教室を出ようとした所で、やってきた村崎さんに出会い頭言われた。


勿論教室にも廊下にも人がいて、それはそれは興味津々でこちらに視線を寄こしてきた。

廊下にいた奴は立ち止まり、不自然に外の景色を眺めている。帰ろうと席を立った奴なんて、腰を下して頬杖をついている。しっかりと聞く気が満々なのが見てとれる。

隣にいる友人は俺と村崎さんを交互に見た後、ニヤニヤと笑いながら肩を叩いてきた。


…何これ。四面楚歌ってやつ?


不自然なくらい静まり返っているこの空間に、果たして気づいているのかいないのか、眼下の彼女は大きな猫目でじっと見つめてくる。

期待に満ち溢れた目を見ていられず、そっと視線を外しながらなんとか返事を返す。


「……日曜は…用事がある……」


恐らく、この問いは、デ、デートの誘いなんだろう。

大体こうなるのは少し予測していた。



―――だが断る!




村崎さんが彼女になって1ヵ月が経った。


構内を女の子と手を繋いで歩くという人生最大のイベントを、半ば真っ白になりながら遂行している俺の前に友人が現れ、案の定pgrされ散々冷やかされたあの日々から(途中冬休みを挟んで)1ヵ月。


通行人の訝しげな目や微笑ましい目、詮索する目にチキンな俺が耐えられる訳もなく、挙句手汗ビッショリになるこんな気持ち悪い手では、村崎さんの綺麗な手を穢してしまうようで差し出す事もはばかられ、何度かお願いされる度に、触れるまいと何とか理由をつけてスルーしようと試みていた。

断る度にしょんぼりと項垂れるが、それもどこ吹く風、差し出した手は俺の腰に絡みつき、両手で巻きつけてぶら下がる。

それを剥そうともがくも、しがみつく力が増すだけで、聖域が押し付けられて色々暴れそうになるのを堪えるのが大変だった。

数度それを目撃され、『本当に爆ぜて欲しい。余所でやってくれ』と友人に言われてから、震えながらも大人しく手を差し出す事にしたのに、3週間程経ったとある日、あの桜色の唇が艶かしく開いた。


『駅前に美味しいケーキ屋さんが出来たそうなんです! い、一緒に行きませんか!?』


俺は即座に断った。

何故だって?

そりゃあそれは世に言う“下校デート”ってやつじゃないか…!

何とか構内で一緒に歩く事に慣れ始めた所なのに、下界に降りるとか、ましてや向かい合って? 女の子している店の中でケーキを食べて? 頬っぺたにクリームがついているぞ☆とか?


俺に死ねと言うのか。


そんな事出来る訳がない。

手を繋いで歩くだけでもHPやらLPやらごっそり削られているのに。店に辿り着くまでに死亡エンドを迎えるのに自信がある。

そして公開処刑もいいとこだ。ていうかきっと俺本当に捕まるぞ。町は警察も多いからな。

多彩なバッドエンドフラグしか見えない。

それにしても本当に周りを気にしない子だ。いい意味でも悪い意味でも。


そんな崇高なイベントを遂行するスキルもExも溜まっていない。

早々に自分の力量を把握し、再び静かに距離を置こうとしていた矢先、こうやって教室を待ち伏せされたわけだ。


相変わらず俺の行動パターンを把握している素晴らしいスキルだと感心した。




「…用事…ですか…」


俺が否と返すと、目に見えてガックリと首を垂れ、肩を落とした。

その様子を見ていた周りの人間は、一気に非難の目を向けてくる。断れる立場かと、可哀想じゃないかと、その目達は雄弁に語っていた。


分かっている。

わきまえているじゃないか。

よく考えてみろ、可愛い女の子がこんなオタクと一緒に歩くんだぞ。


そっちの方が可哀想だろJK。与り知らぬは本人だけだけど。


本人が認識しない内は俺が気をつけてやらないといけないだろう。村崎さんの株というか質が下がっても困るし。

だから自分の立場をわきまえて、日陰に徹しようという俺の気持ちを、どうして誰も分かってくれない!


そう反論したくとも口から出すなんて事は出来る筈もなく、むしろ言った途端逆にオーバーキルされる程非難を浴びせられると更に口を固く閉じ、そっと人のいない所、つまりは床に視線を移すと、隣にいた友人が『やれやれ』と呟いた。

おお。ようやく援護射撃するつもりになったのかと期待を込めて見やると、


「日曜はイベントなかったよなぁ」


とニヤニヤ笑いながら核ミサイルをぶち込んだ。俺に。

ぱっと顔を上げた村崎さんの顔は嬉しそうな笑顔だったものの、一瞬置いて“どうして嘘言ったの?”と言いたげに曇った。

ちょっ…おま…何コレ俺最低な奴じゃないか…! 知ってたけどさ!


