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三崎視点です。無駄に長いです。
―――なんて、色々オブラートに包んで言ったけれど。
自分の隣で楽しそうに笑いながら友人達にお土産を配っている村崎さんを見て、ため息が出た。
こちらつい先日彼女になった村崎さん。
…どうしようオタクの俺に彼女が出来てしまった。おおおい。どうして。何故だ。意味不明。空想の生物じゃなかったのか。
唸る俺に対し、当の本人達はブレーカーの話で盛り上がっている。どうしよう皆知らないって言ってるんだけど俺がおかしいの?
頭が痛くなってガックリ項垂れていると、友人達との会話に混ぜてくれるかのように、頬を赤らめ変哲もないフリを持ちかけてきている。
相変わらず話は面白くもなくオチはないが可愛い。声も可愛い。皆知らないのを知って凄く嬉しそう。ドヤ顔してくる。上目使いの。超萌える。自分がハァハァしていないかとても気がかりだ。
…それにしても眩しい笑顔だ。
澄み渡るような晴れ晴れとした笑顔。
きっと自分のしていた事に自覚はないんだろう。
…くそっ。この屈託のなさ…!
さゆさゆそっくりで全部なし崩しに流してしまう―――!
*
とにかく衝撃だった。
その日俺は家に帰るべく、足繁く中庭を歩いていた。
人はまだまばらにいて、皆それぞれ青春を謳歌している。
その中で一際目立つグループを発見した。
伸び放題のぼさぼさの頭に厚い眼鏡、目つきも悪いやたら背だけが伸びているだけの影も薄いオタクの自分とは違い、何かめちゃくちゃキラキラしたオーラが出ているイケメン4人が、1人の女の子を華麗に誘導しているのを見つけた。
逆ハーレムかと思わずガン見してしまった。しかも目の保養レベル。リアルにあるんだなと感心までしてしまった。
しかしそんなものよりも、気にすべきは鞄の中におわせられるフィギュアだろう。
1週間前に友人に貸して、ようやく今日返して貰ったさゆさゆのフィギュアが入っているのだ。さっさと家に帰って、状態を良くし、愛でて飾って置かなければ。
そっと鞄を担ぎ直して校門に向かおうとすれば、先程のイケメングループの少し変わった様子が視界の端に入った。
イケメン達の腕の隙間からは、小さな女の子が細い手と足を伸ばして突っぱねているのが見える。何あの体格差犯罪じゃね?凄い萌えるんだけど。
と、それは置いておいて、もしや嫌がっているんじゃないかと暫く観察していると、ふいに女の子と目が合った。
小さい顔に合ってない大きな眼鏡、その奥にある潤んだ大きな瞳。目尻の上がり具合からみて、普段ならばきっと少しキツさを感じさせるような猫目だったろう。
ふわふわの髪の毛が顔にかかり、桜色の小さな唇に入っていて凄くエロい。
それはまんま“さゆさゆ”で、きっと実写をするなら彼女が適役だ―――って、
へぇぇぇえええええええ!!!!???
そんな馬鹿なと何度も瞬きをして、何度も確認するも、どう見てもさゆさゆがいた。
さゆさゆッッッ!!!
ヤバイ何あの超可愛い生き物。超ハァハァするんだけど。顔文字なら『'`ァ,、ァ(*´Д`*)'`ァ,、ァ』が好きだ。
そう言えばデジカメ持っていたっけ。こそっと写真を撮るくらい許されないかな。
リアルさゆさゆッッッ!!!
あんな子がいたなんて知らなかったぞ! 明日友人に自慢してやろう!
そんな事を考えていると、薄い小さな唇が上下に開いた。う、動くぞ!
“たすけて”
そう見えたんだが、何故だ?
リア充ならリア充らしくこちらに被害がないよう楽しんでくれればいいのに。
あ、もしかして俺じゃなくて違う人に言っているのか。自意識過剰にも程があるな馬鹿めがと辺りを確認するも、ここにはオタクの俺しかいなかった。
彼女に向かって確認を取ると、コクンと頷いた。萌えっ。
だけどそれを堪能している事は叶わず、彼女はあっさりと構内に連れていかれた。
…本気で嫌がっていたのならヤバイのでは?
ぽつんとその場に残され、暫し熟考した。
「…」
さゆさゆを穢されてたまるか…!
イケメンだからって何でも許されると思うなよ…!
