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さゆる監禁生活  作者: またき
本編
1/16



目が覚めたら、そこは知らない部屋でした。



知らない布団に、知らない天井。

だけど布団から漂う微かな香りは安心する匂い。

視線を落とすと服は自分のものだった。

寝たままの体勢でキョロキョロと辺りを見回すも、全然記憶にない部屋だった。

広さ8畳程に右側の壁には窓があり、その向かいの壁には曇りガラスの扉が1枚あった。おそらくその扉の向こうにキッチンがある造りだろう。

私がいる場所には冷蔵庫は見当たるがキッチンがないからだ。


完全に知らない部屋だと認識し、身体を起こすと違和感を感じた。

右手と、左手と、右足。


私が動く度にジャラ、という音を立てる。

その音の正体を見ようと布団の中から手を出すと、両手に白いもこもこがついていた。

その先からは公園のブランコで見たようなもの―――まぁぼかす必要もないか。細い鎖が出ていて、両方のもこもこを繋いでいる。長さは1メートル程。

もこもこに手をやると、その中は案外固いもので、ようやく手錠(しかもAVちっくな?)だと分かった。

布団を捲って足先を見てみると、同じものが生えていた。

でもその鎖の行先は左足ではなく、ベッドの柵のようだった。


そこでようやく自分の置かれた状況を把握した。


「監禁…?」


ぽつりと呟くと、『起きたか』という声が聞こえ、閉まっていた扉が開いた。

タオルを頭から下げ、黒のトレーナーにジーパンというラフなスタイルで出てきた男に私は驚いた。


「…三崎…君…?」

「…ああ。そうだよ…村崎さん」


黒縁眼鏡をくいっとあげて、私の質問に答えてくれた。

染めていない黒く長い前髪からは雫が滴っていた。

鼻筋をなぞり、厚めの唇の割れ目に吸い寄せられるのをじっと見ていると、ふいにその形を変えた。


「……何を…見ている…?」


唇を引き結び、私の行動を諌めた。

こんな状況で見とれている場合じゃないのに。首を振って誤魔化し、この状況の答えを求めた。


「どうして…私はここにいるの? 三崎君が…?」

「……君が…悪いんだよ…。君が―――…」


口を歪め、言いながら私の傍に膝をつく。

微かに香るシャンプーのいい匂いと、彼の匂いが私に触れる。

ゴツゴツと大きい手が私の両手の手錠に触れ、鎖を鳴らす。


私を縛る音に、もこもこ越しの彼の感触に、私の心臓が高鳴ってしまった。


「……しばらく…ここにいてもらう。…学校は…別に…連絡はいらないだろう……」


長い前髪の向こうの瞳が私の顔を見て言った。

私が返事を返さずにいると、顔を逸らして傍に積まれていた鞄を持って整頓しだした。

私はそれをじっと見つめ、視線に気づいた彼が再び口を開く。


「……言っておくけど…この部屋には電話はない…。テレビも勝手に見ればいいし…冷蔵庫の中の物を好きに…すればいい…。死なない程度に自分で管理してくれ。…この部屋を出る以外だったら勝手にしてくれればいい」


珍しく長々としたセリフを置き土産に、彼は出て行った。

おそらく大学に行ったのだろう。今日は月曜日だ。授業も朝からたくさん入れてあるはず。


しかし。

あの淡々とした様子に、ごみ箱の中、自分の着衣の乱れのなさからすると、そういう仲にはなっていないようだ。


「…残念…」


火照る頬を抑えて私は布団にうずくまった。



彼の名前は三崎(みさき)謙哉(けんや)

同じ大学の1年生で、同じ情報科の顔見知りだ。


そして。






私の好きな人だ。






*




私、村崎(むらさき)小百合(さゆり)が彼を好きになったのは、入学して3ヶ月程経った日の事だった。




女子高からあがった私は、共学というものに慣れておらず、男子から逃げるように生活していた。

話かけられれば返すぐらいで、自分から話をかけにいった事は、恐らくない。

構内にある庭園のベンチでいつものように同じ女子高あがりの女子の友達をつるんでいると、いつぞやの勧誘の時に声をかけてきたテニスサークルの先輩(男)集団に捕まった。

座っていた為に逃げ遅れてしまい、目の前を4人のでかい壁に阻まれた。


「ねぇねぇ小百合ちゃん達。まだサークル入ってないんでしょー? 1回だけでもいいから試しに入ってみなって」

「そうそう。俺ら初心者にも優しく教えるって有名だぜ?」


ニコニコと人当り良さそうな笑顔を貼り付け私の顔近くに持ってくる。

微かに香る煙草の匂いが、不誠実さを物語っていた。(全国の喫煙者の方スミマセン)

