58話・【出会い】─テオドールの場合─
タンッ!
テオドールは思い切り地面を蹴って、目の前の少女に向けて両手を突き出した。
小柄な少女だ。背後から突き飛ばせば、簡単に転んでくれるだろう。逃げる時、気を配るべきは一緒にいる男の方だ。そう思っていた。
だが……────。
「うわあっ!?」
テオドールの伸ばした両手は何にも触れること無く、その勢いのままつんのめって舗装された地面に派手に転ぶこととなった。
(え、な、なんで?)
雑踏の中、自然に近付いて背後から突き飛ばそうとしたのに。彼女達が後ろを振り返ることも無ければ、気にする素ぶりすら無かったのに。
なのに、彼女はテオドールの手が背中に届くその寸前でひらりと身を躱して見せたのだ。
「あら、派手に転んだわね。貴方、大丈夫?」
転んだまま目を白黒させているテオドールに、少女が屈んで白々しいことを言う。台詞とは裏腹に、その大きな青色の瞳は悪戯っぽく笑みを湛えていた。
(やばい! やばい! 失敗した……!)
我に返ると同時に、焦りと恐怖が波となってテオドールを襲う。
きっと突き飛ばそうとしたことを、彼女は気付いている。その隣の男もきっと。
「怪我をしていたら大変。少しこちらで見せてちょうだい」
「うん、それが良いね。ここは人の目も多い。こっちの路地に行こう」
少女の言葉に黒髪の男が同調する。
間近で見ると、まだ【少年】といえる幼さが垣間見える……本当に端正な顔立ちの男だった。
(終わった……。オレ、どうなるんだろう)
テオドールは足が竦んで逃げ出すことも出来ず、二人に連れられるまま歩いた。そして、メインストリートから脇道に逸れて路地に入ったところで、少女と少年が歩みを止めテオドールへ向き直る。
「……さて、少年」
「!」
途端、少女の纏う空気が変わった。
片手を腰に当て、テオドールの前に仁王立ちする少女。小柄な少女のものと思えない、大きなプレッシャーがテオドールに向けられる。
路地の陰で逆光になった彼女の青い瞳が静かにテオドールを見据えている。澄んだ宝石のような瞳は、テオドールの全てを見透かそうとしているようだった。
「お前は、どうして強盗みたいな真似をした?」
少女の、ともすると自分達の仲間と同じような砕けた口調に、そしてその問い掛けに、テオドールは毒気を抜かれたようにぽかんと口を開けた。そして、正直にその質問に答える。
「……金が要るからに決まってるだろ」
「ふふ、そりゃそうだよねえ。今のはサフィーの聞き方が悪いよ」
「そうか? でも他に聞きようが無いだろう」
サフィーと呼ばれた少女が、逃げる気力を無くし座り込んだテオドールと視線を合わせようとしゃがみ込んだ。ワンピースの裾が地面に擦れるのを嫌がる様子も無く、口の端をにっ、と持ち上げて「なあ? 少年」と笑って見せる。
「私の名はサフィール。少年、お前の名は?」
「……テオドール」
「そうか。テオドール、いい名前だな」
そう言って、少女がまた口角を片方だけ上げて微笑む。
「テオドール……、【神の贈り物】か。私と一緒だね」
少年が楽しそうに呟きを漏らしたが、当時のテオドールにはその意味なんて分からず、また、その意味を考える余裕すら無かった。
「おい、テオドール?」
「……」
反応の無いテオドールの顔の前で、サフィールが手をひらひらとさせる。
ただ、テオドールはこの少女の所作に呆気に取られ、混乱していた。
さっきまでメインストリートで見ていた彼女は幻か何かだったのだろうか? 小さな歩幅で楚々として歩き、優しく微笑んで隣の少年と会話していた彼女と……、今目の前にいる彼女が同一人物とはとても思えなかった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます!
テオとサフィールの出会いです。
なんとテオはお金を奪うターゲットとしてサフィールに近付いたのでした。
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