EP 7
異世界オーク vs 柔道黒帯(MMA仕様)。そしてハイエナ人魚
ルナミス帝国郊外の森。
木漏れ日が差し込む獣道を、カオスな4人組が進んでいく。
「ゴブリン〜♪ お金〜♪ プレミアムロールケーキ〜♪」
最後尾で人魚姫のリーザが、鼻歌交じりにスキップを踏んでいた。手にはどこで拾ったのか、百均のペラペラなレジ袋を握りしめている。
「リーザちゃん、静かに。いくらこの辺りが初心者用の森とはいえ、魔獣が寄ってくるわよ」
先頭を歩くキャルルが、ウサギ耳をピクピクと動かしながら警告した。
その隣では、エルフのルナが「あら、綺麗な蝶々♡」と、毒々しい紫色の鱗粉を撒き散らす魔獣の蝶を素手で捕まえようとしている(優也が慌てて襟首を掴んで止めた)。
「……キャルル。右前方、デカいのが来るぞ」
優也が低く鋭い声で告げた。
地下格闘技のリングで培った『殺気』の察知能力だ。
「ええ、分かってるわ」
ドスンッ……! ドスンッ……!
地響きと共に茂みをかき分けて現れたのは、ゴブリンなどではない。
身長3メートルに迫る巨体、緑色の分厚い皮膚。丸太のような腕には、粗悪だが凶悪な重量を持つ鉄の斧が握られていた。
「ブモォォォォォォッ!!」
「オークじゃない! なんで浅い階層に……って、2体いるわ! 優也君、下がって!」
キャルルが叫ぶと同時、彼女の足元が爆発した。
踏み込みだけで地面を抉り、瞬時にオークの懐へ潜り込む。
「月影流――『顎砕き』ッ!!」
オークが斧を振り下ろすより早く、キャルルのトンファーがオークのガードを弾き飛ばし、闘気を纏った強烈な膝蹴りがオークの顎を完璧に打ち抜いた。
巨体が脳震盪を起こし、白目を剥いて轟沈する。圧倒的な一撃必殺だ。
「よし、1体! 優也君、そっちは――」
キャルルが振り返った先。
残る1体のオークが、丸腰(に見える)優也に向かって、巨大な斧を大上段から振り下ろしていた。
「危ないっ!!」
闘気も魔法も持たないただの人間が、あの一撃をまともに受ければミンチになる。
しかし、優也の目は極めて冷静だった。
「……大振りすぎるんだよ」
優也は逃げない。
右手に持った『ショック吸収型・タクティカル鉄パイプ』を斜めに構え、振り下ろされる斧の軌道に対して、下から滑り込ませるようにして「受け流し(パリィ)」を行った。
ガキィィィィィィンッ!!!
凄まじい金属音が森に響く。
普通なら、鉄パイプ越しに伝わる衝撃で優也の腕の骨が砕けているはずだ。
だが――。
「グモォッ!?」
驚きの声を上げたのは、オークの方だった。
斧が弾き返され、巨体が大きく体勢を崩したのだ。
鉄パイプの先端に仕込まれた『原付きのサスペンション』がオークの力任せの打撃エネルギーを極限まで圧縮し、一気に跳ね返したのである。
優也の手首への反動は、見事にゼロだ。
「体勢が崩れたな。重心が浮いてるぞ、デブ」
優也は一気に踏み込み、オークの分厚い胸ぐら(革鎧)を左手でガッチリと掴んだ。
魔法も闘気も無いなら、物理法則(テコの原理)を使えばいい。
柔道全国ベスト4の体幹と、期間工で鍛え抜かれた背筋が唸りを上げる。
優也は自分の右足を、オークの右足の外側から深く刈り込むように打ち当てた。
「ふっ……!」
柔道・『大外刈り(おおそとがり)』。
「ブビェェェェッ!?」
3メートルの巨体が、自らの重量と優也の完璧な崩しによって宙を舞い、背中から地面に激突した。
ズドォォォォンッ!! という地響きで肺の空気を吐き出し、オークが硬直する。
「トドメだ」
優也はそのまま馬乗り(マウントポジション)になり、右手のタクティカル鉄パイプを、オークの急所に向かって冷酷に振り下ろした。
サスペンションのバネが急激に縮み、限界まで溜まった反発力が、鉄パイプの先端から爆発的に解き放たれる。
ゴキャッ……!!
鈍い音が響き、オークは痙攣した後に完全に沈黙した。
「……ふぅ。まあ、こんなもんか」
優也が立ち上がり、ジャージの埃を払った、その瞬間だった。
「シャアァァァァァァァァッ!!!」
青い残像が、マッハの速度で優也の横を通り抜けた。
リーザである。
「お宝ぁぁぁぁっ!! 魔石ぃぃぃぃっ!!」
彼女の手には、いつの間にかサバイバルナイフ(どこから出したのか不明)が握られており、倒れたオークの胸を凄まじい手際で解体。一瞬にしてソフトボール大の魔石をえぐり出し、百均のレジ袋に放り込んだ。
「オークの魔石! ルナミスギルドの相場で1個3万円! 2体で6万円! プレミアムロールケーキが一生食べられますぅぅぅっ!!」
血まみれのナイフを片手に、レジ袋を天に掲げて歓喜の涙を流す人魚姫。
その常軌を逸したハイエナっぷりに、優也は思わずドン引きした。
「……お前、さっきまで震えて俺の後ろに隠れてたくせに、剥ぎ取りの速度だけはSランクだな」
一方、キャルルは信じられないモノを見るような目で優也を見つめていた。
「嘘でしょ……優也君。今、闘気も魔法も一切使ってなかったわよね……? ただの『物理』と『関節技』だけで、オークを単独討伐したの……?」
「ん? ああ。人間、顎を揺らされるか、急所を重いモンで殴られれば大抵倒れるだろ。あとはあの鉄パイプ(ゴミ)のおかげだな」
あまりにも現実的すぎる戦闘理論に、異世界の住人であるキャルルは言葉を失った。
そして、その後ろではルナが、何故かレジャーシートを広げてポットからお茶を注いでいた。
「あら、もう終わったの? 優也さん、キャルルさん、リーザも。太陽芋のクッキーが焼けてるわよ♡」
「……このパーティー、ツッコミが俺一人じゃ過労死するぞ」
優也の深いため息が、木漏れ日の森に溶けていった。




