第1章 崩れ行く日々(1)
※この作品には一部に残酷な描写や性的な示唆を含む場面があります。
直接的な表現はありませんが、苦手な方はご注意ください。
また、本作は「小説家になろう」と「アルファポリス」に同時投稿しています。
第1章 崩れ行く日々
◆1:雨の記憶と祈り
sideユリカ
あの日の音は、今でも忘れられない。
家が、土砂に呑まれていく音。崩れる柱の軋み。祖父の叫び。
背を強く押され、雨の地面に転がった。
轟音の中で祖父の姿は消えた。
何年経っても、土に沈んだ声は胸の奥に残り続ける。
石の影に一輪の白い花を添え、立ち上がる。
小道を歩く黒い外套の人影が視界をかすめた。
振り向かず、すれ違っていく。
(……誰だったんだろう)
顔を知らないはずなのに、不思議と懐かしさが疼いた。
小さな家の玄関を開けると、ほんのりと木の香りがした。
祖父が暮らしていた家の跡地に、少しずつ手を加えて建て直したもの。
教会の横手にあるせいか、今でもふとした風に鐘の音が届く。
「……ただいま」
誰もいない部屋に、小さく声を落とす。
誰かに聞かせるわけでもなく、けれど長く染みついた癖のように。
昼間訪れた祖父の墓前のことが、まだ頭の片隅に残っていた。
風に揺れる花、重たい空気。
そして――すれ違った、あの人の背中。
あれは誰だったのだろう、と胸の奥に引っかかりが残る。
顔をきちんと見たわけではない。
けれど、どこか懐かしくて、胸の奥が少しだけ疼いた。
椅子に腰掛け、窓辺に目をやる。
光の角度が、日が落ちかけていることを告げていた。
静かな時間。
誰に邪魔されることもなく、けれど心はどこか落ち着かない。
教会に戻るたび、無意識にあの人の姿を探してしまう自分に気づく。
きっと気のせいだと言い聞かせたことは何度もある。
今さらどうこうなるわけじゃないと分かっているのに。
距離を置こうとしたはずなのに――気づけば目で追ってしまっている。
ルアルクは、今や“教会の直系”として立場を持つ神官。
真面目で、誠実で、誰にでも優しい。
だからこそ、自分が近づいてはいけない気がした。
(好きになっていい人じゃない。それでも……好きだと思ってしまう。)
どれだけ距離を置こうとしても、他の誰かに向ける微笑みさえ、目が離せなくなる。
彼の前では“誰でもない私”でいられたら――。
そんなことばかり考えてしまう。
昔のように気軽に言葉を交わすことも、笑い合うことも、本来ならもうできないのに。
そう思えば思うほど、ぎこちなくなる自分が嫌だった。
教会には毎朝祈りにいき、今も時々お手伝いをしている。
シスターの手伝いをしたり、祈りの場に立ち会ったり――
けれど、あの場所はもう、自分の居場所ではないと感じることも増えた。
(こんな風に思うの、きっと間違ってる……)
心にしまっておけるなら、それでよかった。
ただ、抑え込めるほど、自分の気持ちは器用ではなかった。
ふと、外で風が吹き、窓の隙間から葉擦れの音が聞こえる。
その音に混ざって、遠くの空から、かすかな雷鳴のような響きが届いた。