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プロローグ




「やめてください! それ以上近づいたら、大声出します!」

 ビルが雑多にひしめき合い、人目はおろか陽の光さえも拒絶する狭い路地裏。少女の気丈な声色が、高く空しくこだました。

「無駄無駄。今のご時世、誰も彼も自分のことしか考えちゃいねぇ。助けなんか来るもんか」

 壁を背にして押し黙る少女。彼女を取り囲むガラの悪い三人の男たちは、下卑た笑いをうかべていた。




 買い物帰りの近道に、たまたま通った歓楽街。ふとした拍子によろめいて、通行人と鉢合わせ。ペコペコと頭を下げて謝るも、相手方には、その取るに足らない接触事故をサラリと水に流す気はさらさらなかった。

 力ある者が力なき者に対するとき、前者はその力の行使になんのためらいも見せない。太古の昔から繰り返されてきたその営み。運悪く、彼女はその標的にされてしまったのだった。




 自分の窮地を悟った少女は、ポケットの中の携帯電話をつかんだ。取り出して液晶画面へと視線を移したその瞬間、ガシッと腕をつかまれた。

「はなして! はなしてください!」

 少女は右へ左へ身をよじる。しかし、必死の抵抗むなしく、つかまれた腕は力任せに引き上げられ、その手から携帯電話がもぎ取られた。

「まぁ、この判断自体は間違っちゃいねぇな。だがな、みすみす見逃してやる道理はねぇよなぁ?」

 薄笑いを貼り付けた顔が覗き込む。少女は顔を背けると、全体重を下に掛け、再び腕を振り払おうと試みた。腕はあっけないほどたやすく開放され、勢いあまってその場にペタンとしりもちをついた。

 カタカタッという硬質の音とともに、アスファルト上でプラスチックのボディが踊る。とっさに差し出した手よりも速く、降ってきた足が携帯電話を直撃した。

 ミシッ!

「あ!」

 少女の小さな叫びをかき消すように、男たちの笑い声が響き渡った。

「なぁ、お嬢ちゃん。俺たちは何も、事を荒立てようってわけじゃないんだ。ただ、それ相応の誠意を示してくれって言ってんだよ。わかるだろ? 何なら親を頼ってもいい。親の番号くらいは覚えてんだろ? まぁ、親に心配かけたくないってんなら話は別だがな。そん時はアレだ、手っ取り早く稼げる所を紹介してやるよ」

 男は、にやけながら足をどける。その靴の下から、液晶画面が見るも無残にひび割れた携帯電話が現れた。

 少女は、男をキッと見上げて言い放つ。

「あなたたちのやってることは、監禁・器物損壊・恐喝、立派な犯罪行為です! 恥ずかしい行為です! カッコ悪いです!」

「おいおいおい。俺たちだって義務教育は受けてるんだぜ。その手の話は耳にタコができるほど聞かされてんだよ。だがな、いくら頭でわかっていても、そんなもんは何の抑止力にもなりゃしねぇ。だろ? もし理解で行動が抑制できんなら、文明社会でいざこざなんか起きるわけねぇもんな!」

 そのとき少女は知覚した。自分とは違う理屈で動く人間がいることを。それまで生きてきた社会の常識が、絶対ではないという真実を。そして、彼女は思い至った。無分別に振るわれる有形力に対しては、同じ有形力で対処するしかないということを。

 少女は肩に掛けていたバッグをまさぐった。

「なんだぁ? セカンドケータイってやつか? まったく、懲りねぇな」

 屈もうとして膝を折った男の動きが瞬時に固まる。少女が取り出したのは、ハンディタイプのスタンガン。それは心配性の友人から押し付けられたモノ。渡されたとき、大袈裟すぎると笑ったモノだった。

「チッ! 面倒かけさせやがる」

 それまで余裕しゃくしゃくだった男の顔が、苦虫を噛み潰したようなものへと変化した。

 バリバリ!

