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故郷から逃げ出した僕が、新しい家族としあわせになるはなし  作者: 紅緒
第1章『少年と令嬢とやさしい時間』
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こわい夢とやさしい声

『こんなところで何をしてる!』


 暗闇の中、聞き知った男の怒声が聞こえる。


『お前は黙って言う通りしとけば良いのよ!』


 ヒステリックな女の声に心臓がぎゅっとなる。


『さっさと帰るぞ!!』


 暗闇の中から、男と女の腕が伸びて来て、アルヴィーの腕や脚を掴んだ。


「い、いやだ!!!!」


 叫んだはずの声は出なくて、もがいても腕を振り解くことも出来なくて、ずる……ずる……と暗闇へ引き摺られる。


「いやだ!! だれか……だれかたすけて!!!!」


 何も見えない闇に向かって小さな手を伸ばす。

 その、闇の先から、声が聞こえた気がした。


 自分の名前を呼ぶ、優しい声。


「……! たすけて!!!!」


 その声へ届くよう、アルヴィーは精一杯腕を伸ばして声を上げた。



「アルヴィー!」

「……っ!」


 自分の名を呼ぶ声に、はっと目を覚まし飛び起きた。

 心臓のどきどきと跳ねる音が耳にまで響いてうるさい。

 はっはっ、と肩で息をするアルヴィーは、ようやく今のが夢だと理解し震える身体を自分の両手で抱き締めた。


「アルヴィー」

「!」


 夢と同じ優しい声がした。

 夢と同じように、自分の名前を優しく呼んでくれる。


「ごめん、魘されてたから起こしたよ」


 声のする方へ顔を向けると、自分のいるベッドの傍らにサフィールが立っていた。

 寝る時には無かったはずの椅子が置いてあるのを見て、ここで座っていたのだろうかとアルヴィーは不思議に思う。


(どうしてこのひとが、ここにいるんだろう?)


 見張られているのだろうか?

 サフィールがここにいる意味が分からないアルヴィーだったけれど、それでも、サフィールの声は優しくて、今も彼女があの悪夢から救い出してくれたのだというのは理解した。


「こわい夢を見たんだな」


 サフィールはそう言って、ベッドの縁に腰掛けた。


「安心していいよ。ここには、お前を傷付けるものはないんだよ」


 優しく、アルヴィーの栗色の髪を梳く指の感触に、戸惑いを隠せない。

 こんな風に触れられることがなかったから。

 もしかしたら、遠い記憶に眠っているのかもしれないけれど、少なくとも今のアルヴィーにはそんな記憶はなかった。


 優しく髪を梳き、サフィールはアルヴィーを安心させるよう淡く微笑んだ。

 慈しみに細められた青い瞳をぼんやりと見詰めていると、「慣れないことばかりで怖いかもしれないが」、とアルヴィーの心の内を読んだようにサフィールが切り出した。


「今はとにかくたくさん食べて、たくさん寝ることだよ」

「はい……」


 しかし、寝ろと言われると先程の夢を思い出してしまい、アルヴィーは表情を曇らせる。

 それを察したのかサフィールが柔らかく微笑んだ。


「眠れないなら、ホットミルクでも飲むか?」


 そう言ってベッドから立ち上がろうとしたサフィールの袖を、アルヴィーは咄嗟に掴んだ。

 自分でも、どうしてそうしたのか分からない。

 掴んでしまって、アルヴィーは自分の行動に驚いて、怖くなってすぐに手を離した。


「あっ、すみません……!」


 無意識に【怒られる】と思ったアルヴィーが身体を萎縮させて謝る。せっかくサフィールが優しくしてくれたのに、自分が邪魔をしてしまった。そう思って、涙が滲んだ。


「なんで謝るんだ」

「え……」


 恐る恐る見上げたサフィールの表情は、先程までと変わらない笑顔のままだった。

 ぽん、とアルヴィーの頭に手を置いて笑いかける。


「作ってすぐに戻るよ。そうしたら、お前が眠るまで傍にいる」


 綺麗な声が言い聞かせるようにゆったりと告げる。部屋を出るサフィールの背を見送り、アルヴィーは落ち着かない気持ちで戻りを待った。

 そわそわと、不安と期待を胸にベッドでじっと座っていると、本当にサフィールはホットミルクを片手に戻って来た。


「熱いから、気を付けてお飲み」

「あ、ありがとうございます……」


 湯気の立つマグカップを両手で抱えて、ふうふうと息を吹き込む。

 ちびりと飲んだそれは甘くてあったかくて、喉の中からお腹の中へゆっくりと流れて、やがて全身がぽかぽかと満たされていくのが分かる。


「おいしい……」

「蜂蜜入れてみたんだ。気に入ってもらえて良かった」


 アルヴィーの顔色が良くなったのを見て、サフィールが嬉しそうに微笑んだ。

 そのあとも、サフィールは言った通りにアルヴィーの傍にいた。

 アルヴィーがちびちびとホットミルクを飲むのを見守り、ベッドに横になった時も傍らの椅子に腰掛けてアルヴィーのことを見てくれた。


「おやすみ、アルヴィー」

「おやすみなさい……」


 やっぱり少し不安だったアルヴィーは、サフィールの方へ身体を向けて寝転んだ。

 その不安を打ち消すように、サフィールがアルヴィーの肩を布団の上からとん、とん、とゆっくりしたリズムで叩く。時折髪も梳いて、それを繰り返しているうちにアルヴィーは程なく深い眠りに落ちていった。


 今度はもう怖い夢を見ることはなかった。



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