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柘榴石の懸念  作者: あまめましゅう
9.冷たい指先
38/43

03

 オーレリーが城の火災に気が付いたのは、城の姿がはっきりと見えるようになってからだった。

 高い塔の窓から、赤い光と黒い煙が立ち上っているのが目に飛び込んできたのだ。


 二人は慌てて走り出したが、城の全体を見渡せる一本道に出た時点で、とうに手遅れだということを悟る。火は城全体をくまなく駆け巡った後のようで、どこの窓からも炎が吹き出している。


 その前に立っている、小さな人影を見つけ、オーレリーは駆け寄った。


「アル! 何してるんだ! 早く離れないと」

 少女のか細い肩を掴むと、弾かれたように彼を振り返る。

「……アル、」

 少女は生気を抜かれたような顔で、オーレリーを見返した。小刻みに頭を横に振ると、また城に目を向ける。

 様子がおかしい。


「……なんで燃えてるんだ。ブロアはどうした。スタンリーは?」

 まさかとは思うが。


「……まさか、あんたが放火したってのか」

「違う!」

 返事はすぐに返ってきたが、こちらの目は見ずに俯いたままだ。


「そうじゃない。あたしはそんなことはしていない。お前を捜しに【森】まで行って、帰ってきたらこうなっていたんだ。あたしはやってない!」

「じゃあ、どうしたんだ?」

 勢いよく捲くし立てられて、目を白黒させながら尋ねると、迷うように少女の目が揺れる。


 しかし、今度はしっかりとした返事が返ってきた。

「ここは思い出の詰まった場所だし、何より、姉さんが大切にしていたものが隠してあったところなんだ」


「つまり、火の元は分からないということですね」

 いきなり口を挟んできたクラエスに、少女は驚いたらしい。目を大きく開いて、すぐには声が出ない様子だ。

「そんなに驚くなんて、元婚約者としては傷つくなぁ」

「……クラエス、どうしてここに」

 クラエスは愚問だとばかりに微笑む。


「マヤおばさまからの連絡が途絶えてね。君が心配で遠路遙々やってきたというわけだよ」

 芝居がかった口調と身振りをするクラエスは、とても貴族には見えない。

 少女は慣れているのか、少し落ち着いた表情で礼を述べた。


 クラエスは彼女の両肩に手をかけてから、ゆっくりと抱きしめる。

「マヤおばさまの葬儀を出そう。……自分のせいだと思わないでくれよ、アルシオン。おばさまは自分で自分の面倒を見ると言って、お前についていったのだから」

 少女の頭を軽く撫でながら、子どもに言い聞かせるように言う。


 少女は抵抗はしなかったが、彼の胸に崩れ落ちた。




 心が冷え切って、凍傷を起こしそうだ。




 自分を呼ぶ声と同時に、手が目の前まで伸びてきた。

 嫌だ、触らないで!


「アルシオン!」

 唐突に視界が開けたと思うと、目の前クラエスの顔が迫っていて、今自分がどこにいるのか混乱した。

 肩を押さえつける力の強さに顔を歪め、肌に触れる敷布の感触に、自分が寝ていることに気づく。


「……大丈夫かな?」

 ほっとした顔で離れていくクラエスに、まだ頭が混乱している少女は、周囲をきょろきょろと見渡した。

 天井、壁、家具、そのどれもに既視感がある。

 正常な機能を果たしていない脳を叩き起こして、ようやく理解した。


 侯爵家の、客間だ。


「ああ、起きたのか。人騒がせな奴だなぁ」

 扉を開け閉めする音がして、そちらに顔を向けると、口をへの字に曲げて相変わらず顔の半分を隠した白い顔が見える。


「そう言わないでくれよ、オーレリー。君の話だと、彼女はまだ混乱してるんじゃないかな」

 笑ってたしなめるクラエスに、ぼんやり自分が倒れたことを思い出す。


 昨晩はとても静かな夜で、一睡もできなかった。おまけに燃え盛る炎が姉の記憶を呼び起こし、もう少しで火の中に飛び込んでいたかもしれない。

 そこで暖かい腕に支えられて、多分緊張の糸が切れたのだろう。


 そこまで思い出して、顔が強張った。

 クラエスはマヤのことを口にしていた。オーレリーが喋ったのか。

 少女はまだ遺族にどんな顔で会えばいいのか、決めていなかった。マヤを殺した魔族は自分の手で討った。しかし、だからといってマヤが生き返るわけではない。


「クラエス」

 とにかく謝らなければと、口を開いたが、振り返った彼の顔を見て、続けられなくなった。

 視界が滲み、口は固く引き結んでいなければ、謝罪とは違うものがこぼれ落ちそうで、奥歯を強く噛み締める。


「……アルシオン、悩まなくていいと言っただろう? 泣きたいなら泣けばいい。おばさんは怒ってないよ。それよりも、ここで躓くようなら、おばさんはそっちを怒ると思うな」

 淡々というクラエスの瞳は、酷く優しい。


 そうだ。確かにマヤはそういう人だった。目を閉じると、マヤの笑顔が瞼に映る。

 頬に一筋熱いものが伝う。

 あの時の、焼け付くような引き裂かれた胸の痛みから出た涙ではない。

 もう冷え切ったはずの胸の奥から溢れてきたものだった。

 そんなことはない、と動揺する。自分はそんなに弱い人間だったか?


