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02

 首をひねって振り返れば、雨でびしょ濡れの武装した(といっても、片手に斧を持つ程度だが)ごつい男たちが数人入ってきた。


「お前が旅人か?」

「まぁ、そうだが」

「名前と出身地、それから所属を言え!」

「はぁ?」


 突然の乱暴な物言いに、オーレリーは不服の声を上げた。いきなりやってきて、それはないだろう。

 すると、奥から初老の男が進み出た。顔に皺が深く刻まれ、窪んだ目が鋭くオーレリーを検分する。


「不審人物に素性を尋ねるのは、町を司る者にとって、当然の義務だろう」


「なるほど。義務なら仕方ないでしょう。でも、それほどの人が礼儀を守らないのは感心しませんね」


 周りの男たちが殺気立つ。


「礼儀だと?」


 おそらく今まで、逆らう人間はいなかったのだろう。各々が手に力を込めて、オーレリーににじり寄ろうとした。


「おっと、暴力も感心しないよ。全てそれで片づくなんて思わない方がいい」

 オーレリーは緊迫感などない様子で、立ち上がった。

「あなたが名乗れば、こちらも名乗ろう。それが礼儀というものでしょう」


 男たちが一斉に身構えたが、口調の変わったオーレリーの目の先には、初老の男だけがいた。


「それとも、そんな礼儀すら分からない人が、この町を司っているのかな?」

 砕けた口調に切り替えたオーレリーに、からかわれたと思ったのだろう。


「挑発はやめてもらおうか」

 初老の男は呆れたように、ため息を吐いた。

「わたしは町長のアマンダだ。これでいいかな?」


「俺はセナのオーレリーだ。他に何か用が?」

「セナなんて地名は聞いたことがない」

「では、ウィトワでは?」


 そこにいる全員が、はっとオーレリーに目を向けた。


 ウィトワは大陸最大の国、ランドールの魔術都市である。この都市がセナとも呼ばれているのは、絶対神ディオスが住まう国、セナを見立てているからである。この魔術都市は教会をも兼任しているのだ。


「そんなところから、一体何の用だ」

「仕事があるから来たのさ」


 さらりと受け流したが、疑惑の目は注目したまま離れない。


「セナから来たといっても、お前は僧職者じゃないだろう」

「ああ、そうだとも。ところで町長、聞きたいことがあるんだ」

 その口元は強気に微笑んでいる。


「町長、あなたもあの幽霊を見たのかな?」

 その一言に男たちはざわめき始めたが、町長は一人だけ顔色を崩さなかった。


「ああ、見たとも。それより、わたしからもお前に聞きたいことがある。答えてもらおうか」

 オーレリーは眉を顰めたが、どうぞ、と促した。


「お前は昨日、ブロア氏のところに行って、昨日までの嵐を止めてみせると言っていたそうだが、本当か?」

 オーレリーは軽く頷く。

「確かに言ったな」

 町長はそうか、と含み笑った。


「その後、アルシオンの家に行っただろう。あの娘は何かを隠してる。二人で何を話した?」

「どうしてそんなことを聞く?」

「あの娘は、誘拐犯を匿っているからだ」

 どうしてそうなる、とオーレリーは心なしか頭が痛くなってきた。


 身内を疑うのは常套手段だが、その娘が一番姉の行方を追っていることに、ここにいる誰も気づかないらしい。


「それなら、本人に聞けばいい」

「その本人が今朝になってから、行方が分からなくなってしまってな。昨日会っていたという君に、話を聞きたくてね」


 それなら話すことはない、とオーレリーが言おうとしたところで、いきなり背後に人が回った。

 店主である。

 それと同時に、背中に硬いものが押し付けられる。


 ナイフだった。


 押し付けられている切っ先が、肌に痛い。


「大人しくしてくれるか」

「そういうことかい」

 オーレリーは諦めて、両手を挙げた。


 店主が町長とグルなのは、町長が入ってきたときから分かっていた。最後の晩餐(?)は質素だったが、食べられただけ良かったかもしれない。


「それじゃあご同行願おうか、オーレリー君」

 町長はにやりと笑って、そう言った。


「参ったなぁ、どちらまで?」

 全く心配などしていない気楽な声で尋ねるオーレリーに、少し苛立ったように町長が答えた。


「君の望むところだよ。食料と屋根のあるところだ」

「それは結構なことだね」


 さっさと行け、と追い立てられ、オーレリーは連れていかれた。


 残ったのは店主だけである。

 静まり返った店内の中心で、店主は深くため息を吐いた。

 そして踵を返し、二階に上がって真ん中の部屋に入った。


「これでいいのか? アルシオン」

 ひそめられた声の先、ベッドの上に座っているのは、やはり頭に布を巻いた、小さな女の子である。


 アルシオンだった。


「いいんだ」


「いい加減、その口調やめないか」

 顔を顰めて店主が言うと、少女はにこりともせずに首を横に振った。


「ああ、姉さんが帰ってこられたらな」

「またそれか。それよりも、この町を出た方がいいんじゃないのか」

 少女は小さく苦く笑った。


「何度目だろう? すまないが、それは絶対にできない」

 即答もいつものことだった。少女はいつここに来ても、絶対に長居しないし、店主に食料の無心もしない。店主が引き止める間もなく、彼女は立ち上がる。


「それじゃあ、もう出る。もう来るつもりはないから、安心しろ」

「アルシオン、俺は構わないぞ」

「そこまで迷惑をかけるつもりはない。じゃあな」


 捨て台詞を残して、少女はさっさと窓から砂の代わりに雨が吹き荒れる外に飛び出していった。

 この部屋の窓は建物の死角なっていて、人に見つかりづらいのだ。


 店主が窓に駆け寄ったときには、窓の下には既に少女の姿はない。窓を閉めてカーテンを引いた。

 店主は姉妹を小さいうちからよく知っていて、今は密かにアルシオンの手助けをしていた。一年前にクーア=パチルが失踪して以来、状況はとても苦しくなっている。頑なに姉の犯行を否定し続けているアルシオンは、町長を初め、多数の人から疑惑の目で見られていた。そのために、店主は容易に彼女に近づくことすらままならない。


 雨は今も豪雨となって、砂嵐の終わりを叫んでいた。



 これが悪夢の終結になれば、と心から思う。


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