神聖な幼女に手を出す奴は滅びてしまえばいい!
が。
鼻息荒くデジカメを片手に脅してみるも、返り討ちに遭い、デジカメ内のデータは全て消され、落とされた衝撃にヒビが入り、守っていたフィギュアも胴体から首が離され、踏んだり蹴ったりだった。リアルでされたし。
イケメン許すまじ…!
ああ…こんな事なら変な正義感出さずに遠くから見守っているだけにすればよかった…イケメンにはどうやっても勝てないのだと分かっていたのに。色々。
色々赤字過ぎる。泣きたい。
でも収穫はあったか。
さゆさゆ。リアルバージョン。
それだけ知れただけでもよしとするか。
友人には黙っていよう。自分で古傷を抉る真似はしたくない。
心の中に秘めておこう。
もうリア充なんてものには関わるもんか。
大人しく家帰って溜まっているアニメとゲームを消化しようじゃないか。
そう思っていた自分に、現実はオタクに厳しいと教えてくれたのが、それから1ヶ月程した後だった。
「何…? 手作りお菓子…だと…?」
ガタッ。
紙袋を抱えて友人達のいる教室へ行くと、あっという間に囲まれた。
既に数人からリア充爆発しろと浴びせられたが、そんなものになれる気配がない。現に今さゆさゆのよい香りとやわこい腕から命からがら逃げ帰ってきた俺には一番縁遠い言葉だ。
「…ただのお礼でしょ。さゆさゆが俺にそんな気を起こす訳がない」
こんな底辺に起こして欲しくない、清く気高く在って欲しい。
そう言えば、
「さゆさゆだと…!?」
詳細キボンヌとわらわらと詰め寄られ、その暑苦しさに負け、一連の流れを話した。
すると大きな声で叫ぶもんだから、教室中の視線を集めてしまった。慌てて宥めるもまだ興奮冷めやらぬ様子で、無理もないと鼻高々だった。
「しかしリアルさゆさゆとな…。三崎、お前よくやった。何故お前がこの1ヶ月黙ってたかはこの際許そう。だからこれからもネタを提供してくれ」
「いや無理だろ。俺は遠くから眺め崇め奉るから。近くに寄ったらhshs出来ない」
とか言っておきながら気になっていた紙袋を開けると、歪な形の何かが出てきた。お菓子だと思っていたけど。代りに石でも詰めたのだろうか。やっぱこれってオタクの俺に嫌がらせ?
匂いを嗅いでみるとほのかな甘い?香りが漂ってきて、お菓子?なのだと分かる。
それを後ろから覗き込んできた友人が『ほうほう』と何やら感心して見ていた。
「三崎の嫁は、どこまでも忠実ですな」
確かに。ここにいた全員が萌えた筈だ。静まりかえっている。萌えて…いるんだよな?
俺はそれをそっと紙袋に戻し、家に帰って食べる事にした。学校で食べるとよくない気がしたからだ。
「…それにしても」
友人がぽつりと呟いた。
そして意味ありげに口の端をあげるもんだから、じれったくなる。
「何」
「初っ端“手作りお菓子”とは中々にレベルが高いな。出会い頭に魔法星間突(さゆみの技の1つ。魔法を凝縮させた剣から放たれた光で敵を突きあげる強力な技だ)を叩き込んでくるヘヴィーさだ」
実際それに似たような物を腹にくらったけどな。拳だったけど。口から出そうになりそれは飲み込んだ。きっと触らせろと言ってくるに違いない。それは勘弁。
しかし、手作りお菓子とはそういうものなのか?
