51話・調査報告【後】
「それだけじゃない」
「え?」
そんな人の目を気にするようなタマか、と憤ったサフィールにノアが被せるように言葉を加えた。
「アルくんの本当のお父さんは、領地は持っていなかったけれど、カディスブルクの隣町の子爵だったんだ」
「ああ……」
「母親は見た目は悪くないみたいでね。本当に運が悪いことにその子爵はまんまと惚れ込んじゃったんだ」
ノアの話に、サフィールは自分の心がすう、と冷えていくのが分かった。
「金か」
知らず棘のある声になる。
心のどこかで一縷の望みを抱いていた。
アルヴィーの誕生に、少しでも両親の愛情があったと。この子が望まれた子であったと。
「子爵は他に身寄りもなく、格好の獲物だったろうね」
「それで……、今度は浮気相手ができて子爵が邪魔になり、病死に見せかけ遺産を手に入れたのか」
「そうだと思う」
「母親は最初から子爵の資産しか見てなかったということか」
「……そうだね」
どこまで身勝手なんだ。
サフィールはその母親と、恐らく共謀したであろう再婚相手の父親を今すぐ縊り殺してやりたい衝動に駆られた。
「……そんなことなら、どうして子供を産んだんだ」
金にしか興味がなかったなら、子供を作る必要はなかったはずだ。
サフィールのその言葉に、ノアが「それが、」と翳りのある表情で切り出した。
「子爵は母親を愛していたようで、子供ができたことを大層喜んでいたみたいだよ。母親もその時は浮気もしてなくて、金があれば別に構わないと考えていたんじゃないかな」
「それは、母親がアルの面倒を見ていたということか?」
少しの希望を胸にサフィールが尋ねる。
だがノアは被りを振ってその淡い期待を否定した。
「面倒を見ていたのは子爵の家の侍女らしい。子爵自身は赤ん坊のアルくんを可愛がっていたそうだよ」
「でも、その記憶はアルにはない……」
「そうだね……」
サフィールがアルヴィーの髪を撫でながらぽつりと言う。
ノアも静かにそれに同意する。
「この話、アルには……」
「まだ、話さない方がいいんじゃないかな」
「ああ……。本当の父親から確かに愛されていたという事実はあの子を少しは救うかもしれないが、それ以上の悲しみを与えることになりかねないからな」
七歳の子供が知るには重過ぎる事実だ。
「本当のお父さんがいて、そのひとはアルくんをとても愛していたよ、って……それだけ、折を見て伝えたらどうかな?」
「どうなんだろうな……。記憶にない部分で『お前は愛されてたんだ』と伝えても、ピンとくるものかな? 余計に虚しくならないか?」
「なるほど……、難しいね」
「ああ。いったん、この話はしばらくアルには内緒にしておこう」
「分かったよ。サフィーのタイミングで伝えたら良いと思うよ」
そう言ってノアもアルヴィーの髪を優しく梳いた。
「明日もとびきり楽しんでもらわなきゃね」
気を取り直したように明るい声でノアが切り出す。
サフィールもそれに同意して「そうだな」と返した。
「アルにはこれからたくさん楽しいことを知って欲しいからな」
「うん。テオくんもね」
「もちろん。この子達を幸せにするのが今の私の一番の望みだよ」
そんなサフィールの言葉に、ノアが冗談めかして「私は?」と尋ねる。
それにサフィールもにやりと笑って返した。
「この子達が幸せだと私が幸せになる。そうなれば、お前も幸せだろう?」
その返答にノアは思わず破顔した。
「違いないね」
「だろう?」
サフィールの幸せがノアの幸せだ。
それを知っているサフィールの言葉に、ノアは(ああ、やっぱりこの子が好きだ)と思う。
今度はノアがサフィールに手を伸ばし、その頬にそっと触れた。
小さな顔を傾げるようにしてノアの手に擦り寄るサフィールに、ノアの胸がとくりと跳ねる。
「……おやすみ、ノア」
「おやすみ、サフィー」
二人の視線が絡む。
ほんの少しの間そうしてから、ノアはサフィールから手を離した。
明日は早くから子供達とたくさん遊ぼう。
植物に興味を示していたアルヴィーのために庭園を案内して、本が好きなテオドールのために城の図書館にも行って……。
騎士団で稽古の真似事をさせてもらって、お菓子もたくさん用意して。
ノアとサフィールは寝る姿勢になってからも、明日の計画を話してくすくす笑った。
子供のようにそんなことをわくわくした気持ちで話していると、どちらともなく寝落ちしてしまっていたのだった。
第三章はこれで終了です。
ここまで読んで頂くださった皆様、ありがとうございます!
アルの両親について明かされ、それに対しサフィールとノアはアルの気持ちを尊重し、子供達を幸せにしたいという想いを強めました。
次回は一度、登場人物紹介を挟み四章に突入します。
次章からも物語を一緒に見守って頂けると幸いです。
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