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柘榴石の懸念  作者: あまめましゅう
1.可能性
3/43

03

 そう独り言を呟いたところで、耳元で風の音とは違う、鋭い音が後ろから通り過ぎていった。


「なぁ」


 目の前の石の壁に、だすっとナイフが突き刺さった。

 入り口で投げられたナイフと同じものである。


「さっき言ったことは本当か?」


 今回もまた、声をかけられたのはやはり背後からだった。

 ただし、今回は幾分年齢層が下がるかもしれない。


「そのためにこんな飛び道具を用意したのか?

 ――あー」


 意気揚々と彼は振り返り相手を見下ろして、ちょっと固まった。頬をぽりぽりと掻いてみる。


「うーん……――お嬢さん?」


 そう、目の前に立つのは、青年の肩までの高さしか背丈がない、女の子だった。先ほどの男と同じように、フードを被り、マントを着ている。しかしどう見ても、とがった顎といい、大きな瞳といい、どこをとっても十三、四の女の子にしか見えない。


 青年が戸惑っているのは、この点だった。


 この激しい砂嵐の中、ナイフ一本目標に向かって投げるのは至難の技である。ナイフは軽くて投げやすいが、その軽さゆえに風に押し流される可能性が高いからだ。しかも今回はともかく、入り口のところでは相当遠いところから投げたに違いないのだ。


 だからこそ、彼はナイフの投手が気になっていたし、会ってみたいと思っていた。

 だが、まさかこんな女の子だとは思いもしない。


「ええと、何かな?」


 女の子はきっ、と青年を睨みつけた。


「さっきから聞いてるだろ? 早く言え!」


 とても気の強いお嬢さんである。


 青年はまだショックから立ち直れていないのか、またもあー、と呟いてから、なるべく言葉を選んで提案した。


「こんな所で立ち話をするのも大変だし、疲れるから、どこか屋内で話せる所はないかな?」


 女の子は鷹揚に(傲慢に)頷いた。


「いいだろう、ついてこい」


 ついてこいじゃないだろう。ちょっと虚脱した状態で、それでも青年は女の子の後をついていった。

 彼は情報が欲しかったのだ。今のところ追い返されること二回目だが、こんな少女でも、大まかなことは話せるだろう。……逆ギレされなければ。


 連れて行かれたのは、町外れの小さな小屋だった。あまりに小さすぎて納屋かと思ったのだが、中から夕飯の支度をしているのか、微かに食べ物の匂いがする。


 少女は入れと言い捨てて、扉を開けて入っていった。彼もそれに続こうとしたのだが、扉の立て付けが悪いらしく、引っ掛かってなかなか中に入れない。半ば押しのけるように扉を開けてみれば、中には予想通り小さな寝台と囲炉裏があり、囲炉裏には火がついていて、鍋はことことと煮立っている。それにしてもこんなに崩れそうな家なのに、全く砂が入ってこない。補修はきちんとしてあるようだ。