貰った事がなかったからよく分からない。
「これは…フラグだな」
ニヤニヤ笑う友人に、絶対ないと反論して受け流す。
だけど結局。
友人の言う通り、この日から全てが一転した。
「三崎君!」
村崎小百合さんは、度々俺の前に現れるようになった。
オタクに接触する美少女という構図は、周りの人間の興味を大層そそった。
温かく見守る人もいれば、生暖かく見守る人もいる。何で誰も止めない。画的に辛いだろうが。
自分としては関わり合いになりたい訳じゃない、むしろ関わりたくなかったのに。遠くから崇められる位置にいたかったのに。
気がつけば自分の腰元にさゆさy…村崎さんがいる現実に発狂しそうになった。
教室にいても、廊下にいても、学食で飯を食っていても、庭園で昼寝をしていても。
最初のうちは可愛いhshsペロペロしたいとか脳内でふざけていたけど、流石に毎日毎時間だと浮かれている状態も続かなくなる。脳内妄想がペロッと口から出そうで気が気じゃなかった。
それにいつの間にか個人情報は筒抜けだったし、色んな方面に情報収集網が張られプライバシーもあったもんじゃない。
彼女が訪れない午前中だけが、存分にオタれる至福の時だった。
1週間、2週間と過ぎ、どうしよう気がもたない色々吐きそうだと友人に相談すると、
『贅沢だなおい。いいじゃんお前がつきまとわなくても向こうからきてくれるんだから。こちとら友人から犯罪者が出なくてよかったと思ってるぞ』
それにお陰で俺らもさゆさゆのよさが分かってきたけどな、とニヤニヤと笑い肩を叩かれた。人事だと思って…!
しかしいくらオタクでも、やはり女の子の前では、しかもさゆさゆの前だ、よく見せたくなる男心くらいあった。
ボロを出さないよう会話を選んで言葉少なな対応になっても、自分が反応するというだけで満開の笑みを見せてくる。
―――『三崎君』
どうしよう、きっと彼女は思い違いをしている。
彼女の中では、本来の俺像と、1ミリたりとも合っていない気がする。というか絶対そうだ。
じゃなければ俺なんか相手にされないレベルだし。
だけど。
―――『三崎君?』
女の子どころか人の好意に縁遠かった自分が、それを喜んでいなかったといえば嘘になる。
だから、明確な拒絶が出来なかった。
さゆさゆに、触って貰えるとか。
女の子の、柔らかい腕が、自分に伸ばされるとか。
―――『三崎君っ!』
後光差す神がかった誘惑に、ただただ自分が勘違いしないように気をつけなければならなかった。
触っちゃ駄目だ。触っちゃ駄目だ。触っちゃ駄目だ。手を握り締め、歯を食いしばり、必死で耐える。耐えろ、耐え抜け、耐えるんだ俺。お陰で眉間の皺が駐在して、悪い目つきが更に悪くなった。
そんな我慢の日々が続いていく。
か、勘違いするな俺…!
これは暇を持て余したリア充の遊びなのだ…!
触った時点でタイーホだからな!!
それに、
俺は、
三次元に興味はないの…だ…っ!!
そして3ヶ月くらい経ったある日を境に、彼女はとんと姿を見せなくなった。
その理由をさして気にせず、久しぶりに1人の時間を謳歌出来る事に嬉しく思った。
反面、少し寂しい気も、した。してしまった。勝手だけど。
だけどそれは直ぐになくなった。
廊下を歩いていてふいに視線を感じて振り返れば、曲がり角に小さな人影が見えた。
壁に手をついて隠れている。だけどふわふわの髪の毛が隠れきれていない。うっかり可愛いと思ってしまった。タヒね俺。
大きな猫目はじっとこちらを見ていた。
その視線は探るように、全身をくまなく這っていく。
1つ1つの全ての動作にそれは付きまとう。
そしてその視線は、どこにいても感じられるようになった。
姿は見せずとも、視線だけは感じる。
どこにいても、何をしていても見られているようで、流石に怖いものを感じた。
そんな日々が2ヶ月も続けば、いくら俺でも憔悴してくる。
どうしよう。
俺も思い違いをしていたかもしれない。
村崎さんの、俺に対する気持ちを。
それを好意だと自惚れていいのか分からないけど、確かに執念じみた物は感じる。
俺がさゆさゆに対するアレと一緒だ。それは怖い。
教室の窓から見える猫も、今の俺の心は癒してくれなかった。
ガンガンガン!