周りの友達も完全に引いていて、私の影に隠れている。

彼女らもあまり利発的な性格ではなく、この中だと私はまだ利発的な方に入る為受け答えは全て私にかかっていた。

…なんだってこんな女子高育ちの、どちらかというと地味な部類に入るグループに声をかけているのか分らない。


はぁ、と相手には分らない程度にため息を零し、一番うるさ…目立っているリーダーらしき男に向かって親戚付き合いで鍛えた200%超えの超愛想笑いをかました。


「すみません先輩達。私達運動はめっきりで、どこか身体を使わない所を探している最中でして。よろしかったらあちらの方達を誘ってみてはいかがです? ずっと先輩達を見ていますよ」


と校舎側に視線を誘導させると、ふわふわに巻いた茶色の髪が揺れ、ここからでもバッチリ睫毛が見えるくらいお洒落な女子グループが見えた。

先輩達が視線をやったのに気付いたのか、長い爪を蓄えた手のひらを胸元で振っていた。


「ああー…あの子達はもうお友達だからいいんだよ。テニスもしてくれないからね」

「じゃあ私達もいいですよね?ご期待に添えず申し訳ないです」


では、と友人達に目くばせしてその場を去ろうとしたら、思いっきり肩を掴まれて身体の向きが前後逆になった。

ギリリと食い込んだ先輩の手に、腐ってもテニス部のメンバーなのかとその握力の強さに感心した。

友人達にこの場から去れと後ろ手に手を振れば、ぱたぱたと足音が遠ざかっていくのが分かった。先輩の目的は私だと分かっているから巻き込むのは申し訳ないと思っていたけど、実際いなくなると心細い。


「あらら残念。お友達、行っちゃったね?」


と言った先輩の目は全然残念そうには見えず、楽しそうに私を見ていた。

…確かイケメンで人気があると噂で聞いたんだけど、どうして私なんかに構うんだろう。

もう美女は飽きて、趣旨変えにゲテモノ喰いにでも走ったのだろうか。

あ、それよりこんな地味子に断られたっていうのがプライドを傷つけて躍起になっているのか。


私は昔からこういう人達の目の敵にされやすかった。

小学校の頃、クラスで一番人気だった男の子(私も多少なりと憧れていた)に『寄るな不細工チビ』と言われたのが始まりで。

それは大きくなっても、いつになっても変わる事はなかった。

私の容姿は彼らの嗜虐嗜好を刺激するのか、そんな目にあってばかりで男子にいい思い出はなかった。


身長も高くない上足は短いし、授業中は低い鼻からずり落ちる眼鏡を常備しているし。あ、今もうっかりかけたままだ。しまった。スタイルは…その…胸は…抉れてはいない程度で尻はぺったんこだ。

胸くらいまであるうねる髪の毛は整えるのをとうに諦め、それから一度も櫛を通した事がないくらい惰性の塊の私に、何故、勧誘を、3ヶ月も!

しつこいぞバカ野郎! とブチギレられたらどんなによかったものか。

こんな私に食指を動かしてくれるだけでもありがたいとでも言えというのか?