ギリッと睨むも、友人はひょいと肩を竦めて手をあげてみせた。


「俺はさゆさゆの味方だし。いい加減腹ぁ決めたらどうだヘタレよ」


うるさい。ていうか何格好つけてるの。

腰に手を当てわははと笑う友人に、村崎さんが笑顔を向けて飛び跳ねている。


「本当ですか!? ありがとうございます! もっとお願いします!!」

「おう任せとけ。必ずや三崎を君の下に献上すると誓おう」


仰々しく言う友人の顔はとてもキリッとしていた。こんなにイキイキとした友人を見るなんて初めてかもしれない。

そんなに話が出来て嬉しかったのか!

ていうかどさくさに紛れて握手をするな!! そんな簡単に…!!


謎の結託が終わった2人は、仲良く肩を並べて見上げてくる。

野郎の上目遣いなんて嬉しくもなんともないが、隣の村崎さんを直視してしまい。どこかへ連れて行かれるのを拒める訳もなく、流れに身を任せてしまった。



それから噂を聞きつけた他の友人達が現れ、何故か村崎さんの友人達まで加わり、どこかの居酒屋で宴をおっ始めたのは覚えている。

お互い異性とは接触しない人種だったが故に、最初こそ微妙な雰囲気だったけど、俺らのネタを皮切りに段々と打ち解けていっていた。

やれ大変だっただの、やれじれったかっただの、人の目の前で言う事なのかそれは。お陰で部屋の隅で小さくなるしかなく、飯も喉を通らなかった。


なのにヒートアップした奴らに更に絡まれ弄られ、そこからの記憶が曖昧で、気づいたら今、こうして村崎さんの家にいるという訳だ。


本当に意味が分からん。

詳細キボンヌ!!!




*




「酔っ払った三崎君を、ミッキーさん達が運んでくれたんです」


オッケー分かった理解した。

だがその前にミッキーって誰だ。もしかして三樹雄(みきお)の事か? あのぼた腹が黒い鼠といい感じに似ているのは分かるが何故ミッキー呼び?


「あ、えと…友人さんがそう呼んでくれって……だからその…」


訳が分からないという顔をしていたんだろう、村崎さんが教えてくれた。

俺より先に名前で呼んで貰うとか……! この声で呼ばれるとか…! う、羨ましいじゃまいか!!


ていうかもうなんなのその手の早さ…あいつの方がリア充じゃないのか…!?


色んな意味でガンガンと痛み出す頭が記憶を連れてくる。

空きっ腹に飲まされた酒が一瞬で回り、ぐでぐでになった俺を“献上する”という台詞通り、村崎さんに差し出したのだろう。

何故だ! 本当にさゆさゆを大切に思うなら俺みたいなのを近づけるなよ!

ていうか未成年が普通に酒を飲むな飲ませるな! 全くどいつもこいつも…!


…しかしどうして手錠足枷されているんだ。

まさかこれ村崎さんが用意したのか…?

冷やりとして自分の手についているもこもこを眺めていると、村崎さんは焦ったように首を横に振った。


「そ、それはミッキーさんがやったんです! 私じゃないですよ…!」


真っ赤になって否定していて、嘘をついてはないと信じておく。


「…あのお店を出た後、ミッキーさん達が三崎君を背負いながら帰っていたんですが、18禁って書いてあるお店を見つけると入って行ってしまって、それを買って出て来たんです…。私は止めたんですけど、19歳だからいいのって言われて訳が分からなくなってなし崩しに…! それから三崎君家に行こうと思ったんですけど、途中で諦めて、近かった私の家に変更になったんです…!」


村崎さんが俺を運んだんじゃなくてよかった。小さな身体でこのお荷物を運ぶとか…いや待てよ…そういうギャップもあr…でなくてだな。

成程、自分の図体のデカさが仇となった訳か。本当後悔している。


村崎さんが『どうだ』とばかりに見てくるけど、1つ言いたい事がある。


「…どうして男に自分の部屋を教える!」

「へっ!?」

「これからあいつが来たらどうするんだばかやろう! これだからお嬢ってのは…っ!」


ほんと世間知らずなんだな萌えっ!

じゃなくて!

またホイホイと答えた訳だこの子は!

まぁ…あいつに限ってそんな事はしないと思うけど(だって嫁はきくりんだし)、個人情報の締めの緩さは注意しておかなければこの子の為にならない。

すると『ごめんなさい』と小さい身体を更に小さくして謝られた。

それだけでオケしそうになったが、それじゃ駄目だと頭を振り、これから絶対しないようにと何度も念を押すと、コクリと頭が垂れた。ナニコレもう超触りたい。

ガチャリと鳴る鎖にハッして意識をそちらにやれば、ピンクのもこもこが付いている手がわきわきしていた。


ミッキーの事言えねぇぇえええ……!!


