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乙女椿の花落ちつ

作者: 酒田青

 散りてこそ花、されど落ちつる花はいかに。乙女椿なるはかく美しき花、されど散らず、すべてそのままに落つる花なり。われ思へども、かの花は世の乙女の恋のゆくへを表すものにあらぬか。乙女の恋は散る。美しきも醜きも散りぬ。乙女椿の花々は、乙女の恋の散りぬを知り、いとあはれに思ひ、思ひ余りて、つひに落ちぬべし。乙女椿よ、なはいかに優しき花ぞ。

     *

 これはわたしの母が遺した日記の抜粋である。母は少し変わった人だったが、日記までもが変わっていた。擬古文。何て酔狂な日記だろう。きっと時間もかかったに違いない。

 母は恋多き人だった。すれ違っただけの人に恋をしては失恋していた。最後の恋は、始まった瞬間に終わった。母は車道の向こうを歩く男を追いかけ、大型トラックにはねられて死んでしまったのだ。

 さて、わたしは今、狭い庭に面した縁側のガラス戸の内側にいる。庭には乙女椿。ピンク色の、バラのように可愛い花が咲く木だ。母はこれが好きだった。

 葬式も初七日も終わり、わたしは親戚や友人に煩わされず自由に過ごしている。小さな木造の家の中で。

 最初はほっとしたが、最近、この暮らしは大していいものではないと思い始めた。乙女椿が落ちるのである。一つ、二つ、三つ。偶然ならいいが、落ちただけ咲き、また落ちる気がする。

 わたしは母の日記を読み、この現象に理由を、それも非現実的な理由を与えねばならないように思っている。

 乙女椿が落ちる。恋多き母の散った恋の数だけ。明日には三つ、明後日には七つ、明々後日には二十くらい落ちているだろう。

 それは母の妄執を思わせるようで、少しぞっとする。

《了》

 普通続きがあるんでしょうが、思いつかないので、というか擬古文で力尽きたのでここで。2013.1.5.花木静

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― 新着の感想 ―
[一言] なんと美しく、そしてまた怖ろしいのだろう・・・と思いながら読みました。 このようなそこはかとなく漂う美しさに触れると、本当に美しいものは目には見えないという確信めいたものを感じます。 他の作…
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