迷宮のストラテジスト
霊安室の重い鋼鉄の扉が背後で閉ざされると、彼らの世界は完全に闇に塗り潰された。ひんやりとした、黴と鉄錆の匂いが混じった空気が肺を満たす。自分たちの荒い息遣いと、装備が擦れる微かな音以外、そこには完全な無が広がっていた。
「ライトを点けろ。だが、動きは最小限に」レオポルドの押し殺した声が闇に響いた。
数条の光が暗闇を切り裂き、目の前に広がる光景を映し出した。そこは、巨大な蛇がとぐろを巻くように、無数のパイプと配線がコンクリートの壁を縦横無尽に走る、まさしく迷宮の入り口だった。カルビンが広げた設計図をライトが照らす。
「地図によれば、この先で通路は三つに分岐する。最短ルートは中央だ」レオポルドが即座に進路を示した。
だが、レイモンドが首を横に振った。「いや…違う」
彼はこめかみを押さえていた。頭の中で鳴り響く不協和音は、この地下空間に入ってから一層強くなっていた。「『声』は…右だ。中央からはほとんど聞こえない」
「勘に頼るつもりか?」レオポルドが嘲るように言った。
「彼の感覚は、我々が持つ最も信頼性の高い探知機だ」カルビンがレオポルドを制した。「レイモンドを信じよう。敵は、我々が最短ルートを選ぶと予測している可能性が高い」
不満を顔に滲ませながらも、レオポルドは舌打ちをして右の通路へ先導した。彼らが中央通路の入り口を通り過ぎた直後、背後で轟音と共に天井の一部が崩落した。粉塵が舞い、通路は完全に塞がれる。もし中央ルートを選んでいれば、彼らは生き埋めになっていただろう。
レオポルドは言葉を失った。地図上の正解は、最も危険な罠だったのだ。彼は初めて、レイモンドの忌まわしい能力に、兵士としての一種の敬意を払わざるを得なかった。
迷宮は、彼らの予測を遥かに超えて悪意に満ちていた。ある通路では、突如として頭上のパイプが破裂し、視界を奪う高温の蒸気が噴き出した。その白い闇の中から、数体の武装したゾンビが音もなく襲いかかってくる。視界の悪い中での乱戦は、彼らの神経をすり減らした。
またある区画では、完全に水浸しになった通路が行く手を阻んだ。水面には、切れた送電線から漏れ出た火花が散っていた。
「この区画の遮断器を落とさなければ進めん」レオポルドが設計図を指差した。「メンテナンス用の小部屋がこの先にあるはずだ」
「待て」カルビンが止めた。「あまりに分かりやすすぎる。敵が、我々が遮断器を狙うと読んでいないはずがない。そこには伏兵がいる」
「じゃあどうするんだ」
レイモンドは目を閉じ、再び脳内のノイズに集中した。「声は…遮断器の部屋からも聞こえる。だが、一番強いのは、その真上だ」
彼らは顔を見合わせた。
「換気ダクト…」
敵は、遮断器を落としに来る彼らを、頭上のダクトから奇襲するつもりだったのだ。彼らは作戦を変更し、わざと小部屋に銃撃を加えて陽動し、その隙に別のルートから区画を迂回した。敵の思考を読み、その裏をかく。この地下深くで、彼らは肉体だけでなく、知性をも武器として戦っていた。
レオポルドの軍事的知識、カルビンの心理分析、そしてレイモンドの超感覚。三つの異なる能力が、この絶望的な状況下で奇妙な調和を生み、彼らを迷宮の深部へと導いていく。
数時間に及ぶかと思われた緊張の末、彼らは巨大な防音扉の前にたどり着いた。レイモンドは頭を抱え、その場に膝をついた。脳を直接万力で締め付けられるような激痛だった。耳鳴りではない。思考そのものを破壊する、純粋な敵意の波動だった。
「心臓部だ…」レオポルドが扉を見上げて呟いた。「病院全体の電力を管理する、主発電室。奴は、この中にいる」
合図と共に、彼らは扉を爆破し、内部へ突入した。
部屋は広大だった。低い唸りを上げて稼働する巨大な発電機がいくつも並び、その間を縫うようにキャットウォークが張り巡らされている。そして、部屋の中央、複雑な制御パネルが並ぶ司令台の上に、それはいた。
筋肉の塊だった「クラッシャー」とも、俊敏な「ハンター」とも違う。それは、痩せこけた長い四肢を持ち、異常に肥大した頭部を持つ、蜘蛛を思わせる異形の姿だった。剥き出しになった背骨からは、神経線維のような触手が伸び、制御パネルのいくつかに直接接続されている。それは、筋肉の怪物ではなかった。剥き出しの知性と、ネットワークそのものである、指揮系統の怪物だった。
「ストラテジスト…」カルビンが命名した。
ストラテジストは咆哮しなかった。ただ、その複眼のような瞳が、侵入者たちを冷たく捉えた。そして、攻撃が始まった。
レイモンドたちが発砲するより早く、ストラテジストの細長い指が制御パネルを叩いた。途端に、部屋の天井を走っていた巨大な産業用クレーンが、轟音と共に動き出し、彼らの頭上へ迫ってきた。
「散開しろ!」
彼らは散り散りになった。クレーンが床を叩きつけ、コンクリートの破片をまき散らす。ストラテジストは再びパネルを操作し、彼らが突入してきた扉をロックし、退路を断った。
レオポルドは遮蔽物に身を隠しながら、ライフルでストラテジスト本体を狙撃するが、その周りを囲む発電機の頑丈な筐体が、ことごとく銃弾を弾いてしまう。
「奴め、自分の司令室を要塞化している!」
その時、再び動き出したクレーンのアームが、レオポルドを狙って高速で振り下ろされた。彼は咄嗟に飛びのいたが、アームの先端にある巨大な鉤爪が、彼の左脚を壁とキャットウォークの間に挟み込んだ。
「ぐっ…!」
骨が砕ける鈍い音と共に、レオポルドの苦悶の声が響いた。彼は動けず、ストラテジストは、まるでチェスでチェックメイトをかけるように、ゆっくりとクレーンの圧力を強めていく。
絶好の機会だった。ストラテジストはクレーンの操作に集中しており、その痩せこけた体は完全に無防備だった。
レイモンドの視線が、司令台の上で好機を晒すストラテジストと、クレーンに挟まれ苦悶の表情を浮かべるレオポルドとの間を、激しく往復した。仲間を救うか、敵将を討つか。究極の選択を迫られ、彼の思考は一瞬、停止した。