扉を叩く音で目が覚め、時計を見ると夜の1時を回ったあたりだった。
ベッドから出て、玄関の覗き穴から見れば、ふらふらと拳をあげる村崎さんがいた。
呂律が回っておらず、そのまま何か叫んでいた。
でも確かに『みさきくんのばかー』と言っていたのは分かった。何その舌足らず。やばい可愛ryってこんな時でも萌えてしまうのが悲しい。きっと別腹なのだろう。
外は真っ暗で当然誰もいない。寝静まっている近所の迷惑を考えるとそのまま放っておく事は出来ず、玄関のチェーンを外して扉を開けた。
開けた途端、ぐらりと倒れ込んでくる村崎さんを慌てて抱きとめる。はいアウトー。そんな声がどこからか聞こえた。
すっぽり腕の中に収まる身体は、ぐにゃぐにゃしていてとても熱い。柔らかい。そして酒の匂いがする。
「村崎さん!? 何これ酒くさ…っ! そ、それより何で俺のアパートに…!?」
言葉に反応したのか、一回こちらを見て笑うと、『みさきくん』と呟いてそのまま目を閉じた。暫くすると寝息を立て始めた。
ぐったりとしな垂れかかる重みに、その場で立ちつくした。
久しぶりの感触に、襲来に、考えないように忘れようとしていた事実が浮かび上がる。
「…アパートまで…知っていた、という訳か」
一気に体温が下がり、妙に頭の中が静かになった。
そっちがその気なら、こちらにも考えがある。
腕に抱えたまま部屋に運び、押入れから資料用としてふざけて買った手錠と足枷を取り出し、コートを剥いてむき出しの両手両足にはめた。
するとぶるりと身体を震わせ自分の身体を抱いていた。スカートから覗く足が寒々しい。
…流石に女の子を床に放置するわけにもいかないか。
となれば場所は1つしかなく、今まで自分が寝ていたベッドに押し込んだ。
そして足枷の鎖をベッドに繋いだ所で、その日の記憶はなかった。
目が覚めて自分のベッドにいる彼女を見て、己のした事に頭を掻き毟った。
ちょ…! 夜中の俺!!
いくら寝ぼけ&深夜テンションでいたからってこれはないだろうよ…!!!
壁に頭を打ち付けると、布団の中から『ん、』と小さく声が聞こえてくる。ビクッとして背筋が伸び、思わず正座をしてしまった。
そっとベッドを覗き込むとまだすやすや眠っていて、その可愛らしさに腹が立つ。自分にとって狭かったベッドの有り余った余白具合に、吐血するかと思った。
―――もういい! やっちまったものは戻らないんだよ!
今更起こして帰って貰っても、俺にとって何もいい事になんかならない!
ならば平和な学校生活だけでも守ろうじゃないかと、このまま監禁を決意した。
おそらく彼女の事だ、逃げようとしたり助けを求めたりしないだろう、そんな根拠のない自信もあったし。
起きた彼女がもし万が一暴れでもしたら困るから、とりあえずラックに飾ってあるフィギュアを急いで回収し、その辺に転がっているアニメのDVDもキャラソンも紙袋に詰めて押入れに押し込んだ。
案の定、目が覚めた彼女は騒ぐ事もせず、泣く事もなく淡々と受け入れていた。
だけど、
彼女に堕ちるしかないフラグを自分で立てていた事に、この時の俺は気づいていなかった。
憂いは部屋に残し、晴れ晴れとした気持ちで教室に入ると、数少ない友人が俺の後ろを覗いた後、首を傾げて迎えてくれた。
「あれ? さゆさゆは?」
ゲフン。
何そのいないとおかしい的なニュアンスの挨拶は…!
だけど流石に『監禁しました』なんて言える訳もなく適当に流そうとして、大変な事に気付いた。気付いてしまった。
部屋に閉じ込めたという事は、帰ったら2人っきりだという事で。
碌に喋れないくせにハードルだけガン上げしたという事で。
結局、家に帰っても、学校にいても、さして、変わらない、と、いう事に。
「どうした三崎、泣きそうな顔をして。そんなにさゆさゆがいないのが寂しいのか」
違うよバカヤロォォオオオ……ッッッ!!!!
ああああ…もう駄目だ…無理ゲー過ぎる。詰んだ。俺の人生オワタ。
頭を抱える俺に友人は肩を叩き、スマホを出してさゆさゆの画像をチラつかせた。
「先週の見た? 超最高だったなー」
毎週お決まりの台詞に本来の目的を思い出し、久しぶりに見られていない解放感のまま、一目憚らずマジさゆ(※マジカルソルジャー★さゆみの略)談義をおっ始めた。
もういい。
その事は一旦忘れる事にしよう。
今は目先の幸せを噛み締めるべきだ。
頭の中から村崎さんを追い出し、さゆさゆを招き入れれば、それはそれは楽しく充実した時間を過ごせた。
いつも以上に熱が入り、きくりん(友人の嫁)とさゆさゆの序列を争った。
授業中には迷い猫を堪能し、帰りにはショップに寄って新商品のチェックを入念にした。
少し日が落ち、名残惜しいが振り上げた拳をそのままに店を出て友人と別れると、ふと家にいる存在を思い出した。
飯はちゃんと食べているだろうか。
流石にトイレは…行っている、よな?
