EP 5
兎耳の格闘娘が帰還したら、部屋が雪景色で謎の男が居座っていた件
「ふんふんふ〜ん♪」
ルナミス帝国の居住区画。メゾン・ルナミスの階段を、軽快な足取りで登る影があった。
元・獣人王国の近衛騎士隊長候補にして、現在はCランク冒険者のキャルル(20歳)だ。
「今日の討伐依頼、オーガ3体だったけど『月影流・鐘打ち』の蹴り一発で終わっちゃったし、ボーナスも出たわね。絶対お腹を空かせてるだろうから、リーザちゃんにルナミスバーガーのテリヤキ味、買っちゃった♪」
両手に提げた紙袋からは、ジャンクで食欲をそそるソースの匂いが漂っている。
同居人のアホな人魚が、また公園の雑草や鳩の餌を食べてお腹を壊さないようにという、キャルルなりの母性(姉御肌)だった。
「ただいま〜! リーザちゃん、ルナちゃん、お土産あるわよー!」
鼻歌交じりに301号室の玄関扉をガチャリと開けた。
しかし、キャルルの目の前に広がっていたのは、温かいシェアハウスの日常ではなかった。
「…………な、何これ」
ピチョン……と、溶けかけた氷柱から水滴が落ちる音。
つい数分前までルナが引き起こしていた『局地的大雪』のせいで、玄関からリビングにかけての壁は真っ白に霜が降り、床は雪解け水でベチャベチャのスケートリンク状態になっていた。
「あ、おかえりなさい! キャルルちゃん!」
「おかえりなさい、キャルルさん。ちょうどお部屋が涼しくなったところよ♡」
呑気に手を振るリーザとルナ。
そして――その極寒の部屋のど真ん中に、見慣れない大柄な男が、バックパックを背負ったままポツンと立っていた。
「……おかえりなさい」
期間工上がりのガテン系男子・優也は、凍りついた前髪を払いながら、ひどく低いテンションで言った。
「…………!?」
キャルルの頭頂部にある長い兎耳が、ピーン! と垂直に逆立った。
「し、知らない男の人ぉぉっ!?」
キャルルは持っていたルナミスバーガーの袋を咄嗟に床(凍っていない部分)に置き、臨戦態勢に入った。重心を低く落とし、いつでも必殺の『顎砕き』を放てる構えだ。
「あ、キャルルちゃん! 違うんです、この方はですね――」
「ちょっとこい、リーザァッ!!」
「あぁっ!? イダダダダッ! 耳! 耳引っ張らないでぇぇっ!」
キャルルは目にも留まらぬマッハの踏み込みでリーザの背後に回り込み、その耳をガッチリと掴んで部屋の隅へと引きずっていった。
「アンタねぇ! この部屋の荒れ具合(雪景色)は何!? 何で男の人が居るわけ!? 私が冒険者ギルドに行ってる間に、一体何があったわけ!?」
小声だが、凄まじい剣幕で詰め寄るキャルル。
リーザは涙目でジタバタと暴れながら、とんでもない説明を口走った。
「えっとぉ! 優也様は私に鳩の餌(パンの耳)を恵んでくれてぇ! 毎日3食お腹いっぱい食べさせてくれて、しかも家賃を肩代わりしてくれる、私だけの王子様なのっ!」
「……おいおい」
聞き捨てならないパワーワードの連続に、離れた場所から優也が低い声でツッコミを入れた。
キャルルは呆然と口を開け、リーザと優也を交互に見比べる。
「どんだけ好待遇な条件なのよ……って、違うわ! アンタまた鳩と餌の奪い合いしてたの!? アイドルのプライドはどうしたのよ!」
「背に腹は代えられませんぅ!」
漫才のようなやり取りを繰り広げる獣人と人魚。
優也は短くため息をつくと、濡れた床を踏みしめてキャルルの前へと歩み出た。
その隙のない歩き方に、格闘家であるキャルルはピクッと眉を動かした。(……この男、素人じゃないわね。体幹がブレてない)
「えっと、改めて。俺の名は高木優也だ」
優也は無骨な手を差し出し、真っ直ぐにキャルルの目を見た。
「私はキャルル……貴方、本気でこんなカオスなここに住むつもりなの?」
「まぁ、成り行きでな。でも、お前が嫌なら無理には居座らない。男が一人混ざるのが駄目なら、他をあたるけど」
優也が踵を返そうとした、その瞬間だった。
「駄目ですぅぅぅぅぅっ!!」
リーザが猛烈なダイブで優也の足首にすがりついた。
「行かないで優也様ああぁっ! 養って下さい! 毎月月末にキャルルちゃんに土下座する生活はもう嫌なんですぅぅっ!」
「おい、離せバカ。重い」
「優也様ぁぁっ! 私のATMになってくださいぃぃっ!」
もはや隠す気もない本音を叫びながら足に絡みつくリーザ。
さらに、カセットコンロの片付けを終えたルナが、ふわりとキャルルの隣にやってきた。
「悪い方では無くてよ? キャルルさん。だってこの方、さっきからリーザの泥だらけの服を見ても、全然嫌な顔をしていないもの。とっても心が広いわ♡(※優也は期間工やスラムで汚れを見慣れているだけ)」
「……はぁ」
リーザの必死すぎる(クズな)懇願と、次期女王ルナの謎の太鼓判。
そして何より、優也から感じる「決して悪人ではない、むしろ苦労人特有の落ち着いた気配」を感じ取り、キャルルは深く、長いため息をついた。
「……分かったわよ。家賃はきっちり3万もらうからね。よろしくね、優也君」
「ああ。色々と世話になる。よろしくな、キャルル」
かくして、地球のゴミを操るガテン系格闘家・高木優也の異世界生活の拠点は、この騒がしすぎる『メゾン・ルナミス301号室』に決定したのだった。




