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柘榴石の懸念  作者: あまめましゅう
9.冷たい指先
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08

最終話


「よかったね、おかあさまがゆるしてくれて」


 少女は蔓でぐるぐる巻きにされた、自分の腕を睨んだ。生意気な口を叩く光を、指で弾こうとする。

 が、光は器用に避けて、きゃんきゃんと騒いだ。


「なんてことするんだ! しんでもいいの?」

「死にたくないけど、お前の減らず口をふさげるなら、少しくらい痛い思いをしても構わない」


 冷えた声で、もう一度光を指先で狙う少女を本気と見て、子どもはしおらしくごめんなさいと謝った。

 だが、少女は皮肉そうに口を歪めて、笑う。


「面の皮が厚いことだ。ま、それでいいだろうよ。下手に口を挟まないなら、な」

 含みのある物言いに、さすがに子どもは黙った。

 こいつは、オーレリーよりもタチが悪いかもしれない。

 少女はそう思いながら、【森】の出口を目指した。これでいいのだと、自分に言い聞かせながら。


 姉の形見になったネックレスを握りしめ、オーレリーの待つ外へと急ぐ。

 良かったじゃないか。姉はあそこで、ゆっくり眠れるのだろう? もう消えてしまった姉の意識も、これでゆっくり眠れるじゃないか。もう、失望の夜を過ごすことはない。

 そして、自分も。


 ようやく顔形がはっきりと見えてきたオーレリーは、仁王立ちで少女を待っている。

 彼は、この腕を見て、何と言うのだろう。


 予想通りか。

 失望するのか。

 どちらにしろ、これで彼が少女を置き去りにする危険は減ったわけだ。

 暗澹とした気持ちで、明るい世界に足を踏み出す。


 彼女の姿を認めたオーレリーには、変化は見られなかった。顔に巻いた布のせいだろうか。

「おかえり」

 少女が獣と姿を消したことを、責めもしない。それどころか、驚くとかがっかりした影もない。あまりに平然としていて、目の前にある少女の蔓に巻かれた腕など、目に入っていないようだ。


「……どうしたんだ?」

「これが、狙いだったのか?」

 問い返され、オーレリーは顎に手をやってから、やっと少女の左腕を見る。


「まさか。アルは魔法を無効化するから、【木】に対しても同じだと思ってただけだよ」

 暢気な返事に頭痛がする。そんな曖昧な状況で、人に危険な役を任せたのか。


「怒るなよ。俺だってアルが、【木】に適合する体質だなんて思わなかったんだから。いいか、【木】に適合できる人間なんて、そういやしないんだぞ」

「……お前、約束通り、ちゃんと説明しろよ。ルミエラは判事とか何とか色々言ってたけど……、本当なのか?」


 オーレリーはあっさり頷いた。

「そうだとも。アルは種を取ってきて、俺が寄生されるつもりだった。この子を、俺はセナに、いや、ウィトワに連れて行くつもりだからな」


 でも、と首を傾げる。

「契約は完全じゃないみたいだな。それじゃあ、残りは俺が引き受けよう」

 そう言って、少女の左腕に人差し指を押しつけた。


 戸惑う少女を無視して、オーレリーは呪文を唱え始めている。

 契約は、二人に分けても構わないものなのか。

 色々疑問は噴き出してくるが、呪文は止まらない。しかも、呪文に反応した蔓が、どんどん体に染みこんでいく。

 まさか契約を引き受けると言いながら、実は少女に契約を全て押しつけようとしているのではないか。


 その可能性に気づいたのと同時に、オーレリーの呪文が完成してしまう。

 人差し指に触れられているところから、何かが吸い取られていくような、奇妙な感覚が少女を襲った。貧血を起こしたように、意識が遠のくのを必死で抑える。

 その霞みかけた視界で、オーレリーが蔓に包まれていくのを、見た。


 だが、何も考えられない。息が苦しい。足が震えて、体を支えきれなくなる。地面に崩れ落ちそうになったところで、腕を掴まれて引っ張り上げられた。


 酷い眩暈に襲われて、少女の目の前は真っ暗である。

「しっかりしろ。ほら、ゆっくり座れ」

 体を支えられながら、地面にゆっくり座った。次第に呼吸が楽になり、目の焦点が定まってくると、目の前にオーレリーが顔を覗きこんでいるのが見えた。


「今のが、契約?」

 彼の見た目は何の変わりもない。だが、そうだと捲った左腕の二の腕まで、木を表す緑の刺青が入っていた。


「契約の残りって、何だったんだ?」

 尋ねたが、そんなことよりも休めとはぐらかされる。

 釈然としないが、まだ重だるい体を持て余し、少女は深く息を吸いこんだ。





 口を閉じた少女に、オーレリーは安堵した。納得したとは考えられないが、今はそこまで知らせない方が良いと思うのだ。契約が不完全だったのも幸いした。【木】との契約は、死ぬだけではすまない。


