第一部 第二章 マルチスキル覚醒
翌朝。
目が覚めた瞬間、体が重かった。
筋肉痛だ。
昨日、壁を斬り続けたせいだろう。
腕を動かすだけで、じんわりと痛む。
「……情けないな」
そう呟きながら、ベッドから起き上がる。
だが、不思議と気分は悪くない。
痛みは、生きている証拠だ。
努力した証拠だ。
顔を洗い、安宿を出る。
今日も、倉庫の仕事だ。
ギルドの裏手にある倉庫。
木箱が、山のように積まれている。
俺は、無言で作業を始めた。
持つ。
運ぶ。
積む。
単調な動き。
だが、頭の中では、ずっと考えている。
どうすれば、強くなれるか。
金がない。
装備もない。
師匠もいない。
なら。
せめて、体を鍛えるしかない。
昼休憩。
倉庫の裏で、座り込む。
乾いたパンを齧る。
そのとき。
「おい」
低い声。
顔を上げると、三人組の冒険者。
革鎧。
剣。
Dランクだ。
昨日、俺を笑った連中だ。
「なにか用ですか」
「別に?」
一人が、にやにや笑う。
「Fランクが冒険者の真似してるのが面白くてな」
もう一人が、俺の胸を指で突く。
「身の程、知れよ」
周囲に人はいない。
逃げてもいい。
だが。
体が、勝手に動いた。
拳を、握る。
「……冒険者です」
声が震える。
「俺は、冒険者です」
一瞬。
沈黙。
次の瞬間。
腹に、衝撃。
蹴られた。
息が詰まる。
倒れる。
顔に、影。
「調子乗んなよ」
殴られる。
視界が、揺れる。
痛い。
怖い。
でも。
涙は出なかった。
悔しいからだ。
どれくらい経ったかわからない。
三人は、去っていた。
俺は、地面に転がったまま。
体が、言うことをきかない。
「……くそ」
歯を食いしばる。
ここで終わりか。
そう思った、そのとき。
頭の奥で、音がした。
――起動条件、達成。
――スキル《マルチ》、解放。
「……え?」
視界に、文字が浮かぶ。
【スキル:マルチ】
【効果:複数職業スキル習得・切替可能】
【現在職種:なし】
心臓が、跳ねる。
なにこれ。
夢か?
幻覚か?
だが、文字は消えない。
「……職種」
そう呟いた瞬間。
【職種:見習い剣士】
と表示された。
同時に。
頭に、情報が流れ込む。
剣の握り方。
足の運び。
基本の構え。
体が、勝手に理解する。
ゆっくりと、立ち上がる。
近くに、落ちていた木の棒を拾う。
構える。
自然に、構えられている。
「……すごい」
震える。
恐怖じゃない。
興奮だ。
「俺……」
「強くなれるかもしれない」
倉庫へ戻る。
誰にも言わない。
言えない。
これは、俺だけのものだ。
作業を終え。
夜。
裏通り。
俺は、木の棒を振る。
昨日とは違う。
音が、変わった。
ヒュッ。
空気を切る音。
姿勢も、安定している。
「はは……」
笑ってしまう。
小さな一歩。
でも。
確かな一歩だ。
部屋に戻る。
ベッドに座り、拳を握る。
「……絶対に」
「冒険者として、上に行く」
最底辺は、もう終わりだ。
ここから。
俺は、登る。




