第五話
「え?」
「はぁ!?」
まなかと夏海はそれぞれ目をみはる。
「なにそれ? 世界征服とかの間違いじゃないの?」
「いいえ、間違いなどではありません。正真正銘『世界平和』です」
「ちょっと、それのどこが問題なわけ!? もしかして、あんたたちのほうが世界征服をたくらむ悪の組織ってオチ?」
「まさか。この多種多様な価値観が混在する世界をひとつに束ねるなど、しょせん無理な話。それは我々人類が歴史から得た教訓です。ちょっと頭が働く人間なら、世界の支配権など欲しがったりしませんよ。ちなみに、私たちの組織は、この技術を社会の発展のために役立てようと思っています」
「じゃあなんで? 世界平和を目指すのだって立派な社会貢献じゃない」
「そこに至る過程が問題なのです。彼らはこの技術を軍事転用し、圧倒的武力を用いた積極的干渉により、平和を実現しようとしているのです」
「なんかそんなお話、見たことあるなぁ……。『全戦争行為への武力介入』だったっけ?」
「ま、何に影響されたのかまでは詮索しませんが」
弥生は、一口お茶をすすると「ほっ」と息をついた。
「まさかホントにそれに影響されてってこと、ないよね?」
まなかは苦笑いをうかべる。
「ともかく、私たちとしましては、そんな目的のためにこの技術を使用するというのは受け入れられないことなのです。現実世界には、お話の中のような純然たる善悪の区別など存在しません。ただ、価値観の違い、立場の違いがあるだけです。力の必要性は認めますが、それはあくまでも最後の手段。積極的に用いられるべきものではないというのが私たちの立場なのです」
「大体の背景はわかったけどさ、でも、なんで実際戦わなきゃいけないのがあたしたちなわけ? そっちの組織の人間にやらせればいいじゃない」
夏海が、不可解そうに眉根を寄せる。
「そうしたいのは山々ですが、大人の事情というものがあるのです。年を重ねてくると打算が働くようになってきますからね。その点、若年層であれば人生経験が浅い分、行動パターンも読みやすく、御しやすいというわけです」
「それ、ぶっちゃけすぎ。そこまで言われて引き受ける人なんかいる? ね、マナ」
「私、やる。春菜さんみたいに人助けができるなら」
まなかは真剣な表情で答えた。
「マナ!?」
夏海は、まなかの顔を覗き込み、弥生は、しめしめとばかりに笑みをうかべた。
「もちろんできますよ。表立って活動しないこと、悪用しないこと、それさえ守っていただければご自由に使っていただいて結構です」
「でも、マナ、戦わなくちゃいけないんだよ。危ないよ」
「それなら心配いりません。双方とも安全には十分配慮していますから。その甲斐あって今のところ、物損こそありますが死傷者はゼロです」
「ほら、大丈夫だよ。だからね、なっちゃん、心配しないで」
まなかは夏海に微笑みかける。
「だけど……」
「では、土方さんはご承諾ということで。ところで、不知火さんはどうします? 土方さんひとりにやらせてしまっていいのですか?」
弥生は口元を手で隠し、フフフッと笑いをこぼした。
「そんな、なっちゃんはいいよ。これは私のわがままだから」
夏海の手を取ってまなかがいさめる。
「やる! マナがやるならあたしもやる!」
その手を握り返し、夏海は宣言した。
「そうこなくっちゃ!」
春菜がパンと手を叩く。
「では、不知火さんもご承諾と言うことで……」
弥生はおもむろに立ち上がると、事務机の引き出しから書類らしきものを二枚取り出してきた。
「それでは、おふたかたとも、この書類にご署名をお願いします」
「署名?」
ふたりはその書類を覗き込む。
「はい。身辺・思想調査同意書です。さすがに誰彼かまわずというわけにもいきませんので。すみませんがご協力ください」
「いろいろ面倒なんだね」
「だね」
夏海とまなかは弥生の求めに応じてサインを済ませた。
「ありがとうございます。では、今日はここまでということで」
受け取った書類を机でトントンと揃えると、弥生は二人を出入り口へと導いた。
「それでは、二日後またいらしてください。そのときにはご案内できると思いますよ。我々の秘密基地に」
笑顔で手を振る鈴木姉妹に見送られ、まなかと夏海はヒーロー部を後にした。