57話・【独白】─テオドールの場合─
物心付いた頃から、ウチは貧乏だった。
周りも貧乏だったし、同じようなボロ家が並ぶこの区画が自分にとっての当たり前の光景だった。
「むかし、ウチは貴族だったのよ」
母は、子供の自分から見てもぼんやりしている人で、いつも遠い昔の栄光を思い出しては【いつかまた華やかな世界へ帰れるんじゃないか】と夢見ている……そんな人。
当然、とっくの昔に没落した貴族が返り咲けるはずも無く、母は毎日自分の身体を商品として生活費を捻出していた。そんな生活だったから、何か縋るものが必要だったのかもしれない。……と、今ではそう思う。
父はテオドールが五歳の年、近所で強盗に遭って死んだ。
貧乏人から盗れる物なんて何も無いのに、その強盗はよっぽど馬鹿だったんだろう。
それからだ。母が身体を売るようになったのは。
しかし、衛生面など気にしない男達を相手にするうち、母の身体がダメになってしまった。
だが、娼婦として金を稼ぐことは王都で認められていない。だから相手を訴えることも出来ないし、そもそも、たくさん相手した中の誰が病気持ちだったかなんて分からない。そうして医者に診てもらう金も捻出出来ないまま、床に伏せる日々を過ごした。
「テオに、もっと良い暮らしをさせてあげたかったなあ」
母は見る間に痩せさらばえて、あっけなく死んだ。
「ごめんねえ」と、病床でも笑みを絶やさず、自分の苦しみよりテオドールの身を案じてくれる、最後までのんびりした……、最後までやさしいひとだった。
母が死に、テオドールは独りぼっちになった。
ボロ家の家賃も払えなくて、テオドールはすぐに住む場所を失った。周囲の大人達は自分のことで手一杯で、路頭に迷う子供相手に何もしてくれない。
まだ七歳の子供に、【福祉に頼る】なんて考えがあるわけもない。
テオドールは似たような境遇の子供達と身を寄せ合って生活するようになった。
子供に出来る仕事なんて無いに等しくて、街に出て食べ物や小銭を乞うこともしたし、ゴミを漁ったりもした。……悪いことだと分かってはいるが、店頭に並んだ商品を盗んだこともある。
それでも飢えは凌げないし、テオドールより年下の子供が目の前で弱っていく。
手段を選んでいられない。幼い仲間達に食べさせなくては。
焦燥に駆られたテオドールは、仲間達に【街の人間から金品を奪う】と宣言した。
それを聞いた仲間達は全員反対した。
強盗なんて、万引きよりも罪が重い。もし、捕まったりしたら子供でもどうなるか分かったものではない。しかも相手が貴族だったりした場合、死罪もあり得る。
それはテオドールも承知していたし、自分の父が死ぬ要因となった犯罪に手を染めるのは正直嫌だった。
でも、金が無いと、食べ物が無いと、どっちみち飢えて死んでしまう。
だからテオドールは『何かあっても、これは自分の責任だから』と仲間に強く言い含めて街へ向かうことにした。
テオドールの計画は、街の人通りの多い場所でターゲットに体当たりし、持ち物を奪って逃げるという……、至ってシンプル且つ幼稚なものだった。
「!」
何故、あの時彼女を見たのか分からない。
たくさんの人がいる中で、自分の視線が何者かに操られたように彼女へ吸い寄せられた。
(きれいな人だな……)
夕陽色のウエーブがかった髪に、澄んだ青い瞳が印象的な少女だった。彼女からはまだ距離があるのに、彼女の姿だけその場で異質なもののように浮いて見えた。
この人にしよう。
即決した自分に疑問も抱かず、テオドールは彼女の近くへと人混みに紛れて近付いていった。
静かに気配を殺し、少女の背後にまわる。
そこでようやく、彼女が一人では無く青年と一緒であることに気付いた。
珍しい黒髪と、隣の少女に向けるとびきり甘く端正な横顔。
彼もまた異様に目を引く存在だった。
(アレに、金が入ってるのかな……)
少女の腕には可愛らしいレースがあしらわれた巾着が提げられている。艶のあるシルク地のそれは、物の価値が分からないテオドールでも高価なものだと判別出来た。
(もし金が入ってなくても、アレを売れば金になるかもしれない)
子供ながらにそう算段を付けて、テオドールはひとつ大きく深呼吸する。
(……よし、やるぞ)
ドクドクと臆病な心臓が鳴っているのが分かる。
捕まったら一巻の終わりだ。そう思うと恐怖で足が竦み、緊張で指先が冷たくなる。
……けど、やらないと。
生きていく為に、やらないといけないのだ。
金持ちから少し頂戴するくらい、何がダメだって言うんだ。
テオドールはそう無理やり自分を鼓舞して、少女の背中を突き飛ばそうと地面を蹴った。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます!
ついにテオの過去回突入です。
テオの境遇もまた辛いものでしたが、サフィールと運命的な出会いを果たします。
彼らの出会いはどのようなものだったのか、お楽しみに!
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