クラスの地味子はフィギュアスケート女王、けれど誰もそのことを知らない【短編版】
クラスの窓際で俯く彼女の名前は鏑木莉央。
メッセージアプリのLimeでは「リオ」と登録されていたが、本人の根暗なイメージとカタカナの「リオ」のイメージがあっていなかったのだろう、何人かがそれを指摘すると莉央は速攻で「りお」と平仮名表記にかえた。
「別にそんなに気にしなくていいのに」と指摘した女子は慌てたが、根暗なりに莉央の意思は硬かったようで、そこから変更がない。
莉央を「根暗、根暗」と表現する"お前"はどうなんだとツッコミが入りそうだが、安心して欲しい。僕は陰キャコミュ障メガネだ。
名前はシオン。女子につけるならともかく、オタク男子にこの名前は荷が重い。
朝礼時間、担任が教室に入るなり慌ただしく報告した。「お前たち! 校庭のスケート場を勝手に黒いペンキで真っ黒にされるいたずらがあった。このようなことは行わないように! 後で全校集会があるぞ」
「校庭にスケート場?」と思う人もいるかもしれないが、毎年雪のつもる学校では珍しくない光景だ。学校お手製のスケートリンクで、毎年スケートが体育のメインスポーツになる。
担任が"真っ黒"と言ったが、実は語弊がある。黒板みたいに、黒く染められた氷上に薔薇、クローバーや5輪マークなど、様々な幾何学模様が描かれていた。中には某錬金術漫画に出てくるような錬成陣、あるいはファンタジーの魔法陣のような複雑な陣も描かれていた。
「あんな落書きをするなんて、全く、進学校の評判が落ちる……」ブツブツいいながら担任が出ていった。
その時、僕は隣の席の莉央が鳴らした音と独り言を聞き逃さなかった。
「落書き、だって?」そう言って莉央はシャーペンを真っ二つに折っていた。ルーズリーフには、校庭で見かけた魔法陣。
「……ふーん?」根暗女子の以外な一面を垣間見たが、僕は莉央がどうしてあんな行動を取ったのか強烈に興味が湧いてきた。
今まで、全く揺さぶりをかける性格ではなかったのだけれども、スマホの録画ボタンを押して、隣の席のルーズリーフの方に向けた。
一瞬莉央の視線がこちらに向きそうになった気がしてとっさにスマホをしまったが、莉央は真顔で僕をガン見した。
「……」
無言の時間が怖い。バレた。100%ばれた。
盗撮なんてなれないことをするんじゃなかった。彼女自身陰キャ根暗であるが、女子と男子では意味合いが全く違う。彼女が同じ根暗グループの女子にこのことを喋ってみろ? 俺の学校生活は終わる。
……いや? 悪いことをしたのは落書きをしていた莉央の方だ! もし彼女が「盗撮された!」と言って、僕が写真を提示したら共倒れのはずだ!
全校集会が終わったあと、どう切り出したものか……莉央から話仕掛けられるのを待つか? 普段の僕は、当然自分から女子に話仕掛ける度量なんてない。
退屈な全校集会が終わって、教室に戻ったあと、机にはルーズリーフが1枚置かれていた。
「喋ったら殺す。休憩時間屋上に来い」
ですよねー。
* *
昼休み、屋上へ。
そういえば、「漫画じゃないんだから、実際には屋上は解放しないよ」とよく言われるが、この高校は普通にドアラ解錠されている。いいのだろうか? しかも雪も積もっているのに。
弁当を持って寒い中屋上を訪れると、バケツを持った莉央が墨汁をバケツの水と混ぜているところだった。
「あ、来たな。えーっと、シオンだっけ」
女子に初めて名前で呼ばれた。少しソワソワした感情になったが、莉央の行動で一気に現実に引き戻された。
「これ、君の作品だろ?」
彼女が男勝りな喋りをしていることなんてどうでも良くなった。雪の上には、昨夜消したはずの、僕の氷上スプレーアートが再現されていた。
「スプレーアートは初めてだけど、以外と上手じゃないか?」莉央は得意げにニヤリと笑った。「これでお互い真の牽制だな。教師ににばらされたくなかったら私の活動もバラすな」
そういうと、莉央は再現されたスプレーアートの隣に、ちょっけい2mくらいの円を描いて、そこに黒く染まった水をぶちまけた。
「あ、おい! 昨日の今日でやるやつがあるか!」僕はとっさに強い言葉が出たが、莉央は聞く耳持たずで、水を刷毛みたいなもので均しながら、スマホで動画を回した。
「いえーい、私たち共犯でーす」
……なんでこいつ根暗キャラしてんの? 教室で。
「『なんでこいつ根暗キャラしてんの? 教室で』って思った?」莉央は1字1句心を見透かして言った。
「心を読むな!」ああシオンよ、情けない。もう少し気の利いた返事はできないのか。
「じゃあ逆に聞くけどさ、なんでシオンはスプレーアートをコソコソやってるわけ? それこそキャラじゃないでしょ?」
