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故郷から逃げ出した僕が、新しい家族としあわせになるはなし  作者: 紅緒
第1章『少年と令嬢とやさしい時間』
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初めてのお風呂、初めての魔法

「まずは髪と身体をきれいに洗ってから、湯舟に浸かるんだ」

「う、うん、わかった……」


 これまで、身体を拭くことはあっても風呂に入るという習慣がなかったアルヴィーは、浴室内のその全てに驚いていた。

 朝食前に顔を洗った洗面所の側に浴室への扉があり、服を脱いで扉を開くと湿度の高い空気が立ち込める。

 広い浴室の壁には縦長の大きな鏡が設えてあり、その正面には座って髪や身体を洗えるように、小さな背もたれのない椅子が置かれていた。

 湯船にはたっぷりと湯が張られ、浴槽も床も石で出来ている。浴室には棚が置いてあり、そこにいくつかの容器が並べられていて、テオドールいわくこの容器の中身を使って髪や身体を洗うらしい。

 どれも初めて見る物で、アルヴィーは自分はまったく違う世界に来てしまったのかと思うほどだった。


「今日はオレが髪を洗ってやるから、次から自分でするんだぞ」


 そう言うと、テオドールが「じっとしてろ」と言って『洗髪剤』という物を泡立ててアルヴィーの髪と頭皮をがしがしと擦る。垂れてきた泡が目に入って「いたいよ!」と言ったら「泡が目に入らないように目を瞑るんだ」と返され、先に言って欲しかったと少し恨めしく思った。

 身体も同じように泡でしっかりと洗い、熱いお湯に二人で浸かる。

 大きな四角形の浴槽は子供二人が入ってもまだまだ余裕がある広さだった。


「百数えてから出るんだぞ」

「ひゃく?」

「そうだ。数字、わかるか?」

「あんまり、わかんない……」


 勉強などしたことがなく、あまり外にも出ていなかったアルヴィーにとって数字はおつかいに必要なことば、という認識でしかない。

 『このお酒をふたつと、煙草をひとつください』という具合だ。

 だから、あまり大きな数字は知らない。必要がなかったから。


「じゃあ、オレのあとに続けて言えば良い」

「え……」


 申し訳なさそうにするアルヴィーに、テオドールが名案だ、というように人差し指を立てて見せた。


「いいか? いーち、にーい、」

「い、いーち、にーい……!」


 早速数を数え始めたテオドールに、慌ててアルヴィーも真似して声を上げる。

 しっかり百まで数えてから二人で風呂から上がると、ぽかぽかの身体をタオルで拭いて、サイズが合わなくなったというテオドールのお下がりの服を借りて身に着けた。


「髪を拭いてやるから、じっとしてろ」

「ありがとう……」

「オレの方が年上だからな、とうぜんだ」


 少し乱暴にアルヴィーの髪をタオルで拭くと、テオドールは自分も同じようにしてから「よし」と頷いた。


「かんぺきだ。サフィール様たちのところへ戻るぞ」


 得意げにそう言うテオドールと一緒に部屋へ戻ると、二人の姿を見たサフィールがくすりと笑う。


「二人とも、まだ髪が濡れているよ。それじゃ風邪を引いてしまう」


 おいで、とサフィールがアルヴィーを抱き上げ膝に乗せた。


「じゃあ、テオくんはこっちね」


 テオドールもまた、ノアに抱き上げられる。


「いつも私が乾かしているのに、何でまた今日は自分でしようとしたんだ?」

「……」


 ノアに背中を向けて座ったテオドールが、サフィールの言葉にバツが悪そうに下を向いた。


「テオくんは、アルくんよりお兄ちゃんだから、世話を焼いてあげなきゃと思ったんだよ」


 そんなテオドールの内心をノアが代弁する。

テオドールは少し赤くなりながらも、否定することはなかった。


「そうか、テオの方がお兄ちゃんだものな。しっかりしたところを見せたかったのか」


 普段は言葉数が少ない子供の可愛らしい一面に、サフィールは嬉しそうに微笑んだ。


「でも風邪を引いては元も子もない。今日は私達に任せておくれ」

「……きょーしゅくです」

「あはは! テオくんてば、難しい言葉を覚えたねえ」


 サフィールの言葉に頷くテオドールの頭を、ノアが楽しそうに笑って撫でる。


「さあ、アルヴィー、少しじっとしていておくれ」

「? は、はい」


 何をされるのか分からず、背後から聞こえてくるサフィールの声にアルヴィーは只頷くしかなかった。

 すると、ふと頭のあたりにふんわりと温かい風が当たる。


「?」

「風の魔法だ。温かい風を起こして髪を乾かすんだ」


 不思議に思ったアルヴィーが後ろのサフィールを顔だけで振り返ると、にこりと笑って説明してくれた。


(魔法って本当にあるんだ……)


 生まれて初めて魔法に触れたアルヴィーは、魔法というのはおとぎ話にあるような、もっと派手なものだと思っていた。

 だからこんな、髪を乾かす程度の魔法もあるんだなあ。なんて、優しい温風を髪に受けながらアルヴィーはぼんやりと考えた。


 あったかい。


 サフィールは優しい手つきで髪をかき混ぜながら乾かしていく。

 アルヴィーがふとテオドールの方を見ると、同じようにノアにされながら緊張したような、でもどこか嬉しそうな表情で身を任せていた。

 ノアの手がぼんやりと緑の光を纏っている。その手の平から風が起きているようだ。


「ほら、できたよ」


 ふわふわと気持ち良く身を委ねていると、サフィールに声を掛けられて我に返った。

 同じタイミングでテオドールも終わったらしく、ノアの膝から降りて「ありがとうございました」と頭を下げている。

 それに倣ってアルヴィーもサフィールに「ありがとうございました!」と言い膝から降りると、サフィールは「どういたしまして」と笑った。


「二人とも、髪を梳くからこっちへおいで」


 今度は手にブラシを持ったサフィールに、順番に髪を丁寧に梳かしてもらう。

 栄養が全く足りていないアルヴィーの髪は、梳かしても艶が出ず手触りもパサパサしている。サフィールは艶のあるテオドールの髪の手触りと比べて、顔を曇らせた。

 風呂に入って着替えても、痩せこけた身体は変わらない。

 今日は何を食べさせようか。こけた頬を撫でながら、サフィールはそんなことを考える。


「準備が出来たなら出かけようか」


 ノアの言葉に顔を上げると、ノアはこちらを見て微笑んでいた。

 自分の心の中の憂いを見透かしたような顔をしている。

 それが少し癪に触ったが、ノアの言う通りいつまでもこうしているわけにもいかない。

 今日はたくさん買い物をする予定だし、アルヴィーに元気のでる物をたくさん食べさせてやらなくては。

 買い物に掛かる時間によっては夕食も外で済ませても良いだろう。


「そうだな、出かけよう」


 サフィールはノアに頷き返し、二人の子供に両手を差し伸べ笑いかけた。


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