窓から飛び降りたりしていないだろうか?
1度気になりだすと止まらなくなり、足早にアパートに向かう。
その途中でコンビニに寄って、人生初めての、じょ、女性用下着を買った…。…お、同じものを穿くなんて、女の子には耐えられないだろうと思ったからだ! やましい気持ちなんてない!
コンビニ店員め…なんだそのジト目は!
アパートの扉の前で一呼吸おき、静かに玄関を開けると反応がなかった。
恐る恐る部屋に入ってみると、ベッドにぐったりもたれ、参考書が開かれたまま俯いている村崎さんの姿が目に入る。
頭を鈍器で殴られたかのように一瞬で血が引き、慌てて近寄った。
急性アル中?が時間差でやってきたのかとか餓死とか脱水とか鎖でああだこうだで死ぬとか、とにかく死因が色々有り得過ぎて焦った。
生存を確認しようと肩に手をかける寸前、『んんー、』と悩ましげな声が漏れ聞こえ、生きている事を知る。
…なんて人騒がせな。
へたりとその場に座り込み、閉じている瞳を覗きこんだ。
死ぬどころか幸せそうに夢を見ているようで腹が立つ。
頭をつついて起こすと(髪の毛やんわかった)、とろんとした寝ぼけ眼のまま、甘ったるい声で『お帰りなさい』と言った。
ドクン、と心臓の奥が痛くなった。
そんな事を知られたくなくて、認めたくなくて、付き放すような言い方をしてしまった。
だけど今思えば、この時からもう戻れなかったんだと思う。
“村崎さん”という人を認識してしまった。
披露するとは思わなかった料理(手抜きだが)に涙流された時は、やっぱり怖がらせてしまっていたのかと罪悪感でいっぱいになったし、美味しそうに食べるその姿は雛みたいに可愛くてつい見惚れてしまった。
生まれて初めての風呂上がりイベントなんて、活動するどころか賢者タイムに入ってしまった。禁忌の領域。真っ更な聖域。原作ktk…お陰で頭がパーンしてそこら辺の記憶が曖昧なんだが、あの柔肌に傷がつかなくてよかったのは覚えている。
ユニットバスにまともに入れない所も、心臓を鷲掴みにされた。我ながらおかしいと思う、と掃除をしながら思った。
肉じゃが(らしきもの)を作って待たれた時は、萌える気持ちと自分の腕前を知っているのかと怒りたい気持ちがせめぎ合い、
それを食べた時は一瞬であのクソまz…あまりよろしくなかった物を思い出し、色んな意味で部屋を転げまわったなぁと、笑いがこみ上げた。
俺が帰ってくると笑って迎える健気さに、申し訳ない気持ちが膨れ上がる。
獰猛な獣だと思っていたものが、枷をつけ身体の自由を奪う事によってただのぬいぐるみに見える。
この現象を何と言えばいい?
避ける為だけに引きずり込み、あわよくば彼女の目を覚まさせる為の監禁だった筈のものが、
付き放せるどころか知らなかった感情を呼び込まれた。
お陰で思うがままオタれると思っていた学校でも、いない彼女の姿を思い出してしまう。
解放してあげたいけど、今更自分から突き放せられない。
すっかり情が移っていた。簡単すぎる。どこぞのエロゲのヒロインばりだ。…例えて気持ち悪くなった。
知らなかった事を知る度に、彼女が形成されていく。それは自分の意に反してどんどん大きくなっていって、理想と現実が入り混じって苦しい。
だけど、
純粋すぎて、真っ直ぐ過ぎて、怖いんだ。
そんな好意を持たれる程俺は出来ていない。
釣り合いも、取れない。
状況を忘れて流されてしまう。
そう思ってなるべく接触しないようにと、駄賃としてフィギュアを持って友人宅に遅くまで転がりこんだりした。
だけどテレビで可愛く活躍するさゆさゆよりも、村崎さんの色んな顔が脳裏にちらついて全然集中できなかった。
お預けくらっていたPCゲームを借りるも同じ。
これ幸とマジさゆイベントに身を投じるも、結果は変わらずだった。
気落ちして帰ってみれば、部屋の中は泥棒でも来たかのような大惨事。
正直お嬢というのを甘く見ていたかもしれない。
でも、その何も出来なさに、勝手な庇護欲が膨れあがる。
俺の手ずから飯を食うとか決定打だろうばかたれ。
布団捲れば俺の着ていた服を着てるし。見た時はもう…、もうね、アレだよ。うん。ふぅ…。
そして極めつけのオンザさゆさゆの制服の村崎さんだ。買った事も忘れていたのに。GJとしか言いようがない。なんて似合うんだばかやろう。熱がなければ写真に収めたのに! デジカメ買い直してあるのに!!