 顔を出した太陽の眩しさに目を細めながら、これからのことを考える。

 少女を連れて行くのは、この際諦めるとして、気掛かりなことがあった。


 スタンリーである。

 あの男が落としていったとと思われる(渡したとは考えにくい)指輪のせいで、城が全焼してしまった。確かに倉庫は残ったが、中のめぼしい物はすっからかんになっている。あの城は隣国の遺産であり、貴重な資料になるはずだったのに。

 あらかじめ下調べをした時、ここに隣国の遺産があると聞いて、胸を躍らせていただけ、ショックは大きかった。何せ、長い戦争に明け暮れた挙げ句に荒れ果てているとはいえ、その昔は巨大な魔法大国だったのだから。

 今では、いつの頃から魔法が廃れ、鉄の塊に縋るようになっている。


 その歴史を探るという点でも、彼の学者魂を擽っていた。それなのに、だ。目の前でご馳走を奪われてしまっては、元も子もない。

 これは判事としての任務ではなく、個人的な理由だが、実際スタンリーが闇市で品物を売り捌いてしまったら、国にとって大きな損失となり、損害になるかもしれない。

 彼が盗品を持ちこむだろう店の目処は立っているが、果たして間に合うだろうか。

 そう思うと、いても立ってもいられなくなる。

 彼の足下に蹲る少女は、貧血を起こして立てそうにもないし――。


「……早く、行こう」

 見下ろすと、少女は既に立ち上がろうとしていた。

「そんな、急に立ち上がったら、」

「早く行こう!」

 切迫した声に、よく少女の顔を見ると、苦渋が滲んだ酷い顔つきをしている。

「早く行こう。あたしはもういいんだ。もう、いいんだ」


 自分に言い聞かせるように、少女は遙か先を見ている。

 後ろを振り向かないのは、【森】と決別したからだろうか。少女が獣についていったということは、……何かしら【森】の中で見たのだろうから。


 立ち上がるのさえ億劫そうな少女に、思わず手を差し出す。

 無視されるかと思ったが、少女は素直に手を出した。

 先日から、慣れない家事に勤しんで荒れた手を握ると、皮膚の下に血が通っているとは思えないほど、冷たい。


 オーレリーは無言で少女を引っ張り、少女も俯いて、それ以上は言わなかった。

 立ち上がった少女をまじまじと見ると、一回り小さくなったように思う。それは仕方ないか、まだ少女は――。そういえば、いくつなのだろう。


 話題を逸らすために、わざとらしいが軽く質問してみる。

「十八だ」

 短い返事に、そうかと頷いて、頭の中で反芻した。


 ……。


「……十八? アルが?」

「何でそんなに意外そうなんだよ」

「何でって、どう見たって十三か十四、」

 そこで、勢いよく下から拳が繰り出された。間一髪で避けたが、さっきまでの弱々しさはどこに行ってしまったのだろう。


「お前が女扱いされるのと同じくらい、あたしは年のことを言われるのが、大っ嫌いなんだ。よく覚えておけよ」

 煮えたぎる怒りを孕んだ声に、頷くことで許してもらう。


「そんなこといってないで、はやくいこうよ!」

 どこからか聞こえてきた、甲高くはしゃいだ少年の声に、少しどきりとした。

 声は、少女の左手辺りから、聞こえてくる。


「メル、早く人型になれるようにしろよ」

「それなら、はやくひとのいるところにいかなくちゃ!」


 どんな格好になればいいのか、分からないらしい。

 少年は浮かれて少女を促したが、少女は益々顔を引きつらせて、黙って歩き始めた。


 少年の騒ぎ声と、陰鬱な少女の後ろ姿をぼんやりと眺めて、オーレリーは旅が一時的に賑やかになるのは、嬉しいことのはずだと、自分に言い聞かせた。それでも、山積みになった懸念は解消されることはない。

 彼はため息を喉の奥に押しこみ、少女を追いかけることにする。


 次の旅に、出るために。







 それから三年。

 旅人が【森】に入ったことにより、シシロはほぼ廃墟となった。

 だがそれは、旅に出た三人は、知らぬ事である。

 ――今は、まだ。








最後まで読んでいただきありがとうございました。

実は続きものなんていうありがちなパターンですいません。

よろしければご感想などいただければ嬉しいです。

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