EP 9
初任給と、伝説の呪文「ニンニクマシマシアブラカタメ」。人魚は豚肉にむせび泣く
大規模森林火災の危機を「業務用の粉末消火器20本」という圧倒的な物理で鎮圧した優也たちは、ススと粉まみれになりながらもルナミス帝国の冒険者ギルドへと帰還した。
「――はい、こちらが本日の討伐報酬と、魔石の買い取り代金になります。オーク5体とリーダー個体、合わせて35万円(日本円)ですね。お疲れ様でした!」
受付嬢が、分厚い札束をギルドのカウンターにドンッと置いた。
ルチアナ・スタンダードが適用されたこの世界では、福沢諭吉(に似た偉人)の顔が印刷された見慣れた一万円札が流通している。
「さんじゅうごまんえん……っ!!」
リーザの瞳が、かつてないほどの輝きを放った。
「これで……これでタローソンのプレミアムロールケーキどころか、ルナミスデパートの地下惣菜売り場で、半額シールが貼られる前のコロッケが買えますぅぅっ!」
「お前、基準がとことん底辺だな……。ほら、これはお前らが倒した分と、パーティーの共有資金だ」
優也は札束を等分に分け、リーザとキャルル、そしてルナに手渡した。
異世界に来て数時間。期間工で地道に稼いでいた優也にとって、たった一回の戦闘(と消火活動)で数万円の『初任給』が手に入ったのは、素直に驚きだった。
しかも、システムからの通知により『大規模火災の阻止(地域貢献)』として、消費したポイントも余裕で黒字(現在5000p超え)に回復している。
「ふぅ……。色々と疲れたが、結果オーライか。腹も減ったし、飯にするか」
「さんせーい! 私、お腹と背中がくっつきそう!」
キャルルが元気よくウサギ耳をピンと立てる。
「では、私が『米麦草』と『太陽芋』で極上のフルコースを生成しましょうか♡」
「「「絶対にやめろ(ですぅ)!!」」」
ルナの善意(という名の市場破壊と台所爆破)を三人掛かりで全力阻止し、一行が向かったのは、ルナミス帝国の歓楽街の裏路地。
黄色い看板に黒い極太の文字で、こう書かれていた。
『ラーメン 豚神屋』
店外にまで強烈な豚骨と醤油、そしてニンニクの香りが漂っている。
佐藤太郎がこの世界に遺した、あまりにも罪深き『二郎系ラーメン』の完全再現店舗である。
「ここが、噂の……」
優也はゴクリと喉を鳴らした。期間工時代、夜勤明けの疲れた身体に叩き込んでいたあの『暴力的な味』の記憶が蘇る。
ガラッ、と引き戸を開けると、厨房の奥から腕の丸太のように太い店主(元Sランク冒険者のドワーフ)がギロリと睨みを利かせた。
「いらっしゃい。食券買って、奥から詰めて座りな」
「私はいつもの『小ラーメン』ね! 優也君はどうする?」
「俺は『大豚ラーメン』だ。リーザとルナは?」
「わ、私は一番安い『かけラーメン』で……」
財布の紐をガチガチに固めるリーザ。
「俺の奢りだ。好きなもん食え」
「優也様ぁぁぁっ! 一生ついていきますぅぅ! じゃあ『豚入り』で!」
現金な人魚姫の叫びが店内に響く。
カウンターに四人が並んで座り、しばしの沈黙の後。
茹で上がった極太麺を丼に放り込んだ店主が、低い声で問いかけた。
「――ニンニク、入れますか?」
それは、この店における神聖なる儀式の合図。
「ニンニクマシマシアブラカタメッ!!」
優也とキャルルが、寸分の狂いもないユニゾンで伝説の呪文を詠唱した。
「私、お野菜が好きだから『ヤサイマシマシ』でお願いするわ♡」
ルナが優雅に微笑む。
「あ、えっと、普通でお願いしますぅ……」
リーザが恐る恐る告げる。
「お待ちィ!」
ドンッ!!
カウンターに置かれたのは、もはや山であった。
キャベツとモヤシ(ルナミス特産『レ足す』も混ざっている)の山。その頂を覆う雪崩のような背脂。そして、暴力的なまでの厚みを持つ『シープピッグ』の極厚チャーシュー。
「いただきますッ!」
優也は割り箸を割り、まずはスープを一口。
ガツン! と脳天を突き抜けるような、豚の旨味と化調のパンチ。醤油草から作られた特製カエシのキレ。
「……最高だ。これだよ、これ」
優也が天地返し(野菜と麺をひっくり返す技)をキメてワシワシと極太麺を喰らう横で、キャルルもウサギ耳を揺らしながら豪快に麺をすする。
そして――。
「……っ! ぅ、うぅっ……」
隣の席から、嗚咽が聞こえた。
見れば、リーザが大粒の涙をポロポロと流しながら、極厚のチャーシューを両手で大事そうに持ち、チビチビと齧っていたのだ。
「うっ……うっ……美味しいですぅ……! お肉が、柔らかくて……脂が甘くて……パンの耳じゃない、本物の、お肉……っ!」
「お前、泣きながらラーメン食うのやめろ。周りの客が引いてるだろ」
「だってぇ! 鳩と戦わなくても、こんなに美味しいお肉が食べられるなんて……っ! 優也様は、やっぱり神様ですぅぅ!」
ボロボロ泣きながらも、リーザは信じられない速度でチャーシューと麺を胃袋に吸い込んでいく。
その逆隣では、ルナが「このお野菜、シャキシャキして美味しいわね♡」と、無限に増殖するマシマシ野菜をエレガントに平らげていた。
「……まぁ、悪くないな」
優也は額の汗を拭いながら、カオスな三人のヒロインを見渡した。
昨日までは南米に飛んで柔術を習うつもりだった。だが、この騒がしくも温かい異世界の日常も、案外性に合っているかもしれない。
「優也君」
隣でスープを飲み干したキャルルが、満足そうに息をついて言った。
「今日は助かったわ。アンタのその……よく分からない『ゴミを出す力』と、度胸には。メゾン・ルナミスの一員として、正式に歓迎するわ」
キャルルが差し出した油まみれの右手を、優也は笑って握り返した。
「ああ、よろしく頼む。火事の始末と、こいつの餌付けくらいは手伝ってやるよ」
「餌付けって言わないでくださいぃ!」と抗議するリーザの口に、優也は自分の丼に残っていたチャーシューを放り込んだ。
こうして、高木優也の異世界での記念すべき第一歩は、ニンニクの強烈な匂いと共に幕を閉じたのである。
――しかし。
彼らはまだ知らなかった。
明日、ギルドの掲示板に張り出される『限界集落ポポロ村・村起こしクエスト』が、キャルルを「村長」という名の伝説へと押し上げ、ルナミス帝国はおろか大陸中を巻き込む大騒動の引き金になるということを。