「……」言おうか悩んで、僕は素直に話しはじめた。「純粋にスプレーアートが好きだからだよ。だけど、違法に公共物の壁に書いたりするのは嫌いだね。スプレーじゃないが、夜に行動でふかしまくるバイクやなんかも嫌いだよ。自分で言うのもなんだけど、ストリートアートとかパフォーマンスの"スキルと絵面"は好きだけど、社会のルールに反発したり法を破って迷惑かけてするのは嫌なんだ。それじゃいつまで経っても上手くならないのもわかってるけど、バイクのふかしが大っ嫌いな自分としては、公共物に落書きするのも許せない。人も許せないし自分も許せない」
「それ」莉央はスプレーアートを指さした。「これ自体を、『落書き』だって、シオンは思ってるわけ?」
「まさか」
「じゃあ、私の行為もわかるはずさ」莉央はそういいながらカバンを漁り出した。
「……マインドは一緒かもしれないけど、スケールが違いすぎる! 僕のはすぐ消せるが、君はスケーティング一面を黒く染めたじゃないか。スケート場をそんなことするなんて、それこそ"落書き"行為だ」
「はあ? ああ、なんだ。てっきりシオンはフィギュアスケートのことを知ってるのかと思ったんだけど、そこは私の見当違いか」莉央はそういうと、カバンからスケートシューズを取り出した。
「え……この狭い中スケートするの?」僕にはわけがわからなかった。それにフィギュアスケートを知っているが彼女の行為とは何も関係がないはずだ。
そう思っていたが、実際は自分の無知を実感した。
莉央はスケート靴を履くと、TVで見たフィギュアスケーターのように氷の上に立って、ポーズを決めた。違うことは広さと床の色。
莉央は鼻歌を歌って音楽に乗りながら、くるくると回転したり、ステップを踏んだり、ターンを決めたりした。直径2メートルしかないのに、どうしてこんなに華麗な舞を踊れるのだろう。
僕は全身の所作に驚いていたが、だんだんと足元を中心的に見るようになった。
スケートリンクの中に、複雑な魔法陣が描かれていた。
「フィギュアスケートのフィギュアって『図形』のことだよ。靴のブレードで図形を描くから『フィギュアスケート』なんてわかりやすい」
僕は未だ呆然と眺めていると、急に視界の中央に、顔をぐっと近づけて言った。
「何ぼーっとしてるの? 早く消さないと! バレたらやばいのはお互い様でしょ」
* *
「ねえ、なんで僕がスプレーアートしていたの知ってたのさ。結局教えてもらってないよ僕は周りからどうみえるかなどお構い無しに、午後授業の合間の時間でりおに話しかけた。
「……」莉央は少し周りをキョロキョロしたあと、聞き耳を立てられてないか確認して、返答した。「シオン、君昨夜屋上にいただろ? スケートリンクで練習してた時、上を向いたら君を見つけてね。一瞬見つかったかと思ったが、屋上まで行って確認してみたら君はスプレーアートに集中仕切ってるじゃないか。トイレに向かったタイミングで写真撮らせてもらったよ」
梨花は昨夜の写真をスマホをユラユラ揺らしながら見せてきた。
なんだか盗撮で訴えられるかもと悩んでいたのが馬鹿らしくなってきた。いや、実際良くないことだから今後はしないけども。 もうしないけども!
* *
「へー、コンパルソリーフィギュアって言うんだ」
帰宅して、パソコンでフィギュアスケートの歴史を調べた。どうやら語源も、歴史も正しいらしい。しかし、コンパルソリーは実際のフィギュアスケートのプログラムからは、20世紀後半に廃止されたらしい。
「……それをわざわざ実践してるなんて、とんだ逆張りじゃないか。……いいと思う」
氷上を黒くしていたのは図形の幾何学を見やすくするためだと莉央は言っていたが、実際かつてのオリンピックプログラムのコンパルソリー動画を見ても、氷上は真っ白だった。
「なんで? 我流?」
気になって「Black Ice」を検索語彙に加えて調べると、直近のスケート動画が出てきた。
どうやらオリンピックやTVスターの人たちとは派閥の違う人たちの大会風景のようだったが、今まで見てきたフィギュアスケートとは違う、しかし端正な美しさがそこにはあった。
カメラにフォーカスされている人の演目を僕は知っている。今日の昼間見た。衣装は違うが、背丈も一緒。メガネはしていないし、髪型もセットされている。
「一位、Rio Kaburaki! (鏑木莉央!)」
校庭のスケートリンクを真っ黒に染め上げた犯人が、動画の向こうで、世界女王として立っていた。根暗な壁際の女子ではなく、ドレスアップしたスーパースターの姿で。
「私たち共犯だね」屋上での言葉を思い出す。
これからとんでもない事が起きそうな予感がした。
読者の反応が良ければ長編化したいです。
別タイトルとして『ブラック・アイス・クイーン』も候補でした。