 耳をつんざくスパーク音。動作確認の放電が威嚇となり、男たちが距離をとる。

「大した玉だぜ、お嬢ちゃん。だがな、そんなモン、複数相手じゃ気休めにもならねぇよ。おい!」

 あごをしゃくりながら、下っ端オーラを放つ男に目配せする。

「うぇっ! オレっすか!?」

「ったりめぇだ。俺の身代わりになれんなら本望だろうが」

「ちょっと、勘弁してくださいよ~」

「ぐだぐだ言ってんじゃねぇ。ホレ、いいから行けよ」

「嫌っすよ! そうだ! アニキ! アニキ行ってくださいよ!」

 下っ端が別の男に話を振る。

「バカ言うな。俺は……、そう! アレがコレでアレだからよ、今日はダメなんだ」

 意味不明な隠語ジェスチャーが乱れ飛ぶ。

「なんすかそれ! なんすかそれ!」

「お前、なんで今二回言った!? なんで二回言った!?」

「アニキだって言ったじゃないっすか!」

 言い争う男たちの後方で、白い塊が落ちてくるのを少女は見た。

 どこからともなく降ってきたその物体は、紛れもなく人。着地姿勢から軽やかに直立不動の体勢へと移行すると、居並ぶ男たちにまっすぐ指を突きつけた。

「無様だな! 個人至上主義の申し子たち!」

 メタルチックな白のボディスーツ。スモーク加工のクリアバイザー付きヘルメット。鮮やかなブルーのロングマフラー。上背こそあるが、スーツのシルエットとヘルメットからはみ出した髪の毛が、その人物が女性であることを物語っていた。

「なんだぁ、テメェ!」

 男の恫喝が轟くなか、件の人物はくるくるポーズを決めだした。

「その身に痛みを知らざれば、人の痛みもわかるまい! ならば下そう正義の鉄槌! ウッドエレメントマイスター……」

 しばしの硬直。最後のタメかと思いきや、それは意外な形で終焉を迎えた。

「え~と、ゴメン。こういうとき名乗る名前、考えてなかった……」

 唖然と見つめる周囲をよそに、自称正義の味方は再び決めポーズをとった。

「お前たちに名乗る名などない!」

「散々前口上たれといてそりゃねぇだろ!? 頭わいてんのか、テメェ、あぁ!?」

「うるさい、うるさい! イレギュラーなんだからしょうがないでしょ!」

「なら、すっこんでろ! つーか、なんだぁ、その格好!? コスプレか? ご当地ヒーローか? どっちにしろお呼びじゃねぇんだよ。とっとといねさらせ、ボケ!」

 暴言を吐かれた自称正義の味方・白いレイヤーは、怒気をはらませた足どりで、一歩ニ歩と歩みを進める。

「わたしは……。わたしはね! あんたみたいにエセ関西弁しゃべる人間が大っ嫌いなんだよ!」

「あ、沸点そこなんだ……」

 少女がボソッとつぶやく。

「うりゃっ!」

 気合の入った掛け声とともに、渾身の一撃が地面に叩きつけられた。

 地響きと轟音をともなって、アスファルトの地表が砕かれる。

「うげっ!」

「マジかよ!」

 その衝撃の瞬間を目の当たりにした男たちは、我先にと転げるように逃げ出した。

「思い知ったか! バーカ、バーカ!」

 あっかんべーでもしそうな勢いで、白いレイヤーは男たちの後姿を見送った。

「あの……、ありがとうございました」

 少女が声を掛けるなり、彼女は態度をシュッと取り澄ました。

「怪我はないかい、乙女」

「はい、おかげさまで。ところで……」

 少女の話が手で制される。

「ゴメンね。諸事情があって正体は明かせないんだ」

「いえ、そうじゃなくて……」

「え? 違うの? じゃあ、なぁに?」

「はい、あの、助けてもらってあれなんですけど。これ、器物損壊です」

 少女は、地面にポッカリあいている穴を指差した。

「えぇっ!? キミの一番の関心事ってそれなのぉ!? って、あれ? あなた、二組の土方さん?」

「どうして私のことを?」

 小首をひねる少女。

「え!? あ! 知らない、知らない! わたし、キミのことなんか知らないよ!」

「でも、今」

 少女は好奇心に満ちた目で、ヘルメットの中を覗き込む。

 少女の視線をヒョイヒョイかわす白いレイヤー。その攻防に、呼び出し音らしきものが水を差した。

「あ、ゴメン。ちょっと通信入った」

 白いレイヤーは、ホッとした様子で通信装置らしきものを操作した。

「もしもし、わたし、わたし」

「え、今? う~んと、ちょうど中間点あたりかな?」

「違うよ! 道草じゃないよ、人助けだよ!」

「ホントだって! 信じてよ!」

「了解、了解! すぐ向かうってば!」

 そこまで言って、少女のほうへとクルリと向き直る。

「じゃ、悪いけど急ぐから!」

 そう言い残し、彼女は常人離れした跳躍力で飛び跳ねた。しかして、その姿は、あっと言う間にビルの谷間へ消え去った。

「いやー! お仕置き、いやー!」

 遠くのほうで、白いレイヤーのものらしき絶叫がこだまする。

 残された少女は、しばらく白いレイヤーが消えた方角を呆然と見つめていた。やがて、足元の穴に視線を落としてつぶやいた。

「ここ、道路だから往来妨害罪か……」


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