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友達

 今日は夕方前に少し散歩をしてみる。

 院内の中庭なら自由に歩いていいと言われたので、私は病室を出ると一目散に日の当たる中庭を選んで外へと飛び出した。

 空は昨日とは違って少し曇っていた。


 ——晴れだったらよかったのに。

 私は少し残念に思いながらも、まあこういう事もあるよねと思いながら中庭を散策する。


 しばらく歩いていると、ふと中庭にそびえる大きな木の陰に車椅子に座った男の子が静かに佇んでいることに気づく。 歳は中学生くらいで、ぼうっと空を見ていた。

 私は院内の生活が長い。 だから長く通院している人や入院している人はもう覚えている。

 その子は私の今までのどの記憶にも該当しないので、きっと最近入院した子なんだろうなと思った。


「空、曇ってるね」


 私は特に何の考えなしに男の子に話しかけてみた。 男の子は少し驚いたような顔を一瞬だけするが、すぐに表情を真顔に戻して口を開く。

「ああ、そうだね……でも、僕はこの空、嫌いじゃないんだ」

「へえ、曇ってるのが好きってこと?」

 男の子はうなずく。

「私は晴れてるのがいいな、だって気持ちいいでしょ?」

「そうか、キミは光なんだね」

 よく意味が分からないが、私もうなずいて答えた。


「見ない顔だね、最近入院したの?」

 私が訪ねると男の子はしばし間を置いて、うんとうなずいた。

「そっか、どこか悪いの?」

 さらに私が訪ねると、男の子はさらに間を置いてから口を開く。

「元からね、ちょっと右腕が」

「右腕?」

 男の子はまたうんとうなずく。

「足はどうしたの?」

 車椅子に乗っているのだから恐らく足が悪いんだろうと思ったけど、違うのかな?

「いや、足はいいんだけど、先生からは車椅子に乗ってた方がいいって言われてるんだ」

「あ、そうなんだ! じゃあ歩けるんだ?」

「そうだよ」

 男の子はそれからしばらく私と空を交互に見てから再び私を見る。 なんだか戸惑っているような様子だ。 そしてしばらくして、口を開いた。

「あ、でもすぐに退院するんだ。 でもまたすぐ入院しちゃうらしいんだけど」

「そっか……早く良くなるといいね」

「たぶん二年くらいは通院生活続くんじゃないかって言われてる」

「ふぅん……でも、いずれは退院できるってことだ、よかったじゃない!」

 私がそう言うと、男の子はなんだかバツの悪そうでハッキリしない表情をした。

「うーん、でも、もしかしたらこれは精神的なもので、もしかしたら大人になっても発症するんじゃないかって言われてるんだ。 だから先生からは友達と沢山遊びなさいって言われてる」

 友達と遊ぶ? そしたらよくなるのだろうか? それとも今のうちに沢山楽しんでおけ的な? 気になるけど、もちろん私は疑問は口にしない。

「そっか! じゃあ沢山遊ばなきゃね! 友達は何人いるの?」

 男の子はまたバツの悪そうな顔をする。

「実は、そんなにいないんだ」

 そう言って頭をかく。

「じゃあ私が友達になってあげるよ! ほら!」

 私は握手を求めて”右手”を差し出す。

「ごめん、右手を動かせないんだ。 動かしたら僕……」

 見たところ特に包帯やギプスを巻いているようには見えない普通の右手だ。

 私は「そっか!」と答えて左手を差し伸ばした。 男の子は左手をゆっくり私の手に添え、お互いの握手を交わす。

「これで友達だね! 私の名前はさなえ! キミはなんて言うの?」

 男の子は一瞬迷ったような表情をする。

「名前は、いや、僕なんて名乗るほどのものでは——」

「私が教えたんだからキミも教えてよ~!」

 私は食い下がると、男の子は一息ついてから答える。

「……ゆうすけ」

 おずおずとしながら、ゆうすけは答えた。

「ゆうすけ! いい名前だね!」

「え、いい名前?」

「うん、いい名前! じゃあゆうすけ! これからよろしくね! なんの病気かわからないけど、負けちゃだめだよ!」

「え、あ、うん……あの、さなえ、さんは——」

「さなえでいいよ! 友達でしょ!」

 ゆうすけは私の勢いに押されながらも「さなえは……」と言い直した。

「すごく元気そうに見えるけど、どこが悪いの?」

 ゆうすけがそう言った時、ポツンとひとしずくの雨粒が頬に落ちてきた、空を見ると曇天の空が広がり、刹那さらに二粒、二粒はやがて五粒、五粒はさらに倍になり降ってくる。 夕立だ。

「雨だ! ゆうすけ! 院内(なか)に入るよ!」

 私はゆうすけの車椅子を押して、一緒に中に入る。


 院内に入り、中庭の方を振り返ると、もう外は土砂降り。 あと少し遅れていたらずぶ濡れになっていたところだ。 しかしまったくの無傷というわけもなく、タオルが欲しいくらいには濡れていた。

「早く拭かないとね……! ゆうすけ、一人で病室まで行ける?」

「う、うん、行けるよ」

「じゃあ早く行きな! 私も自分の部屋に戻るから! 早く拭かないと風邪引いちゃうからね! わかった!?」

「わ、わかった」

 私はそう言うと、手を振ってゆうすけと別れて3階の病室へ続く階段まで逃げるように向かった。

 ……本当は病室は上だから途中までゆうすけとエレベータに乗ればよかったのだが、私は先ほどの会話を続ける気が起きなかった。


 ゆうすけと鉢合わせしないように(というより、どの病室か聞きそびれたな)しながら、ゆっくりと階段を登り、特に用もあるわけでもないのに踊り場で少しぼうっと時間をつぶしながら三階まで来る。

 周りを確認しながらそうっと自分の病室の途中にあるナースステーションへ近づく。 すると、木野さんが受話器を持っていて話していた。

 会話の内容的に内線とかじゃなくて外線のようだった。 私は邪魔しないようにナースステーションを横切ろうとしたが、木野さんが突然電話相手に向かって「あと二日なんですよ! 顔ぐらい見せてあげたらどうですか!」と、決して怒鳴りではないが、非常に強い口調で抗議をした。

 私は即座にそれが私に関連する内容であると悟る。

「それはわかりますが、それでもあの子はあなたとずっと居たし、あの子はあなたが好きで、今も待っているんです! 最後くらいは会ってあげても良いんじゃないですか! 受け入れられない気持ちもわかりますけど、それでも——」


 私はそこまで聞いて、きっとさなえには会えないことを悟る。


 あと二日だ。 












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