第ニ章 限界集落ポポロ村編 ~重機と極道兎とヤバいエルフが作るDIY要塞~
限界集落ポポロ村到着。ガテン系の『スラム交渉術』と魔法の麦酒
「……おいおい。想像以上に『限界』だな、ここは」
ルナミス帝国からロックバイソン・バスに揺られること半日。
人間、獣人、魔族の領土が交わる三国緩衝地帯――そのど真ん中に位置する『ポポロ村』に降り立った優也は、目の前の光景に思わず眉をひそめた。
今にも倒れそうなボロボロの木造家屋。ひび割れ、干上がった畑。
村を囲む防壁代わりの柵はところどころ腐り落ちており、ゴブリンどころか野犬すら防げそうにない。
「タローソンはおろか、自動販売機すらありませんぅ……。こんなところで100万円のクエストなんて、本当に発生するんですかぁ?」
リーザが絶望した顔で、干からびた雑草をツンツンと突いた。
「あら、静かでとっても素敵な所じゃない♡ 鳥のさえずりも聞こえないくらい、静寂に包まれているわ」
ルナが呑気に微笑む。鳥すら寄り付かないほど土地が死んでいるだけなのだが、エルフの王女には「風情」に見えるらしい。
「…………ッ(胃痛)」
そして最後尾では、キャルルがウサギ耳をパーカーのフードに押し込み、マフラーで顔の半分を隠してブルブルと震えていた。かつて自分がマッハ1で国境警備隊を半殺しにした『カチコミ事件』の現場が近いため、極度の顔バレを恐れているのだ。
「よそ者だッ!!」
不意に、村の奥からヒステリックな叫び声が上がった。
気がつけば、優也たちの周囲を数十人の村人たちが取り囲んでいた。
「三国からの新たな手先か!? それとも野盗の類か!」
「これ以上、俺たちから何を奪う気だ! 帰れ! 帰らねぇと刺すぞ!!」
彼らの手には、錆びた鍬や刃のこぼれた鎌が握られている。
目は血走り、極度の飢えとストレスで完全に人間不信に陥っていた。一触即発の空気。キャルルが(顔を隠したまま)トンファーに手を掛けようとした、その時。
「待て、キャルル。素人が武器を持ってる時が一番危ねぇんだ。ここは俺に任せろ」
優也はキャルルを制止し、バックパックを下ろして一歩前に出た。
世界中を旅し、南米のガチのスラム街や治安の悪い路地裏を渡り歩いてきた優也にとって、こういう『極限状態の集団』との対峙は慣れっこだった。
(こういう時は、下手に下手に出ても舐められるし、威圧しても暴発するだけだ。一番効くのは……『余裕』と『利益の提示』だ)
優也は村人たちをぐるりと見渡し、集団の後方で指示を出している、一際身なりのボロい白髭の老人――『村長』に狙いを定めた。
「あんたがここの長か? あんたも村の衆も、だいぶピリピリしてんな。無理もない、色々と苦労してんだろう」
優也はそう言いながら、スキルボードを脳内で呼び出した。
検索するのは、地球のゴミの中でも『労働者の心を最も癒やす魔法のアイテム』。
『消費期限昨日・凹んだ缶ビール(発泡酒):消費ポイント 5p』
『半分残ったタバコ(セブンスター)と100円ライター:消費ポイント 10p』
ポンッ、という小さな音と共に、優也のジャージのポケットにそれらが収まった。
優也はずかずかと村人たちの包囲網を歩み寄り、完全に警戒している村長の目の前まで行くと、凹んだ缶ビールとタバコをヌッと差し出した。
「俺たちはルナミスから来た『村起こし隊』だ。敵じゃない。まあ、立ち話もなんだ。これでも飲んで、一服して落ち着けよ」
「な……なんだ、この冷たい鉄の筒は? それに、この白い棒は……?」
村長が戸惑いながら、キンキンに冷えた缶ビールを受け取る。
「いいから、そこを引いて開けてみな。毒なんか入ってねぇよ」
優也に促され、村長が震える手で缶ビールのプルタブを引いた。
プシュッ!! という小気味良い炭酸の音が鳴る。
村長は恐る恐る、その黄金色の液体を口に含み――。
「なっ……!? な、な、ななな……ッ!?」
村長の両目が、限界まで見開かれた。
「こ、このエール(麦酒)……! 喉を刺すような極限の冷たさと、弾ける泡! そして鼻を抜ける芳醇な麦の香り……っ! 王侯貴族が飲むような極上の神酒ではないか!!」
感動のあまり膝から崩れ落ちそうになる村長の口に、優也はすかさずセブンスターを咥えさせ、100円ライターでカチッと火をつけた。
「スーッ……。ほら、ゆっくり吸って、吐き出せ」
「すぅぅぅぅぅ……っ。……ふはぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ……」
紫煙を吐き出した瞬間、村長の顔から『三国緩衝地帯の限界集落をまとめる重圧』と『日々の飢えのストレス』が、憑き物が落ちたようにスーッと消え去っていった。
「おおぉぉ……。五臓六腑に染み渡る……。なんだこの煙は……心が、心が凪のように穏やかになっていく……っ」
涙をポロポロと流しながら、缶ビールを片手にセブンスターを吹かす限界集落の村長。その姿は、完全に『休日のパチンコ屋の裏口にいるおっさん』のそれだった。
「村長が……あの気難しくて疑い深い村長が、謎のアイテムで完全に手懐けられたぞ!?」
「あの男……只者じゃねぇ!!」
構えていた農具を下ろし、どよめく村人たち。
その光景を後ろから見ていたキャルルは、ツッコミを我慢しきれなかった。
「……アンタ、やってること完全にマフィアのボスか悪徳ブローカーじゃないのよ! どうしてそんなに『裏社会の交渉』みたいに手慣れてるのよ!!」
「期間工の寮長を黙らせる時も、南米のギャングの門番を通る時も、結局『酒とタバコ(賄賂)』が一番手っ取り早いんだよ。国境も異世界も関係ねぇな」
優也はニヤリと笑い、村長の肩をポンポンと叩いた。
「さて、長さん。俺たちはあんたらの村を復興(DIY)させに来た。報酬は国から出るから、あんたらからは一銭も取らねぇ。詳しい話を、中で聞かせてくれないか?」
「も、もちろんでさぁ! さぁさぁ、兄貴! どうぞ我が家へ!」
「兄貴って呼ぶな」
こうして、魔法も闘気も使わず、わずか15ポイントで召喚した『地球のゴミ(発泡酒とタバコ)』により、優也たちはノーダメージでポポロ村の最深部へと迎え入れられたのだった。
しかし、彼らが村長の家で一息ついた直後――。
村の広場から、絶望に満ちた悲鳴が響き渡った。
「そ、村長ォォォッ!! 獣人王国の悪徳役人、タイガの奴が……兵隊を引き連れて、今月の『みかじめ料』をむしり取りに来やがりましたぁぁぁっ!!」
優也の現場監督としての初仕事の前に、理不尽なファンタジーの暴力が牙を剥く。
だが、彼らはまだ気づいていなかった。
この村には今、悪徳役人など足元にも及ばない『世界樹のヤバいエルフ』が滞在しているということに。




