EP 8
エルフの火力支援(※災害)と、消火器の出番。あと正座説教
オーク2体を討伐し、リーザが魔石の剥ぎ取りに精を出していた、その直後のことだった。
「あら、太陽芋のクッキー、とっても美味しく焼けたわよ♡」
レジャーシートの上でお茶会を始めようとしていたルナが、ふんわりと微笑んだ。
その平穏な空気を、キャルルのウサギ耳が鋭く切り裂いた。
「……ッ! 優也君、まずいわ! 大勢来る!」
ドスンッ! ドスンッ! ドスンッ……!
地響きがさっきよりも明らかに大きく、回数も多い。
茂みをなぎ倒して現れたのは、オークの群れだった。その数、5体。
先ほどのオークよりも一回り大きく、リーダー格と思われる個体は魔導武装(粗悪だが魔力を帯びた鎧)まで身につけていた。
「ブモォォォォォォォォッ!!」
「嘘でしょ……初心者用の森に、オークの分隊が出るなんて……っ!」
キャルルがトンファーを構え直すが、その表情には焦りが見える。さすがに5体を同時に、しかも優也を守りながら戦うのは厳しい。
「お宝が増えましたぁぁっ!! ……って、ひぇっ!? 多すぎですぅぅっ!!」
リーザが魔石を抱えたまま、優也の後ろに音速で隠れた。
「……チッ。ポイントをケチってる場合じゃなさそうだな。キャルル、俺が2体受け持つ。お前は3体――」
優也がタクティカル鉄パイプを握り直し、新たなゴミ(武器)を召喚しようとした、その時だった。
「ふふっ。皆さん、下がっていて大丈夫よ♡」
ルナがお茶会の湯呑みを置き、優雅に立ち上がった。
彼女の手には、世界樹の森から持ってきた、禍々しいほどの魔力を帯びた『世界樹の杖』が握られていた。
「私が、次期女王候補の実力……少しだけお見せするわね」
ルナが杖をオークの群れに向け、凛とした声で詠唱を始めた。
「――大気に遊ぶ火の精霊よ。我の魔力を糧とし、万物を焼き尽くす荒ぶる顎となりて現れよ。上級魔法――『火炎龍』ッ!!」
ゴォォォォォォォォォォッ!!!
ルナの杖の先から、轟音と共に、全長数十メートルに及ぶ炎で形成された巨大な龍が出現した。
森の空気が一瞬で沸騰し、周囲の水分が蒸発して白い霧が立ち込める。
「ブ、ブモッ……!?」
魔導武装をつけたオークのリーダーが、恐怖に目を見開いた。
闘気による防御など、上級魔法の圧倒的な熱量の前では無意味だ。火炎龍はオークの群れを根こそぎ飲み込み、一瞬にして炭化させた。
「……やったか?」
優也が呟いた、その直後。
「あらやだ。少し出力を間違えちゃったかしら♡」
ルナがテヘペロと小首を傾げた。
オークを焼き尽くした火炎龍は、そのまま勢いを失うことなく、森の奥へと直進。周囲の乾燥した木々に次々と燃え移り、あっという間に「大規模な森林火災」を引き起こしたのだ。
バリバリバリバリバリッ!!
炎が爆発的に広がり、空を黒煙が覆い尽くす。
「ひゃあああああっ!? 森が! 森が燃えてますぅぅっ!! プレミアムロールケーキが灰になりますぅぅっ!!」
リーザがパニックになって優也にしがみついた。
「ちょっとルナちゃん!! 火力調整しなさいっていつも言ってるでしょぉぉっ!!」
キャルルが叫ぶが、彼女の闘気では炎は消せない。上級魔法による炎は、自然の雨程度では消えないのだ。
「焦るなキャルル。リーザ、離れろ!」
優也は冷静だった。
期間工時代、工場の火災訓練で叩き込まれた知識。そして国家資格『危険物取扱者』の知識が、脳内で高速演算を始める。
(可燃物は木材。熱源は魔法の炎。必要なのは、酸素の遮断、または冷却だ)
優也はスキルボードを呼び出し、残りのポイントを確認した。
『現在の保有ポイント:975 p』
「……背に腹は代えられねぇ。全ポイント投入だッ!!」
優也は検索窓に念じた。
地球のゴミの中で、最も「酸素を遮断」し、かつ「冷却効果」があるもの。
『使用期限切れ間近・業務用ABC粉末消火器(大型・10キロ型):消費ポイント 50p』
「こいつを……20本召還だッ!!」
ポンッ! ポンッ! ポンッ……!
優也の周囲に、真っ赤な大型消火器が20本、地響きを立てて出現した。
「な、何これ!? 鉄の筒!?」
キャルルが驚愕する。
「キャルル! それを持って、炎の根元に突っ込め! 黄色いピンを抜いて、レバーを握るんだ! 燃えてる木に直接ぶっかけろ!」
優也は自分も2本の消火器を小脇に抱え、燃え盛る森へと駆け出した。
『危険物取扱者』の知識により、最も効率的な消火ポイント(火元)を一瞬で見抜く。
「分かったわッ!!」
キャルルはマッハ1の脚力で消火器を抱えて炎の只中へ飛び込み、優也の指示通りにピンを抜いてレバーを握った。
シューーーーーーーーーッ!!!
消火器から、魔法の炎すら窒息させる特殊な粉末(リン酸アンモニウム)が爆発的に噴射された。
優也とキャルルの、物理と闘気(脚力)を駆使した命がけの消火活動。
……10分後。
森の一部が、真っ白な粉末で覆い尽くされていた。
炎は完全に鎮火し、焦げ臭い匂いと消火粉末の匂いが混ざり合っている。
炭化したオークの死体も、レジャーシートも、お茶会の湯呑みも、全てが真っ白な雪景色のようになっていた。
「……私の、クッキーが」
ルナが、真っ白になった太陽芋のクッキーを見て、シュンと肩を落とした。
「リーザちゃん。魔石、無事?」
「……はい。真っ白ですけど、無事ですぅ(泣)」
リーザが、粉まみれになった魔石の袋を抱きしめて泣いていた。
「……ふぅ」
優也は消火器を投げ捨て、全身の粉をパッパと払うと、レジャーシートの惨状を見てため息をついた。
そして、そのままルナの前へと歩み寄った。
「ルナ。ちょっとそこへ座れ」
「え? はい♡」
ルナは呑気に、真っ白なレジャーシートの上に、行儀よく正座をした。
「……善意なら何でも許されると思うなよ。一歩間違えれば、俺たちも森も全滅だった。上級魔法を使うなら、死ぬ気で出力をコントロールしろ。できないなら、二度と戦闘で魔法は使うな。いいか?」
優也は、期間工時代の鬼班長のような冷徹なトーンで、エルフの王女をガチ説教した。
「……はい。ごめんなさい、優也さん(シュン)」
世界樹から神託を受けた逸材が、ジャージ姿の男に正座で説教されている。
そのあまりにシュールな光景に、キャルルはウサギ耳をパタンと垂れ下げ、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。