「座れ。――それで、本当なのか?」

 床に示された敷物に青年が座る前に、少女はまた尋ねた。


 彼はせっかちだなぁ、と笑い、きちんと腰を下ろしてから口を開いた。


「何が本当だって?」


 少女は鍋の蓋を開けて、もうもうと立つ蒸気に目を細めながら、中を覗き込んでいる。


「この砂嵐を止められると、ブロアに言っただろう」

「さっきのあの小男のことか? どうやってそれを聞いた」


 そういうものの、青年に緊迫感はない。一応密室で交わされた会話とはいえ、あの集合住宅は相当ガタがきていたから、隣室で盗聴しようと思えば十分可能だろう。


「あたしは耳がいいんだ。それで、本当なのか?」

 蓋を閉めて、少女はきちんとこちらに向き直った。


「そうだと言ったら、どうするんだ?」


「それなら、あんたの知りたいことを教えてやる。ただし、後でできないというのは聞かないぞ。その時は、それなりの償いをしてもらう。

 ところで、あんたは以前この町に来たことがあると言ったな。本当か?」


 地獄耳にも程がある。


 今は敢えてそこは突っ込まない方向でいこう、青年は口元だけ微笑んだ。

「いいや。あそこでああ言っておけば店主も少しは話す気になるだろう?」


 すぐに追い出されてしまったが。


 少女は胡乱そうにちらりと青年を見たが、彼女もそこは流してくれるらしい。すぐに目線を外すと、軽く舌打ちした。


「それにしても、あんた、目が悪いのか? それでよく歩けるものだ」


 突然話が変わる。気まぐれなところは、年相応と言えるだろうか。言外に、それでどうやって嵐を止めるんだ、と言っているのかもしれないが。


 青年は笑って答えた。


「この目は見えすぎて困ってるんだ。だからふたをしてる」

「ふた? その布が?」


 青年は頷いて、本題に話を移す。


「それじゃあ、初めから聞こう。そもそも、【生命の木】とは何だ?」


「この地と魔界を繋ぐ穴を塞ぐための、栓だよ」


 即答に、青年はははぁ、と重苦しく納得した。そんな聖なる木が枯れ始めれば、低級な魔族が出てきてもおかしくない。こんな砂嵐は序の口だろう。


「では守護者とは?」

「【生命の木】に命の源である聖水を注げる、唯一の人のことだ」

「ということは、【生命の木】は聖水がなければ生きていけない?」


 そう、と少女はいつしか沈痛な面持ちになっていて、頷いた。


「それも、守護者の作った聖水でないといけない。【生命の木】は魔の力を吸い取ることはできないけど、抑える力は絶大だ。ただし守護者がいなくては話にならないけどな」


 それで、と青年は続けた。


「なぜ守護者はいなくなったんだ?」


 ここで初めて、少女が口篭もった。

「それは、ある日突然」

「真面目に話す気はないのか?」


 そう言われて、少女は少しだけ、口を閉じる。寝台に腰掛けると、軽く息を吐いた。


「いや、……一年前に消えてしまったんだ。彼女の姿はいつでも見れるわけではなかったから」


 そのまま下唇を噛んでしまう少女に、青年は軽く首を傾げる。


「……守護者に世代交代はないと聞いたが、それはどういうことだ?」

「彼女は老いもしなければ、死にもしないからだ。……彼女を支えていたのは、あたしの姉だった。姉は、彼女が消えたのと同時にいなくなってしまったんだ……」


 少女は初めの勢いを急速に失い、俯いてしまった。


 今、守護者は少女の姉が連れ去ったということになっているのだろう。


「それで、か。お姉さんが人攫いではないとあんたは思ってるんだろう。それにはまさか、理由があるんだろうな?」

「勿論だ」


 少女は、はっと顔を上げて、真っ直ぐに青年を見た。


「なら、早く言えばいいだろう。助けてくださいって」


 途端に、少女は眉根を寄せて、青年を睨みつけた。


「……だから、お前には頼みたくなかったんだ!」


「は?」

 いきなり悔しそうに言う少女に、青年の方が驚いた。


「門のところであたしのナイフを避けたときに思ったんだ。いかにも気にしてないって顔して! お前みたいなのは、大抵性格が悪いんだ!」


 青年はその言い草にちょっと顔を顰めたが、苦笑で打ち消した。


「それは酷いな。わざわざナイフを寄越したのは、実力を見るためだろう? 性格悪いのはどっちだよ」

「それは……!」

 少女が言いかけたが、青年はにっこりと満面の笑みを浮かべてそれを止める。


「そうだ、それはともかく、俺はオーレリーっていうんだ。あんたは?」


 少女はぶすっとした顔のまま、低く呟いた。一緒に差し出された手は、当然無視である。


「……アルシオン」

「じゃあ、アルでいいな」

「勝手に決めるなよ!」


 口は相当悪いが、簡単に食ついてくる少女を、オーレリーは気に入ったらしい。先ほど無視された手を伸ばして、少女の手を(無理矢理)掴んだ。


「これからよろしくな」

「……」


 振りほどこうとしても振りほどけない手を諦めて、アルシオンは口だけで笑う、胡散臭い男を恨めしそうに睨んだ。


 間違った道にきてしまったかもしれない――。そう考えると頭が痛い。

 だが、これで歩き始めるしかないのだ。少女は、(嫌々ながら)この日、覚悟を決めた。

やっとヒロイン登場

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