01
忘れたことはない。
涙が涸れた今に、どうしてこの胸の楔を抜けるだろう。
流れ出す血はきっと、黒いに違いない。
その汚れた血で、どうして白を黒に染められようか。
これだけが私の想い。そして砕けた私の誓い。
私が消えようと、忘れることはないだろう。
そう、この地がある限りは……。
墓地は大抵町はずれにあるものだが、このシシロも例外ではない。
国境でもある高い壁の真下に、打ち捨てられたように墓地と墓守の掘っ立て小屋がある。この墓地が見捨てられているのは、常に塀の向こうにいる敵と隣り合わせにあることだった。いつ攻撃を仕掛けられてもおかしくないという、危険に誰も冒険したくないのだ。
そんな墓地に、最近幽霊が出るという。
噂の発端は墓地の住人である墓守だが、その墓守もある日死んでしまった。
死因は心臓発作だという。彼は相当年寄りだったから、寿命だったのかもしれない。
しかし、それで幽霊騒動は終わらなかった。
深夜、街中で幽霊を見たという人が多発したのである。
その幽霊は、真っ白なドレスを着て、振り返ると大きな目が金色に光るのだという。
更に、街中で悪魔らしき姿までもが現れ、この町は荒れ果てようとしていた。
町人はこの町を守る【生命の木】が枯れ始めていることに気がついていたが、策が見つからずに頭を抱えていた。
物語はこの危機的状況にあるこの町に、一人の旅人が訪れるところから始まる。
風が吠え、砂塵を巻き上げる。
枯れかけた草木がまばらに生えている荒野に、左右にどこまでも続くかと思われる、石で積み上げてできた壁が道を阻んでいた。
その壁に砂嵐が叩きつけられる中、小さな人影が壁に寄り添うように歩いていた。
頭からすっぽりと砂よけの布を纏い、しっかりと体に巻き付けて一歩一歩確実に歩を進めている。
こんな場所を歩く酔狂な人間は、ほぼいない。いるとすれば、おこぼれにあやかろうとするハイエナや禿鷹くらいであろう。
こんな荒れ地のどこからここまで辿り着いたのかは想像がつかないが、人影は休むことなく歩き続けている。そのまま壁の途切れるところまで歩き続けるのかと思えば、突然立ち止まった。
だが次の瞬間、するっとその姿が消えた。
そう、壁側に振り返ったところで、姿が跡形もなく消え失せてしまったのだ。壁には人の入る隙間があるわけでもなければ、石を動かした形跡があるわけでもない。
後に残ったのは、ここまできた足跡だけであり、それすらも砂に埋もれていく。
そして、何も残らない。
今にも崩れ落ちそうな門をくぐり、その先に開けているのはくすんだ家の連なりだった。
本来ならばまだ日が高い今の時間は、往来に人がごった返していてもおかしくないのだが、生き物の影一つ見えない大通りは、砂塵が我が物顔で独占している。
人の気配すら押し殺されているこの町は、死んだ町と言っても過言ではないだろう。
その門の入り口に、仁王立ちで町を見渡す人影が一つ。
白い布を頭から被り、砂を避けるように手で布を押さえているので、その顔は見えない。細身であまり身長は高くないが、かといって、吟遊詩人のように楽器を持って歩いているようには見えない。
というのは、背中に斜めからかけている、その人の身長よりも長い棒状の物が、とても楽器には見えないからだ。
では、この人物はこんな町に物騒な物を持って、一体何をしに来たのだろうか?
彼は暫く微動だにせず佇んでいたが、一歩踏み出そうとして――やめた。
目の前に唸りを上げて通り過ぎ、門に打ち立った物があったからである。
それは、ナイフだった。
少しも驚かずに、冷静に周りを見渡すあたり、少なくともこの人に実戦経験があることが分かる。
だが、家々には変化はないし、影が動く気配もない。
ひとつため息を吐いて、彼は今度こそ躊躇いもせずに町の中に入っていった。
某携帯ゲームに投稿していたのを改稿しながら掲載していくつもりです。
がんばって更新しますので、よろしくお願いします。