ああもう! しかも呼び名うつってるし! 気持ち悪い!

指を組み頭を振って煩悩を追い出して、辺りを見回すと壁に時計がかかっているのが見えた。見れば午前11時過ぎを指していた。

よし、今なら間に合う。


「……日曜…行くから……これ外して…」

「え…」


白旗を全力で振った。

どっちもレベルが高く、究極の選択だが、人目がある外出と2人きりの密室とじゃ前者に軍配が上がった。

よく考えてみろ、ギャルゲでいうデートは言わば高感度上げで、最終イベントをクリアする為の必須イベントだ。


なのに全部すっ飛ばしていきなり最終イベント【彼女の部屋へお呼ばれ★(してにゃんにゃん)】とか来てどうする!


この際俺の部屋にいた事は忘れよう。あれは不可抗力だ。ていうか自分の部屋の方がまだよかった。自分のテリトリーだ。

だがここは敵陣、アウェーなのだ。

俺の頭がウェーになる! ああもう意味分からなくなってきた! この無駄に甘い匂いが駄目なんだいい匂いすぎる!

とりあえずこの通り俺が正常でなくなる危険性しかないのだ色々と!!


だからほら、と両手を差し出すも、何故だか悲しげな顔をされた。

あれヤバい、何か心臓がギュンッと鷲掴まれたんだけど。


「な…なんでいつもそんなに早くギブなんですか!? もう! 色々用意してあったのに!」


じゃんっと部屋の中を手で仰がれるまま見回すと、台所の上にはお菓子が沢山用意してあり、新しいタオルや服まで用意されていた。なんて用意周到なんだ。これもミッキーの采配か?


「三崎君がうんって言うまで口説いていこうと思ってたのに…! 長引くと思って沢山お米も買ったのに…!」


冷蔵庫の隣には米が2袋積んであった。何故米。太らせて食う類の話だったか?

しかしぼすぼす毛布を叩くのはいいが、さっさと外してくれないだろうか。オレンジ色の毛布の中にいる俺超キモい。


「…それに……鍵はミッキーさんが持って帰ってしまいました…」


ミ ッ キ ー て め ぇ こ の や ろ う … !

携帯はどこかと聞けば俺の鞄を差し出してくれて、中から取り出して奴にかけると、いつもの明るい調子で電話に出た。


『おう三崎! どうだった? 昨日から超wktkしてた!! しっかしお前早いな…やっぱ早r』

「まだ予備軍だ…ってそんなのはどうでもいいから鍵持ってここまで来いミッキー…! 後で覚えておけ…お前のきくりんフィギュア全部さゆさゆにしてやる…!」

『え、それは嫌。じゃあもう一生持っていかない』


圧倒的不利…!

この状況を打破するにはやっぱり俺じゃ力不足だ。キョトンと待っている村崎さんに携帯を渡して、催促するようにお願いした。


「あ…もしもしミッキーさん? えっと、三崎君デートに行ってくれると…もう言ってくれちゃった…、ので、鍵貸して貰えませんか?」


もう言ってくれちゃったって何だ。もうやめて! 俺のライフはゼロよ!

奴の反応を聞こうと携帯電話に耳を近づけると、


『おう分かったぜさゆさゆ! 後で持って行くからそれまでゆっくり遊んでな。何だったらあいつを男にしてやっ―――』


ふざけた事を吹き込もうとしたので、電話を奪って通話を切った。耳が穢れるじゃないか。やっぱりさゆさゆの刑に処するべきだな。

しかしここが何所かは分らないが、まぁ1時間もあればやってくるだろう。

昼前なのが功を奏した。まだ正常な意識を保てる。ぐっすり眠っていたお陰で朝の現象はないし、本当によかった。マジでよかった。


手で顔を覆うと、ジャラジャラと鎖が鳴り、やっぱりよくない状況なのだと気づかされる。


ため息を吐いていると携帯が鳴った。確認すると、今しがた切った三樹雄からのメールだった。

内容を見れば“爆発しろ!(きくりんの絵文字)”と書かれていた。そういう状況にしたのはお前だろ…!

携帯を閉じて布団に投げつけてため息を吐くと、おろおろする村崎さんと目が合った。


「と、とりあえずミッキーさんが来るまで時間あるので、ご飯でも食べますか?」


これ以上状況はよくなる事はないので、とりあえず、遅い朝飯を頂く事にした。



pgr=プゲラ。m9(^Д^)。人を指差して笑う意

スキル=技とか能力の意。

Ex=経験値の意。

JK=常識的に考えて、略して常考の意。

wktk=ワクワクテカテカ。非常に心待ちにしている様子の意。

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