EP 1
期間工が終わってドアを開けたら、ジャージ姿の女神(?)にケツを蹴り飛ばされた件
「……よしっ。大台、突破だな」
某大手自動車工場。半年間の期間工(フルタイム・夜勤あり)の契約を満了した高木優也(25歳)は、寮のベッドでスマホの銀行アプリを見つめ、ニヤリと口角を上げた。
預金残高、1000万円。
極限まで無駄遣いを削り、ひたすらライン作業と筋トレに明け暮れた結晶だ。
「今度は中南米辺りを攻めるか。本場のブラジリアン柔術の道場に道場破り……いや、出稽古に行って手合わせしたいし。シュラスコも腹いっぱい食いてぇな。楽しみだ」
高校柔道で全国ベスト4。その後、地下格闘技やMMA(総合格闘技)を渡り歩き、稼いだ金で世界中を旅する。それが優也のライフスタイルだった。
荷物をまとめ、使い古した巨大なバックパックを背負う。
忘れ物はない。完璧な退寮だ。
「世話になったな、四畳半。じゃあ、次の国へ行くか」
ガチャリ、と。
優也は、寮の鉄扉を開けた。
パァァァァァァッ……!
「……は?」
視界を覆ったのは、廊下の蛍光灯ではなく、謎の眩い光。
そして光が収まった後、優也の目の前に広がっていたのは、南米の青空でも、見慣れた寮の廊下でもなかった。
六畳間の畳。そして、コタツである。
「渋いっての! どんだけ金溶かせばSSR出るのよぉぉっ! クソ運営がっ!」
コタツの上には、飲み散らかされた缶チューハイの空き缶と、吸い殻が山盛りになった灰皿。
そして、くたびれたえんじ色の「芋ジャージ」を着た女が、スマホの画面を鬼の形相でタップし続けていた。
「な……ここは何処だ? 俺は寮の部屋を出た筈だが」
「あ? あー……」
女は面倒くさそうにスマホから目を離し、優也をジロリと見た。そして、コタツからモソモソと這い出し、わざとらしい咳払いを一つ。
「よくぞ参りました、迷える魂よ。私の名は女神ルチアナ。私は見て居ました……貴方が、暴走するトラックに轢かれそうになった哀れな猫を、身を挺して助けるその勇姿を……!」
「はぁ!?」
優也はバックパックを床にドスッと降ろし、眉間を寄せて吠えた。
「猫なんか助けてねぇよ!? そもそも寮の3階だぞ!? てか、あんた今ずっとソシャゲしてて俺のこと全然見てなかっただろ!」
「チッ……」
女神(?)は、あからさまに舌打ちをした。
「面倒くさいわねぇ……『トラックと猫』はお約束なの! 異世界転生の絶対ルールなんだから、ガタガタ言わずに受け入れなさいよ!」
「異世界転生……? おい、ちょっと待て。俺は今から南米に行ってシュラスコを――」
「はいはい、時間が惜しいからサクサク行くわよ。じゃあこれ、回して」
ルチアナがコタツの下から取り出したのは、商店街の福引きでよく見る「ガラポン(抽選器)」だった。
「な、何なんだよこれは」
「あんたの初期スキルを決める神聖な儀式。ほら、早く」
状況は全く読めないが、この空間が明らかに日本の物理法則から外れていることだけは、歴戦の勘が告げている。優也はため息をつき、ガラポンの取っ手を回した。
カラカラカラ……ポトッ。
出てきたのは、くすんだ木色の玉。
「んー、どれどれ。……あ、ハズレね。『リサイクルマスター』」
「……リサイクルマスター?」
「地球のゴミをポイントで出せるスキル。超エコロジーじゃん、良かったわね。はい! じゃ、そういうことで!」
「え? いや、ちょっと待て、ゴミってどういう――」
ルチアナはズカズカと優也の背後に回り込んだ。
「はいはい、後ろ向いて。最後の大事な『門出の儀式』があるんだから」
「儀式? こうか?」
優也が素直に後ろを向いた、その瞬間。
格闘家の本能が、背後からの強烈な殺気(?)を感知した。
――が、避ける間もなかった。
ドゴォォォォンッ!!
「おッッッッッ!?」
凄まじい衝撃が、優也の臀部を襲った。
ルチアナの履いていた「イボイボ付き健康サンダル」による、容赦のないフルスイングの前蹴りである。
「では高木優也さん。アナステシア世界に行ってらっしゃい。よい異世界ライフを~」
蹴り飛ばされた優也の目の前の空間が、ぐにゃりと歪み、巨大なブラックホールのような穴が開く。
「おいいいいいいいいっ! ふざけんな、俺の1000万円とシュラスコォォォォォッ!!」
穴に吸い込まれ、真っ逆さまに落ちていく優也。
最後に見たのは、再びコタツに潜り込み、スマホのガチャ画面に戻っていくジャージ姿の女神の、最高にだらしない後ろ姿だった。
「バイバ~イ。あーあ、また天井かぁ……」
こうして、各種国家資格とMMAの技術を併せ持つガテン系男子・高木優也は、地球のゴミ(チート)を武器に、剣と魔法と闘気の世界へと蹴り落とされたのである。




