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柘榴石の懸念  作者: あまめましゅう
3.隠れ家
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02

 用意されていた部屋は、質素だが、きちんとベッドと着替えが用意されていた。早速着替えて、冷えきった髪を手拭いで覆う。服は麻の白い上下で、今まで布がたっぷりと使ってある服を着ていたせいか、幾分心もとない気分になる。

「用意ができましたら、食堂にお越しください」


「マヤさん、アルは兎も角、あなたは一体何者なんだ?」

 問い掛けに、立ち去りかけたマヤは足を止めた。


「――メイドです」

 それがなんだと言わんばかりである。


「そうじゃない。あなたはそんな格好をしているが、本来は違うのでは?」

「……アルシオン様がお待ちです。その話は後で伺いましょう」

 話は打ち切りとばかりに、マヤは扉を閉めて行ってしまった。

 やはりガードは固そうである。


「参ったね」 

 だが、その口元は笑っている。

 いくら隠し事をしても、必ず掴んでみせる自信が彼にはあった。

 このことは雨が降っている間には、聞き出さなければならない。それも、重要なピースの一つに違いないのだから。

 そのためには、会話が必須項目だ。意気揚々と食堂に顔を出したが、そこにはアルシオンはいなかった。マヤに尋ねると、考え事をしたいからと自室で食事をしているという。

 初っ端から期待が外れ、がっくりとしたオーレリーはのろのろと席に座ったが、目の前に置かれた貧相な食事に顔が引き締まった。

 目の前に置かれた底があまり深くない皿には、昨日少女から分けてもらった豆粥が入っている。おそらく彼女も今、これと同じものを食べているのだろう。そう思えば、今度は素直に食べることができた。

 もし一ヶ月もここにいることになるとしたら、自分も骨と皮になるだろう。





 オーレリーはまた、無駄に幅が広いだけの廊下を、自分で造り出した明かりを先頭に歩いていた。

 食事はマヤと(監視されつつ)食べたのだが、無言の圧力で、彼女の口を開かせるのは無理だった。やはり主人から陥落させなければ、従順な(?)部下は手懐けるのは難しいようだ。

 ため息をつきながら部屋の前まで来て――、ちょっと戸惑った。

 扉の隙間から明かりが漏れている。部屋には蝋燭はない。


 では、中に誰がいるのだろう?


 彼は普段から足音を殺す習慣があったので、ぴたりと壁に身を寄せ、中の様子を窺った。

 雨音の激しい音ばかりが響き、中からは物音も聞こえなければ、何の気配もしない。そろそろと扉に近づき、ドアノブに手を掛けたところで、止まった。


「お入りなさいよ。そんなに緊張することないわ」

 聞いたことのある女の声が、中から彼に呼びかけたのだ。


 オーレリーは全身の力を抜いて、迷わず扉を開けた。

 天井の真ん中には、皓々としたこぶし大の明かりが浮かんでいる。

 のんびりとベッドに腰掛けている女性に、彼は呆れた目を向けた。

「あー…ザクロさん?」


「失礼ね! 私にはクロエ・グリシャという、立派な名前があるのよ!」

 昼間、牢屋で会った女性だった。こうして明るいところで改めて見ると、瞳は黒いのではなく、深紅のようである。


 しかし、どう見ても彼女が精霊だとは思えない。


「そうか。じゃあ、クロエ。どうしてここにいるんだ?」

 扉を閉めて、オーレリーはその扉に寄りかかった。

 その問いに、彼女はにっこりと魅惑的に微笑む。

「アルシオンを見に来たのよ。まさかあなたもここにいるだなんてね。どうして?」

 質問で返され、少女が彼女と知り合いだというようなことを言っていたことを思い出した。

 それで、大まかにこれまでの経緯を話すと、クロエはだんだん難しい顔つきになった。


「あなたに教えてあげるわ。あの子が望んでいるのは、復讐よ」

「復讐?……お姉さんのか?」

 クロエは深く頷いて、ため息を吐いた。


「まだ彼女の遺体は見つかっていないけれど、十中八九死んでいるでしょうね。それをあの子は分かってる。首謀者が町長なのもよ。

 私はあの子を止めないわ。あの子なりの理由があるはずだし、町長――あの男は、私を捕まえて、単なる道具にしか見なかった! 私には森の番人という役割があるのに! 【生命の木】の役割を理解しない男が、この町を支配するだなんてとんでもないことよ!」

 一気に言い放ち、それで落ち着いたのか、クロエは続けた。


「この町がシシロと呼ばれ、繁栄しているようになったのは、ひとえに【生命の木】があり、その恩恵に預かったからなのよ。それを、あたかも自分の功績のようにするだなんて。恥知らずもいいところだわ」

「それじゃあ、【木】についての知識は、誰よりも叩き込まれているんじゃないか?」

 そこで、いきなりクロエは威勢をなくし、肩を落とした。


「……そうよ。町長は元からあんな性悪だったわけじゃない。町長になる前に、都市に出たのが悪かったのか良かったのか……。

 いつまでも純粋でいろとは言わないわ。無理な話だからね。

 でも、彼が学んできたことは、役に立つことも多かったけれど、町の人に受け入れられないことも多かった。だから、こんなことになってしまったのかしら……」

 期待の青年は、勇んで泥沼に身を投じ、心を塗り替えられてここに戻ってきた。彼は町と金を手に入れることができただろう。


 では次に、何を手に入れたいのだろうか。


「町長は、アルを追い回してどうするつもりなんだ?」

「アル? アルシオンのこと? そんな風に呼べるのは、きっとあなたぐらいね」

 なぜそんなことが言えるのかと尋ねたが、自分で考えろと切り替えされた。


「町長が追うのは、あの子が最後の壁だからよ。

 ねぇ、きっとあなた、そんなだからアルシオンに信用されていないのね。どうせ自分のことは、何一つ言わないんでしょう。そんな男、モテないわよ」


 余計なお世話である。彼には彼の事情があるのだから。

 オーレリーが返事をしないうちに、クロエは彼のことをじっと見ていたが、ふっと軽い息を吐いた。


「仕方ないわねぇ。女心を理解するようになさいよ。

 ま、今日は遅いことだし、この辺で失礼するわ。おやすみなさい」


 クロエはオーレリーが止める隙もなく、一瞬にして消えてしまった。

 白いシーツに取り残された皺を伸ばして、そこに座り込み、今度はオーレリーが息を吐いた。

 今日もなんとも慌ただしい日だったことか。少女とマヤと精霊と……。考えるだけで全身に(特に頭に)ずっしりとした疲労を感じ、そのままぱったりとベッドに大の字になった。そうして意外と柔らかい布団を肌に感じながら、ゆっくりと意識が薄れていくのを感じる。


 最後に頭に浮かんで消えたのは、嫌そうな顔でオーレリーを睨む、アルシオンの顔だった。


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