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柘榴石の懸念  作者: あまめましゅう
6.木々の憂い
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06

 【生命の木】の枝が途切れ、獣道を少し行くと草がなくなり、掘り返したように土が露出している空間に出た。そこは今までの穏やかな空気を打ち破り、妙に陰鬱な気持ちにさせる。


 その理由が、ここだけいかにも人の手が入っているからだということに気づくには、それほどかからなかった。

 恐らく普通の民家であれば、すっぽり覆い被されるほどの土にまみれ錆びた金属片と、雷に直撃され縦に割れてしまったように見える木が、滅茶苦茶になってそこにあった。

 どうやら金属片が空から降ってきて、木を裂いた……ようにも見える。


 一番最初に考えたのは、この【森】には人が入れる余地はないはずだということだった。

 だが、空を金属が飛ぶなど、常識外れにもほどがあった。どうしても空を飛びたいというなら、大きな布を用意し、その両端をブランコに結びつければいい。それから中級の魔術士に魔法をかけてもらえば、簡単に空中遊泳が楽しめる。


 だが、見る影もない残骸にそんな軽々しさはなく、醜悪さばかりが目についた。


「なぁ、まさかとは思うけど、これって」

「お前たちがやった跡だ」


 戦々恐々オーレリーが尋ねると、ベアニクルが彼より一歩前に出、声を遮って答えた。

 クロエやルミエラも後からついてきているはずだが、二人とも何も言わない。

「本当に、この鉄の塊が空から降ってきたと言うのか?」

 まだ疑わしげなオーレリーを睨み、獣は淡々と語った。


「ここには、カシヤーンというお方がいらっしゃった。ルミエラさまの周囲に、砦を作ることを発案なさった方だ。我らはルミエラさまに言葉やその他にも色々頂いたが、その恩をお返しするためにも、ルミエラさまの前に立つ者には誤魔化しが効かないよう、細工もした。

 悪夢はルミエラさまが地面の下で抑えているのに、――まさか、空から悪魔が降ってくるとはな」


 雲一つない晴れ渡る空から、爆音と黒い煙を吐き出しながら、くるくると駒が回るようにして落ちてきたという。

 カシヤーンという老木は、その怪物を抵抗もせずに受け止めたらしい。恐らく、周囲の被害の事を考えたのだろう。

 老いた巨木に突っこんだ怪物は、木を巻きこんで炎上した。

 火は二日というもの消えなかったらしいが、飛び火はしなかったようだ。


「……ということは、誰が乗っていたか分からないんだな」

「町長の手下だろう。もし生きていたとしても、その喉笛を噛み切ってやる」


 黒い獣は鋭い犬歯を剥き出しにして低く唸る。

 その光景を想像して、オーレリーは背筋が冷たくなり、目をそらした。


「確かに愚かとしか言いようがないな……」

「これだけじゃない。お前たちは、毒を西の端に撒いていった」


「……毒?」

 これ以上まだ何かあるのかと、少しばかりうんざりしながらも、オーレリーは耳を傾ける。


「黒くて、べとべとした液体のことだ。あれをかけられた草は死に、土ももう駄目だろう。下に水脈がなかったから命拾いしたがな」

 誰が命拾いしたのかは、敢えて聞かないでおく。


「……」

「これ以上【森】を痛みつける真似をするなら、お前たちには全員いなくなってもらう覚悟を決めてもらおう」


 その言葉が紛れもない真実を語っていることは、獣を見なくてもよく分かった。

 誰がやったのかはすぐに頭に浮かぶ。しかし、どうしてそんなことをしなければならないかが分からない。

 オーレリーはこの町に入る前に、町の周りを一通り見て回っておいていたが、城の裏手に広がる森の中に工場があった。そこは町長が建てたもので、目の前のがらくたを作っているのだろう。

 けれど、空を飛びたいという理由だけで、あの町長がそこまでするかは、甚だ疑問である。


「兵器よ」

 後ろでクロエが囁くように呟いた。


 振り返ると、彼女はオーレリーの向こう側を凝視している。その瞳は、硝子玉を嵌めたように鈍い色を放つ。


「あいつらに捕まったときに、門番たちが言っていたわ。町長はすごい兵器を開発したんだって。これで将来安泰だとか、おかしなことを喋っていて不思議に思っていたのよ。あいつら、この町を捨てる気なんじゃないかしら」


 それならば話を通る。


 が――。


「誰を相手に戦争を仕掛けるっていうんだ」

 独り言のように呟く。


 町を捨て、町から搾り取った金を注ぎ込み、町長は誰を敵に回そうというのだろう?


「それなら、自分で調べるがいいだろうに」

 固い声が、沈黙を破った。

 ルミエラである。やや俯いて地面を見つめたまま、獣に負けないほど低い、地鳴りのごとく声音で続けた。


 ――オーレリーに向かって。


「なんだって?」

「隠しても無駄だと言ってるのよ。とぼけたって無駄。早くその目隠しを外しておしまいなさいよ」


 言われ、ふと顔を巻いた布を触ってみた。指で触れると、幾分ごわついているのが分かる。

 この布を巻くこと十年が経つことに、今更ながら気がついた。

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