イベントのさゆさゆよりも、そっちの方に萌え上がってしまったのは、もうどうすればいい。友人達にpgrされる。
今まで自分で突っぱねてきたのに。
触ったらいけないと戒めてきたのに。
どっちが囚われたんだか。
目が覚めない彼女は無邪気な笑顔で俺に手を伸ばす。
その笑顔に、さゆさゆの影は見えない。
伸ばされる手を、拒める術があったら誰か教えてくれ。
*
「あ、あの、三崎君」
腕をくん、と引く感触に意識を戻すと、見上げて笑みを浮かべている村崎さんと目があった。
前髪の隙間から入り込んでくる笑顔は、全てをなし崩しにさせる強力な力を持っている。
これでは益々前髪なんて切れない。直視したら大佐になる。
なのに自分の容姿を自覚してないとかどんだけなのこの子。小学生の頃の男児のセリフがトラウマらしいけど、アレだよね、きっと好きだったんだろうね、彼。なんていうベタ。
今もどこかできっと後悔しているであろう彼に心の中で南無と唱え、そっと視線を逸らし周りを見ると友人達はいつの間にか消えていて、廊下には授業に向かう人達が歩いているだけだった。
「あのですね、お願い…があるんですけど…、い、いいですか…?」
頬を染め、トレーナーの袖をつまんで声小さく言った。
ちょ、ナニソレ反則…!
きっと村崎さんの事だから天然なんだろうね! なにこの子怖い!
今まで悩んでいた事が霧散するのを感じて、改めて“可愛いは正義”の世の理を実感、体験する。
マジさゆ同士達と一緒にハァハァ談義したいのを必死に堪え、何、と辛うじて返事をすれば。
「…手を…繋いでも…、い、いいですか…っ!?」
と耳を赤くさせ俯かれた。
つむじが見える。
…少し肩が震えている。
ああ。
もうどうして。
女子高育ちのお嬢が、
大学内で非常に人気がある村崎小百合が、
オタクの俺の彼女になってしまうんですか。
世のさゆさゆ信者と村崎信者が泣いてしまうじゃないか馬鹿野郎ぉぉおおおお…!!!
だけどそんな可愛い事を言われてしまえば拒否は出来ないチキン野郎なので。
とりあえず彼女が飽きるまで弄ばれればいいかと決心がつく。
微かに首を上下に動かせば、小さな手が俺の手にそっと触れた。
それはとても温かく。
心臓がひとつ、音を立てた。
逆ハーレム=女×多数の男の意
詳細キボンヌ=詳細を希望しているの意
嫁=愛すべき者
ペロペロ=嘗め回したい
タイーホ=逮捕の意
無理ゲー=クリア困難なゲームの意
オワタ=終わったの意\(^o^)/
賢者タイム=煩悩が去って冷静になり頭が冴え渡る様子の意
原作ktkr=原作キタコレ。原作が来たこれ!の意
頭がパーン=えっと…こう…弾けた様子
pgr=プゲラ。m9(^Д^)。人を指差して笑う意
*
最後まで読んで頂きありがとうございます!!
監禁物を書きたいと思い、だけど普通のじゃつまらないという事で、全年齢向け健全で明るい監禁にしよう!としたらこんなのが出来上がりました(*´ω`*)
ウブオタク青年×無自覚プチストーカー美少女。美女と野獣。王子にはならないけどww可愛いは正義みたいな話になってしまいましたアレ。
いつもネチネチ系ヒーローだったので、今回はネチネチ系ヒロインに←
押せ押せヒロインになし崩しにされ、骨の髄までしゃぶりつくされてしまえば(・∀・)イイ!!
一人称故の偏った目線で遊んでみたかったんです(∀`*ゞ)
お陰で多少強引ゴリ押しさが目立ちますがご容赦くださいませ★