EP 4
家賃3万の部屋のドアを開けたら氷河期で、エルフが鍋焼きうどんを啜っていた件
ルナミス帝国の居住区画。
地球のちょっと古びたアパートによく似た外観の建物――『メゾン・ルナミス』の3階。
「301……ここだな」
「はいっ! ここが私の愛の巣……じゃなくて、安らぎのお城ですの!」
リーザは唐揚げ弁当の恩人(兼・ATM候補)である優也を案内し、得意げに胸を張って301号室のドアノブに鍵を差し込んだ。
ガチャリ。
リーザが勢いよくドアを開け放つ。
「さぁ、優也様! 散らかってますが、どうぞ入って――」
ヒュゴゴゴゴゴォォォォォッ!!
開いたドアの隙間から、凄まじい轟音と共に**「絶対零度の猛吹雪」**が吹き荒れた。
「な、なんだ!? ぶふぉっ!? さ、寒ィィィッ!?」
思わず顔を腕で覆う優也。
開け放たれたドアの向こう側は、玄関マットも靴箱もすべてが分厚い霜で覆われ、天井からは鋭い氷柱が何十本も垂れ下がっていた。
吐く息が一瞬で白く染まり、眉毛や睫毛が凍りつく。明らかに日本の真冬の工場や、ハワイのクーラーガン効きの部屋レベルの寒さではない。正真正銘の『氷河期』である。
「ひゃあああああっ!? さ、さむっ! ま、まさか……っ!?」
リーザは薄着の身体をガクガクと震わせながら、凍てつくリビングの奥へと視線を向けた。
そこには、信じられない光景が広がっていた。
「……あら? ご機嫌よう、リーザ」
猛吹雪が吹き荒れる極寒のリビングの中央。
保温効果抜群の『レ足す(レタス)』で作られたモコモコの極厚ダウンジャケットを着込み、耳当てとマフラーまで完全装備した絶世の美女――エルフのルナ・シンフォニアが、のほほんと微笑んでいた。
その目の前には、カセットコンロ(ルナミス特製・魔導コンロ)。
そして、グツグツと煮えたぎる『特大の鍋焼きうどん』が置かれていた。
「フーフー……はふっ。ん〜、美味しい♡」
ルナは全く悪びれる様子もなく、エルフ特有の長い耳をピコピコと揺らしながら、熱々のうどんを優雅に啜っている。
「な、何してんのおおおぉぉっ! ルナちゃん!! 部屋を氷河期にしてぇぇっ!?」
リーザが悲鳴のようなツッコミを入れた。
ここはルナミス帝国。外は穏やかな昼下がりである。なぜ部屋の中だけがシベリアになっているのか。
ルナは不思議そうに小首を傾げた。
「だってぇ……寒い所で熱い物を食べるのって、格別じゃない? だから私、自然魔法でちょっとだけお部屋を冷やしてみたのよ♡」
「『ちょっと』のレベルがおかしいわよ! 無茶苦茶よおおおっ! 玄関のドア凍って閉まらなくなってるし!」
「んもう。分かったわよぉ。リーザは怒りん坊さんね。えいっ」
ルナが軽く指を鳴らすと、部屋を覆っていた氷河があっという間に光の粒子となって消え去り、常夏のようなポカポカとした空気に入れ替わった。温度差で優也の服がびしょ濡れになる。
「誰だって怒るわよ! 毎度毎度、命の危機を感じるんだから!」
プンスカと怒るリーザを見て、ルナはクスクスと笑い……ふと、リーザの後ろで顔を引きつらせている大柄な男の存在に気がついた。
「……それで、リーザ? そちらの隣の方は、どなた?」
ルナのサファイアのような瞳が、優也を真っ直ぐに射抜く。
エルフの王女特有の、底知れない魔力と威厳(ただし中身は天然)がプレッシャーとなって優也を包み込んだ。
「あ、あぁ……」
優也は、凍りついた前髪の水分をパパッと払い落としながら、一歩前に出た。
海外の治安の悪いスラム街も、血の気の多い地下格闘技のリングも経験してきた。どんな修羅場でも冷静に対処してきた自信がある。
だが、この「常識が全く通用しない、歩く自然災害」を前にして、優也のサバイバル本能がかつてないほどの警鐘を鳴らしていた。
「……初めまして。高木、優也だ」
(俺は……とんでもない所に来ちまったのかもしれねぇ……)
ルチアナの健康サンダルキックで落とされた異世界。
鳩と戦う人魚姫に、部屋を氷河期にするエルフ。
1000万円を貯めてブラジリアン柔術を習いに行くはずだった期間工の男は、家賃3万のシェアハウスの玄関で、強烈な絶望とカオスな新生活の幕開けを予感していたのだった。




