生まれ変わったら何になりたい?
「生まれ変わったら何になりたいか?」
「そう、何になりたいのかな?」
ここは、日本のとある県のとある市のとある小さな学校の屋上。
分厚い雲に覆われた、けど、時々小さな満月が顔を出す時間帯。
そこに居るのは、制服を着た少女と。
黒いコートを着て、同色の帽子をかぶった男。
「君は今、生まれ変わろうとしている。違うモノになろうとしている」
「なら、何になりたいんだい? どうして変わりたいのかな?」
男が少女に向かって問う。
「自殺志願者にそんな事を聞いてどうするの? アンケートを取って番組でも作るつもり?」
少女は敵意をぶつけるように言った。
「そうね、もし、輪廻転生なんてことがあったとして、なりたいものと言えば…………………」
「雑草、かしら?」
「雑草だったら、自分の生きることだけに専念できる。雑草だったら、自分のことだけしか考えられない」
「そんな雑草になりたいわ」
少女は、あっさりと、でもどこか寂しそうに答えた。
少女には、家族がいなかった。
父も母も自分を捨てて、どこかへ行ってしまった。
友達もいなかった。
話しかけても、少し仲良くなったら、必ず亀裂が入って友を失くした。
「私みたいなのが居ても、居なくても。結局何も変わらない。世界は何も動かない。自分に価値がないのなら、居ない方が楽でしょう?」
もう、人と関わりたくない。
誰かのことを考える余裕もない。
誰かの役に立つなんて到底無理だ。
自分のことに関しても、段々首が回らなくなってきていた。
だから、死のうと思っていた。
誰にも関わりたくない。
そう思っていたから、ここに来た。
死ぬためにここに来た。
「君は雑草になりたいのか。ふむ、中々斬新な意見だね」
でも、少女はふと、こう思った。
どうして私は人と関わりたくないのに、この男としゃべっているのか?
「君はさっき、自分がいなくとも世界は変わらないと言ったね。でもそれは間違いだよ」
「たとえば、君がいなくなれば、君が見ていたテレビ番組の視聴率が変わる。君がいなくなれば君がいつも行っていた学校に通う生徒の数が減る。他にも君がいなくなると変わることなんていくらでもあるんだよ」
「……………屁理屈だわ」
「それだけじゃないさ」
「君が見てきたもの。君が君の眼で見て君の耳で聞いて君の鼻で嗅いでいたものが、君だけが見てきたものが消えるんだよ」
「? ……………意味が分からないわ」
「要するに君が『見た』世界が消えるんだよ」
「『見た』という事実は変わらないけれど」
「それを伝える術は消える」
「そんなことは勿体ないと思わないかな?」
言ってる意味が分からない。けど
「私が今まで見てきたものに価値なんてない」
「そんなものを伝える意味なんてない」
「だから私はここで死ぬ」
結論は変わらない。
こんな奴に付き合ってる暇はない。
「………そうか」
男の声が、悲しそうな色を帯びた気がした。
「君が自らの意見を曲げないなら、僕はもうどうしようもない」
「だが、これだけは言わせてくれ」
「君は、幸せに生きたかったか?」
「……………………………………」
少女が言葉を詰まらせる。
「幸せに生きていれば、こんなことはしなかったと言えるかい?」
「もしそうだとしたら、君はもう少し学べるはずだ」
「楽する道を歩いてもいい。苦難を選ぶのも君次第だ」
「選ばされた道を進むのが嫌なら、自分で道を選んでみなよ」
「悩むこともあるだろうし、苦しむこともあるだろうさ」
「幸せにはなれないかもしれない」
「けど、自分の力で作ることもできるだろうさ」
「迷ったら、誰かに頼ればいいさ」
ゆっくりと、静かに言って、男は小さく笑った。
「生まれ変わりたいと思ったら、またどこかで会えるだろう」
次の瞬間、男は居なかった。
けれど、黒い帽子が一つ、空を飛んでいたように見えた。
少女は、夢を見ていたような気がした。
そして、少女は
「いってきまーす」
「あら、もう行くの?」
「今日はなんか入学式の準備するんだってさ」
少女は結局、自らの命を絶つのをやめた。
男の言葉がどう響いたのかは少女にもわからない。
「幸せ、か」
何か言った?という母親に何でもないよ、と返した少女は、ほんの少しだけ考えた。
結局、あの男は何だったのだろう?
もしかしたら、少女が見たのは幻だったのかもしれない。
死にたかったけど死にたくなくて、そんな心が魅せた幻影。
もしかしたら、そうなのかもしれない。
けど、少女はあの時の問いかけを、今でも幻ではないと思っている。
『生まれ変わったら何になりたい?』
その時の答えと今の答えは、少しだけ変わっている。




