EP 5
迫りくる三国のハグレ兵連合。そして『満月』が昇り、兎の瞳から光が消える
優也の操る重機と、キャルルのバカ力によって、ポポロ村が強固な丸太の防壁に囲まれてから数時間後。
日は完全に落ち、村にはかつてないほどの平穏と活気が満ちていた。
「ふへへへ……。五円、十円、百円……。大漁ですぅ、私のスパチャ(お布施)……♡」
村長の家の一室で、リーザがヘルメットに山盛りになった小銭と泥付き野菜を抱きしめ、最高にだらしない笑顔を浮かべていた。
その横で、優也は重機のメンテナンス用のウエス(布)で手を拭きながら、村長が振る舞ってくれた芋の煮っ転がしをつついている。
「まぁ、水路も通ったし、防壁もできた。あとはルナが明日、適当に畑を……おいルナ、何で世界樹の杖を磨いてるんだ。嫌な予感しかしないぞ」
「あら、畑仕事の準備よ♡ ポポロ村の皆様に、世界樹の恵み(※生態系破壊レベルの巨大野菜)をおすそ分けしようと思って」
「……ほどほどにしろよ」
そんな、和やかな祝勝ムードが漂っていた、その時だった。
「た、大変だぁぁぁぁっ!!」
防壁の見張りに立っていた村の若者が、顔面を蒼白にして広場に転がり込んできた。
「て、敵襲!! 森の奥から、無数の松明が近づいてくる! 数は……ざっと100人以上!!」
「なんだと!?」
優也が立ち上がる。村長の手から、芋の煮っ転がしの皿が滑り落ちて割れた。
「ひゃ、100人!? 野盗か!?」
「いや、あれは野盗じゃねぇ! 人間国のボロボロの鎧や、獣人国のハグレ兵、それに魔族の脱走兵も混ざってる! 三国の『ハグレ兵連合』だ!」
若者の報告に、村人たちは絶望の悲鳴を上げた。
無理もない。彼らは軍の厳しい規律から逃げ出し、略奪の限りを尽くす「タチの悪いならず者」の集まりだ。しかも、三国それぞれの戦闘技術を持っている。
「チッ……。昼間のユンボのエンジン音か、それともリーザが『お金が集まりましたぁ!』って大声で歌ってたのが森の奥まで聞こえたか」
「わ、私のせいじゃないですぅ! アイドルの輝きが隠しきれなかっただけですぅぅっ!」
ヘルメットを抱えてガクガクと震えるリーザ。
「ど、どうしましょう優也君! 100人なんて、いくら防壁があっても……っ!」
キャルルが焦燥に駆られた声を上げる。彼女は自分の過去のやらかし(警備隊カチコミ)のトラウマからか、どこか様子がおかしかった。顔色が悪く、しきりに空を見上げている。
「落ち着け、キャルル。防壁の丸太は俺がユンボの油圧で地中深くまで叩き込んだ。そう簡単には突破されねぇ」
優也は『タクティカル鉄パイプ』を肩に担ぎ、村人たちを振り返った。
その顔には、期間工時代に培った『現場のトラブルを楽しむ』ような、不敵な笑みが浮かんでいた。
「長さん、村の衆を家の奥に避難させろ。門は俺がユンボで塞ぐ。アームの旋回とバケット(爪)で、近づく奴から順番にミンチにしてやる」
「お、御使い様ぁぁっ……!」
優也の頼もしい姿に、村人たちが涙を流して拝む。
重機(3トンクラス)の質量と油圧の力は、ファンタジーの歩兵100人程度なら十分に蹂躙できる。優也の頭の中には、すでに『ユンボを使った防衛戦術(という名の工事)』の段取りが完璧に組み上がっていた。
「行くぞ、キャルル! お前は俺の死角をカバーして……」
優也が外へ飛び出し、ユンボの運転席へ向かおうとした――その瞬間だった。
ゴォォォォォォ……ッ。
上空を分厚く覆っていた雨雲が、強風によって急激に押し流されていく。
雲の切れ間から、ポポロ村の広場を照らし出す、冷たくも美しい銀色の光。
「あ……」
キャルルの喉から、微かな声が漏れた。
夜空にポッカリと浮かび上がったのは、狂おしいほどに真ん丸な、『完全なる満月』だった。
「……キャルル?」
異変に気づいた優也が振り返る。
先ほどまで「どうしよう」と震えていた兎耳の少女は、ピタリと動きを止めていた。
うつむいた彼女の頭頂部で、二つの長い兎耳が、ピンッ……! と垂直に逆立つ。
「おい、どうした。具合でも――」
「…………ぁ」
キャルルが、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳孔は極限まで収縮し、普段の優しくて常識的な光は完全に消え失せている。
代わりに、彼女の全身から、空気を物理的に歪ませるほどの凄まじい『闘気』が、紫色の陽炎のように噴き上がり始めた。
「あ……あはっ」
キャルルの口角が、耳まで裂けんばかりに吊り上がる。
それは、ルナミス帝国で共に生活してきた『常識人枠の女の子』の顔ではなかった。血の匂いと暴力の快楽に飢えた、純度100%の『極道』の笑顔だ。
「おい……マジかよ。お前、それ……」
優也が戦慄した。彼が地下格闘技で出会ってきた、クスリでガンギマリになった殺人鬼ですら、ここまでヤバい気配は放っていなかった。
「あははははっ! あー……なんかさぁ。体の奥から、力が湧いてきちゃって、さぁ……!」
バキボキボキッ!!
キャルルが首を鳴らし、両手の拳を打ち合わせる。
その衝撃だけで、周囲の空気が爆発音のような破裂音を立てた。月兎族の真の特性――満月の夜における『マッハ1の身体能力』と『無限の闘争本能』の完全覚醒である。
「ねぇ、優也君」
キャルルは、獲物を前にした肉食獣のように舌なめずりをした。
「100人……いるんだよね? 外に、私をたっぷり楽しませてくれる『おもちゃ(サンドバッグ)』が……100人も、さぁ!!」
ドゴォォォォォォォォンッ!!!
キャルルが軽く地面を蹴った。
ただそれだけで、ポポロ村の広場に巨大なクレーターが穿たれ、彼女の姿は一瞬にして掻き消えた。
残されたのは、音速の壁を突破した際に生じる『衝撃波』の轟音だけ。
「……あいつ」
優也は、吹き荒れる突風の中で、ポツリと呟いた。
「俺の重機より、絶対ヤバい生き物じゃねぇか……」
防壁の外からは、すでにハグレ兵たちの威勢の良い掛け声ではなく、「ひぃぃぃっ!?」「なんだこのウサギはぁぁっ!?」という、この世の終わりを見たような絶望の悲鳴が上がり始めていた。
かくして、ポポロ村の防衛戦は、優也の出番を待たずして『最悪の蹂躙劇』へと姿を変えたのである。