「弱いことが悪いことだと思うなよ、アル。完璧な人間なんて、詰まらないんだから」

 目を開けると、オーレリーが微笑んでいた。


「……だからといって、あたしの罪が許される訳じゃない」

「そうさ。一生背負っていくしかない。そうやって償っていくしかないのさ」

 何を分かったような口をきくのかと睨みつけたが、彼はけろりとした顔のままである。


「アルシオン、体を拭いてから着替えて下に来て欲しいんだ。城の焼け跡のことも話したいし、町の人のことも考えなくちゃいけないからね」

 クラエスが湯の入った桶と服を指差す。

 それを見て、自然と少女の背筋が伸びた。そう、考えなくてはいけないことは、まだまだ山積みなのだ。自分の感傷なんて、今持ち出すことではない。


 二人が出て行くと、少女は自分が着ている服がびっしょり濡れるほど汗だくであることに気がついた。

 もう覚えていないが、寝ている間に見ていた悪夢のせいだろう。服が肌に張り付いていて気持ちが悪い。


 急いで体を拭き、用意されていた服を着て階下の居間に行くと、二人が腕を組んで睨み合っていた。

 オーレリーが戸口にいる少女を見つけて、椅子に座れと手招きする。それに従い、彼女は椅子に腰を下ろす。


 先ず先手を打ったのは、クラエスである。

「城の焼け跡から、十数人の男女の死体と、地下部分から焼死体が見つかった。この人に確認してもらったところ、ブロアという男だった。出火元は、魔法の品らしいんだが……」

「その出火元になった魔法の品っていうのが、これだな」


 言葉を継いで、オーレリーは少女の目の前に何かをかざして見せた。

 それを見て、少女は息を呑む。


「姉さんが嵌めてた婚約指輪……!」

「アルが言ってた大切な物っていうのは、これだな?」


 差し出されるままに受け取り、彼女はまじまじと眺める。指輪には、円に沿うように一筋紅い線が走っている。この石はザクロ石で、婚約の祝いにと、姉がルミエラとクロエからもらった物だった。


「出火原因は、その指輪の裏側に彫ってある文字だろうな。……読めないだろう? そこには、こう書いてある。いかなる者も私に触れる者は、業火に巻かれて死ぬだろうってね」

 淡々とオーレリーが言う。


「……どういうこと」

 少女は険しい顔で尋ねる。


「この持ち主に敵意を抱いている人が持つと、文字通り燃やされるってことだよ」

 ブロアが死んで、城も燃えてしまったと?

 そんな、と少女は呻いた。


「ブロアは牢屋に入っていたはずだ! 秘密の部屋に入れるわけがない!」

「そう、ブロアは入れないが、スタンリーならどうだ?」


 そういえば彼の姿が見えないが、彼の犯行としては無理がある。

「あいつが盗んで何になると言うんだ」

「それが残念なことに、とても深く関わってるんだよ」

 どういうことだと探る目で見る少女に、オーレリーは肩を竦めて見せた。


「こちらさんによると、彼の仕事は賞金首を捕まえるだけじゃなく、遺跡を盗掘することでも有名だそうだ。まぁ、確かにああいった遺跡に近い城には、隠し扉や隠し通路がごまんとあるだろうが、あの人にしてみれば、簡単な仕事だったんじゃないかねぇ。城を燃やしてしまったのは、倉庫以外は特に価値を感じなかったからだろう。遺跡っていうのは、大抵魔法で保存されているものだから、倉庫以外は全部燃えちまったしな」


「……、おかしいじゃないか。それじゃああいつが賞金首だろ?」

「それが国に出す物と、私物化する物をきちんとわけているらしい。裏では荒稼ぎしてるって話だ。でもそれは、確かな話じゃないし、うまいこと証拠も揉み消してるから捕まえられないらしいけどな」


 そこまで聞いて、少女の頭を鈍器で殴られたような衝撃が走った。

 スタンリーが裏道を隅々まで知っていたとすれば。


「ついでに言うと、その秘密の部屋からはごっそりとめぼしい物はなくなってた。あいつが盗んでいったんだろうよ」

 オーレリーは、少女がどこか遠いところを見ているのに気がついて、一旦口を閉じた。


「アルシオン?」

 クラエスが彼女の顔の前で手を振ってみせると、少女は目を大きく見開いて、クラエスを見上げる。


「そう。……あの部屋からはいくつも隠し通路がある。そのうち一つは、牢屋に繋がる道もあったはずだ。そこをあいつが通ったのなら、ブロアの手に指輪が転がりこんでもおかしくない」


 呆然と言う少女に、二人は口を挟まず注目した。

 少女の顔から血の気が失せて、蒼白になっている。


「この指輪に込められた魔法は、対象者を燃やすよう設定されてるんだろ? それじゃあ……」


 城が燃えたということは、城全体にクーア=パチルの憎しみが染みついていたということだろうか。

 そうかもしれない。町長は彼女に罪をなすりつけることに成功したが、その影に怯えたに違いないのだ。特に、幽霊騒動と砂嵐が起こるようになってからは。

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