ただ、新しい大学生活がまだ3ヶ月しか経ってない内から敵を作り、生きにくい環境にするのは躊躇われた為、こうして我慢に我慢を重ねやんわりかわしているのだ。


それにこの顔だけの先輩達に、テニスを教わってみろ。

漏れなく噂されている通り“テニス以外の事”も教えてくれる危険があるかもしれないじゃないか。


絶対嫌だ。


一応こんな私にだって選ぶ権利はある。というか夢がある。

それは勿論私の事を迎えに来てくれる王子様だ。笑いたければ笑えばいい。夢を見るのは個人の自由なのだ。


そんな王子と程遠い煩悩に塗れた手が肩に乗り、その感触にイラッとしながらも笑顔は崩さず頑張って返事をした。


「そうですね。授業があるので。あ、私も次入っているので失礼してもいいですか?」


少し屈んで拘束から逃げようとすれば、反対側に壁が立ちはだかる。

しまった、仲間がいたんだった。

周りをぐるりと見渡せば、四方にいた。

これは、あれだ、四面楚歌というやつだった。昔習った記憶がある。体験するとは思わなかったけど。


「1コマくらい大丈夫だって。ほら行こうよ。甘いお菓子もあげるよ?」


くすくすと笑いながら校舎に向かって親指を揺らした。

何故餌をぶらさげるこの男。

見上げようとするとグイグイと押されてその場を動かされる。

身を捩っても腕を押しても足を突っ張ってもビクともしない。

確実に連れ去られる宇宙人の図になっているにも関わらず、周りの人達は何故か羨ましな目を向けてくる。

何故。

私がこんなにも本気で嫌がっているというのに、“素敵な先輩たちに囲まれて照れている”とか思われているのだろうか。

じゃあ代わってくれと半泣きになりながら迫りくる校舎に恐怖を覚えつつ辺りを見回すと、やたら高い位置から視線を落とす人と目が合った。かもしれない。

と言うのは、目と眼鏡を隠すくらいの長い前髪をだらりと流していて、ここからじゃ目はハッキリ確認出来ていないからだ。

その人の視線のが本当にこっちに向いてるか分らないけど、とりあえず助けてと口ぱくしてみた。

すると長い首を動かし、辺りを見回してからもう一度私の方を見た。人差し指がその人の方に向いている。

私は頷くと、ふいに視界の端からその人が消えた。いつの間にか人気のない校舎の死角に入ったからだと気づく。

ぎゃああと心の中で叫びながら手足を動かすと、やたらねっとりとそれを触られた。


どうして! テニスは!? まず小手調べにテニスしようよ!! どうして○ニスなの!?下品な事言わせないでよね!!!

ていうか大学のサークルに入る入らないでこの仕打ち! 世の中って世知辛い!!


真っ赤になる視界に、気を失いたい(希望)と思った矢先、明るく光ったと思ったら私の後ろを支えている壁がなくなった。


「なんだ!?」

「誰だ!」


横と前の先輩達が振り返ると、右手にデジカメと左手に握り拳を持った、先ほどの前髪の長い男が肩を上下させて立っていた。

その下には誰か頬を押さえて転がっている。


「……今の、撮らせて貰った。ばら撒かれたくなければ…今後一切…その子には近づくな……」


デジカメをちらつかせ、耳通りのいい低い声を響かせた。

すると先輩×4はちっと舌打ちをして、しぶしぶといった風に手を離してくれた。自由になった身体がよろけ、視界にいる彼がかけよろうと足を踏み出すのが見える。


「……君…大丈夫―――」


だけど足元に転がっていた人が彼の足を掴み、私の所に来る前に倒れてしまった。

そして私の横にいた人×3がそちらへ向かっていき、おもむろにその人に殴りかかった。そして起き上がった残りがそれに加わっていった。

何てこと…! 4対1とか卑怯な…! スポーツマンシップ精神はどこへ置いてきた!


「逃げ…っ!」


私の声も一歩遅く、その人は4人がかりに思いっきり殴られたり蹴られたりしてしまった。

転がったデジカメを持つと、ピピッと簡単に指を走らせこちらを見て笑った。


「写真、消しておいたからね。でももう君はいいや。超冷めた。ちょっと軽く遊ぶくらいでいいのに彼氏巻き込むとか超めんどい」


はっとデジカメをその人に放り投げ、その場から消えていった。

な、なんて奴!

私が好きでついていったと言わんばかりのセリフ! 最低な人間もいるもんだ!

ていうか彼氏とか超誤解されてる! 初恋もまだだっていうのに! けど結果オーライ!


鼻息荒くわなわなしていると、静まりかえったその場に苦しそうに唸る男の人の声が響く。

見ると口から血が出て、頬が赤く欝血している。鞄を抱えるように丸まっていたおかげか、お腹は無事なようでよかった。

お礼を言おうと手を置くと、それをやんわり払いのけ鞄を抱え込んだまま静かに立ち上がった。

私に背を向けると小さく舌打ちが聞こえた。


「……くそ…。首が…っ」

「え…!? だ、大丈夫ですか!? ご…ごめんなさい…私のせいで…」


首をやってしまったんだろうか。私は慌てて彼に声をかけた。

だけど私を一蹴して口についた血を拭う。


「別に―――」


ポツリと一言返事を洩らし、そのまま去って行く。

時折『痛てて…』と漏らす声が聞こえ、私の心が震えあがった。


見ず知らずのこんな私の為に、暴漢(最早悪)に立ち向かってくれて。

きっと私に心配かけないように痛いのを我慢して。

何も言わずかっこよく去っていく背中が勇ましく。

背中から舞い散る砂埃がキラキラして見える。


まさしく、危ない所を救ってくれた、勇敢な王子様じゃないか。

白馬の王子様とは程遠い全身黒色の衣裳だけれども。




これで惚れない訳にはいかないでしょう。




大学生活3ヶ月目、一時は終わりを迎える危機を迎えたが、

好きな人が出来るというバラ色の生活が幕を開けたのだった。




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